文化・芸術

2016年9月30日 (金)

踊りの魅力:藤間会

926日、27日 二世藤間勘祖 二十七回忌追善 藤間会(歌舞伎座)
160930fujima3 張り切って全部見るつもりで3公演ともチケットを取ったのだけど、あまりの上演時間の長さに、泣く泣くあきらめた演目も。踊りのことは全然わからないので、的外れなことを書いていたら(きっと書いていると思う)ごめんなさい。
26日夜の部
幕開けは宗家藤間勘十郎さんと松緑さん(藤間勘右衛門)の素踊り「漁樵問答」。この踊りは前に一度見たことがある。老樵(松緑)と若い漁師(勘十郎)の年齢が最後に入れ替わるというお話で、漁師は浦島太郎、玉手箱をあけた後、水に映る自分の姿にあっと驚く。樵は養老の滝の水を飲んで若返る。面白いのではあるが、浦島の変化にはしんみりというか、何かを感じるというか、複雑な気持ちになった。
藤間綾・あかね・勘綾乃さんの3人による「女車引」は先月の合同公演でも見たので復習を兼ねて面白く拝見。
160930fujima1 藤間雄大「雨の五郎」。宗家の御曹司・雄大クン(ちゃんかな)が可愛い可愛い、ちっちゃいちっちゃい。ちっちゃいけど、ちゃんと拵えをして、後ろからおとうさん(可愛さに目を細めるようなことはなかったから師匠と言うべきか。でも我が子を大きく包んでいるようで、おとうさんっていう印象の方が強かったな)しっかり支えてもらい、声をかけられながら、やるべきことはちゃんとわかっているようで、手を動かしたり見得をきったり。セリフも言えたし。移動するときにぴょんこぴょんこ(六方の真似?)跳ねるようにして走るのがこの上なく可愛い。
時蔵さんと梅枝さんの親子共演「金谷丹前」。梅枝さんがあんまり美しくてどきっとした。机の前にアンニュイな感じで横座りしている姿は竹久夢二の世界みたいだった。美しい2人が姉妹のように踊る世界も夢の世界だったが、見ているほうも夢のような世界。
「春駒」は先日巡業西コースで見たのとほぼ同じ。
この時点で1830前だったけど、仕事もあるし帰らなくてはならず、お目当ての「白蛇盗仙草」と「卒塔婆小町」(吉右衛門出演)は断念。終演が2130近くになってしまうんだもの。「白蛇」は藤間流の役者さんの他に猿之助、勘九郎、七之助、壱太郎、尾上右近という豪華な出演だし、「卒塔婆小町」は勘祖、吉右衛門共演で本当に残念。とくに27日夜の部で勘祖さんの踊りを見てとても素敵だったのであとから残念さが増した。
27日昼の部
160930fujima2 この日は逆に途中から鑑賞。13時過ぎの「現在道成寺」からずっと歌舞伎役者の踊りが続くので、そこから拝見。
「現在道成寺」は亀三郎さんって書いてあったから、へ~珍しいと期待して待っていたら、舞台に現れたのはどう考えても亀三郎さんじゃない。俯いていて3階からは顔が見えないのだけど、あれは雀右衛門さんじゃないの。で、プログラムを見直したら、坂東じゃなくて藤間の亀三郎(中村雀右衛門)だった。まったく、早とちりというか、無知というか。ちなみに坂東亀三郎さんの舞踊家としての名前は藤間善蔵。時様は藤間勘三郎なのよ。ややこしいので、ここではすべて歌舞伎の名前で書いています。ちなみついでに、相撲の世界では木村勘九郎という十両格の行司がいる。踊りの感想でなくて…。

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2016年8月18日 (木)

7月分⑨:桂歌丸芸歴六十五周年の落語会

726日 桂歌丸芸歴六十五周年記念落語会(新橋演舞場)
完全にミーハー的関心から取ったチケット。この公演の翌日、歌丸師匠が入院されたと知ってびっくりした。でも、けっこう入退院を繰り返されているようで、この日も一時退院だったという噂も聞いた。8月の国立演芸場でも無事に高座をつとめられとのこと、よかった。

場内が暗くなって、やがて幕が開くとなぜか「美しく青きドナウ」が流れて(客席思わず笑っちゃった)、歌丸師匠の赤ちゃんの時の写真がスクリーンに映し出された。その後師匠のこれまでの歩みを辿る様々な写真が次々と現れ、それ終わると「ツァラストラはかく語りき」がかかって歌丸師匠の言葉が(なんだっけ)映し出された。大いに盛り上げた後、再び場内が暗くなる。
そして
口上
ついに師匠が舞台中央にせり上がりで登場した。一度やってみたかったそうである。
15歳で古今亭今輔師匠に師事。勉強嫌いだったから。苦しいことはいっぱい。笑点で名前を知られるようになった。長く続けることがその道に入った者の責任。国立の圓朝モノはまだまだ続ける。友達は有難い。今日は全員無料で出演してくれた」
もっと色々お話になったのを、あまりに簡単にまとめてしまって申し訳ないが、メモ取ってなかったので…。

 

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2014年11月30日 (日)

明治座花形舞踊公演2日目

1128日 花形舞踊公演(明治座)
昨年に続き、今年も花形舞踊を見た。公演そのものは27日昼夜、28日昼とあり3公演とも魅力だったのだが、昨年同様、体力を考えて明治座花形歌舞伎千穐楽から少しでも日をあけるのと、演目からこの日にした。演目は「双草紙四谷怪談」も「煎じもの」も趣向の華舞踊家版という感じでしょ。とくに勘十郎・菊之丞・染五郎の3人による「煎じもの」は8月の趣向の華の再演!! ここで再び出会えるなんて嬉しくってしょうがない。ほかの演目もどこかで再演してくれないかな、って又趣向の華熱が甦ってきた。と同時に、この3人、ほんとうは趣向の華を続けたいんじゃないかな、という気がしてきた。

「双草紙四谷怪談」

東海道四谷怪談と忠臣蔵をミックスして勘十郎さんが素踊りの舞踊劇に仕立てたもの。勘十郎さんが民谷伊右衛門・佐藤与茂七・按摩宅悦の3役を、菊之丞さんが小仏小平・小汐田又之丞・鶴屋南北の3役を、ぼたんさんがお岩・小平女房お花の2役を、そして花柳芳次郎さんが大星力弥、染五郎さんが由良之助を演じる。「四谷怪談」に関してはお袖、直助、お岩とお袖の父、伊藤家の両親、伊右衛門の仲間などは出てこず、登場人物を絞っている。お梅(花柳凛)の乳母お槙(花柳美喜)と下女お竹(花柳時寿京)がけっこう重要なカギを握っていた。
「序幕・浅草観音額堂の場」。賑やかな浅草で佐藤与茂七と小汐田又之丞が出会う。そこへ大星が来て与茂七に何やら書を渡す。3人がそれぞれに引っこむと伊右衛門が歩いてくる。そこにいたのは伊藤家のお梅。お梅は伊右衛門に一目惚れ。花道を去る伊右衛門を見つめて、与三郎の羽織ならぬ扇を落す。
幕がしまり、スッポンから菊之丞さんが現れる。「鶴屋南北でございます」って、偶然だろうが、この間の「四天王楓江戸粧」と同じじゃない(
10月演舞場の錦之助さん、この前の猿之助さんに続いて3人目の南北である)。南北は、「この物語は忠臣蔵が背景である。今の場面は伊右衛門とお梅の見初めの場。次は雑司ヶ谷伊右衛門浪宅の場になる」と言って黒紋付きを脱ぐ。「私も小平の役で物語に入ります。先ほど演じていたのが小平の主人の小汐田又之丞です」と舞台へ上がった。序幕はちょっとわかりにくいため解説を入れたのかもしれない。この後は、セリフも時々入るし、浄瑠璃も聞き取りやすかった。
「二幕目・伊右衛門浪宅の場」。お岩さんが毒薬を飲まされて面体が変貌する場面なのだが、本家東海道四谷怪談をアレンジしてずいぶん違った展開になっていた。
①伊右衛門とお岩は多分仲睦まじく、本家でみられるような伊右衛門の冷酷さは描かれていない。伊藤家のお梅に言い寄られても、自分には妻がいるからと拒絶している。しかし、お梅の手紙に書かれたことを読んでショックを受け、そのままお梅とお槙、お竹に連れ去られるようにしてお梅のところに戻ってしまう。この時、お岩は伊藤家から贈られた毒薬でくるしんでいるのである。悲劇のもとはお槙、お竹の恐ろしい悪知恵。
盆の裏と表、花道と本舞台で伊右衛門×お梅、お岩の状況が展開され、その対比が効果的で面白かった。
②お岩が毒薬のことを知るのは伊右衛門に宛てたお梅の手紙によってである。色々あって手紙はお岩の手に渡り、お岩が読んでしまうのだ。ここはお梅の声で文面が読み上げられる。手紙には伊右衛門への恋心だけでなく「さっきの薬は面体帰る秘法の毒薬」であると書かれていた。お梅がきれいな声で無感情に読み上げるのが内容の恐ろしさを逆に強調していた。
お岩の顔は歌舞伎よりリアルに醜くなっており、髪の毛が抜けたりはしないもののちょっと怖かった。

③お岩を殺すのは伊右衛門ではなく小平である。主人・小汐田又之丞の眼病を治すために民谷家に伝わる秘薬がほしくて小平は民谷家に奉公しているのである。外出していた小平が戻ってきてお岩の変化に驚く。お岩が刀を抜いて伊藤家へ乗り込もうとするのを小平は止めようとし、揉み合ううちに誤ってお岩に斬りつけてしまう。倒れたお岩に覆いかぶさるようにしているところへ伊右衛門が帰ってくる。小平とお岩を認めると、不義を疑ったのか即座に小平に刀を振り下ろした。小平は「不義、間男の汚名を着て死んでもいい。そのかわり主人に民谷の秘薬を」と訴えるが、伊右衛門は無視して再び小平に斬りつける。ここでも揉み合ううち、小平は又お岩を斬ってしまう。伊右衛門は誤って赤ん坊を殺し、小平にとどめを刺す。この時、秘薬が小平の手に入る。「娘の色香に負けた自分が悪い。このままでは鈴ヶ森」と嘆きながら、ここで悪を貫く意思を固めたようだ。
正直言って、伊右衛門の悪に踏み込むきっかけがちょっと弱い。小平に恨まれてもお岩に恨まれるのは気の毒かも。最終的に伊右衛門とお梅が結ばれたとしても、お岩が恨むべきはお梅であって伊右衛門ではないと思いたくなるもの。

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2014年10月 3日 (金)

東北がんばれ

927日 東北の芸能V~福島フェス2014(国立劇場大劇場~六本木ヒルズアリーナ)
5回となる東北の芸能は、東北全6県から1つずつ、そして大劇場での公演で、どの演目も実に楽しく見応え聞きごたえがあった。物産展もいつものように開かれていたが、国立劇場から六本木へまわるため、そうそうは買い物できず、宮城の「白松ガもなか」(一口もなかで、大納言、栗、胡麻、大福豆の4種が楽しめる。美味美味)と青森のリンゴジュースを買った(ジュースは重いから迷ったのだけど、好きだからつい)。岩手はいつも歌舞伎座前で色々買うし、福島はこれからフェスで買うからと言い訳して、国立劇場ではほかの方々にお願いすることとした。
これまでの東北の芸能は演奏の前にそれぞれ解説があったが、今回それはなく、いきなり演奏が始まった。
「相馬野馬追太鼓」(福島県南相馬市)
原発事故で犠牲となった南相馬市の芸能。ほら貝、太鼓、歌で、「想像させる」。つまり、聞いていると馬追が目に浮かぶのである。ここに竹筒(だと思う)を叩く音が加わり、まさに馬の蹄の音となる。最後はすごい早打ち。一糸乱れぬ(って音でもそう表現するのかな)太鼓が素晴らしい‼
「なまはげ太鼓」(秋田県男鹿市)
相馬の人たちを乗せた盆がまわりながら、男鹿の太鼓の音がする。正面にくるとドラが鳴る。そして恐ろしげな声とともになまはげが下手から、通路から登場する。なまはげさんたちが太鼓をたたく。面をつけたままの太鼓打ちは大変だろうなあ。ドラがドラマチックなおどろおどろしさを盛り上げる。浅見光彦を連想したよ。なまはげさんたちは客席におりたから、「泣く子はいねが~」」とかやっていたのかも。やがてなまはげの扮装を解いて演奏に加わる。金属の棒を叩いている人もいた。太鼓のバチの動きが残像となって繋がって見えた。
「花笠踊り」(山形県山形市)
これぞ民謡、な感じ。華やかな衣裳をつけた22人の女性の踊り手たち、女性の歌、鉦に笛、太鼓はやわらかくリズムを取っている。前の2つが勇壮だったのに対し、こちらはあでやか、賑やかで、民謡と踊りの楽しさを堪能した。
「寺崎のはねこ踊」(宮城県石巻市)
こちらも華やかな踊りだった。17人の踊り手が、襦袢の下に腰巻を着て、白い房と鈴のついた前垂れみたいなもの(マス=化粧まわしだそう)を締めている。まず両手に扇を持った踊り手たちが列を組んで踊る(打ち囃子)。次はゆったりと扇を持たずに踊る(献囃子)。そしてスピードが上がり、その早い演奏に合わせて、再び二枚の扇を持ち、ちょっとユーモラスな動きも含めて踊る(馬鹿囃子)。曲のスピードはどんどん上がり、飛び跳ねるような動きになる(振り)。これは踊り手は大変だろう。客席も大いに盛り上がり、拍手だけでなく歓声も湧いた。
「青森ねぶた囃子」(青森県青森市)
太鼓を細いバチで叩いていた。小さなシンバルみたいな楽器(手振り鉦)を叩いている人もいた。通路から華やかな踊り手たちが続々と舞台に上がってきた(そういえば、花道は取り払ってあった)。小さな子供を連れたお母さんもいる。子どもは最初こそ大人たちの真似をして踊っていたが、そのうち飽きちゃってお母さんを困らせていたのも微笑ましかった。
演奏は青森県板金工業組合の囃子方によるものだそうで、ねぶたの伝統を伝えるべく平成18年に発足したのだとか。「らっせら~」の掛け声とともに演奏、踊り、楽しく盛り上がった。
笛の演奏の間、お喋りする客席の大人たち、困ったものだ。
「鹿踊大群舞」(岩手県奥州市)
鹿踊(ししおどり)は、東北の芸能Ⅱ(宮城県)の早稲谷の鹿踊でも見たことがある。扮装は角とささらをつけ太鼓を腹につけており、早稲谷と同様だったと思う。中心になる人が3回太鼓をたたくと全員が3回お辞儀をする(清めの意味があるらしい)。これを繰り返してから庭に見立てた舞台に総勢19人が広がる。これだけの人数がいると、ささらが戦国武将の幟みたいに見え、躍動感があった。18人が一定のリズムで太鼓をたたきながら立ち膝で身体を左右に揺らす中、1人が中心で踊る部分は地味ながら勇壮で見応えたっぷりだった。

どの演目も、素晴らしい演奏、舞踊で、地方の力強さを感じた。とくに太鼓は地方芸能にとって欠かせないものであり、自然との共生みたいなものが強く心に響いてきた。今回は二階席で見たが、上から見たのは大正解。
<上演時間>「相馬野馬追太鼓」「なまはげ」40分(14001440)、休憩20分、「花笠」「はねこ踊」「ねぶた」45分(15001545)、休憩15分、「鹿踊」20分(16001620

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2014年9月25日 (木)

祝・吾妻流

920日 吾妻徳穂十七回忌追善/三世宗家・七代目家元襲名披露記念舞踊会(国立劇場大劇場)
踊りなんてわからないと言いながら、壱太郎クンの家元襲名だし(おめでとうございます)、翫雀さん、勘十郎さん、三津五郎さん出演に心惹かれ、見てきた。初代徳穂が十五代羽左衛門の娘だって、ま~ったく知らず、プログラムの年譜を見てびっくりした。羽左衛門については竹田真砂子の小説が面白かったが、そこに書いてあったかしら。今度読み返してみよう(でも、何百冊とある蔵書文庫本から探せるかな)。
開演前に藤十郎さんをお見かけした。終演後には扇千景さんの姿もあった。
最初の演目は二代目徳穂・七代目徳陽の母子を中心とした群舞「重ねたちばな」。揃いの着物で明るく華やか、襲名のお祝いにぴったりだと思った。吾妻流は女性の踊りと聞いていたが、男性のお弟子さんもいたので驚いた。
「三ツ面子守」(吾妻寛三緑)、「浦島」(吾妻香穂)の後、「京鹿子娘道成寺」は花子に吾妻真衣彌(女性の道成寺は初めて。扮装もして、とってもきれいだった)、そして所家には鴈之助、鴈成、音一朗、松悟、みどり、翫祐、扇一朗、三久太郎、八大、咲十郎と、思いがけず歌舞伎役者がそろった。聞いたか聞いたかはないが、所家の踊りはあったから嬉しかった。手拭撒きもあった(私は3階自由席なので関係ないけどね)し、鐘入り(鐘にのぼる)まであった。
「松・竹・梅」(吾妻繁乃・喜久・豊隆)、「都風流」(翫雀・吾妻菜穂)、「金谷丹前」(橘芳慧)に続き、「子宝三番叟」は勘十郎さんと徳陽(壱太郎)さんの素踊り。いわゆる三番叟という感じはしなかったが、趣向の華コンビの息の合った踊りは楽しかった。
ラストは「隅田川」(舟人:三津五郎、班女の前:徳穂)。たいてい寝てしまう演目だが、これは寝なかった。はるばる探してやってきた隅田川で子の死を知る班女の前の悲しみ、哀れむ舟人の慈悲深いまなざしに心打たれた。
これまで、歌舞伎役者の踊りと舞踊家の踊りは違うと何となく感じていて、多分この日もそれは感じたんだと思うけれど、歌舞伎役者と舞踊家の共演ではその違いはあまりわからず、うまく融合していたような気がした。
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時間半という長丁場でお尻が痛くなったけれど、舞踊の公演にさかんに大向こうがかかっていたのが興味深かった(舞踊家への大向こうは初めて聞いた、と思うのよね)し、色々な舞踊家の踊りが見られてよかった。
<上演時間>重ねたちばな21分(16001621)、休憩5分、「三ツ面子守」19分(16261645)、休憩5分、「浦島」13分(16501703)、休憩13分、「道成寺」41分(17161757)、休憩8分、「松・竹・梅」25分(18051830)、休憩5分、「都風流」16分(18351851)、休憩6分、「金谷丹前」14分(18571911)、休憩5分、「子宝三番叟」20分(19161936)、休憩13分、「隅田川」48分(19492037

 

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2014年5月19日 (月)

今年も「伝統芸能の今」を楽しむ

516日 「伝統芸能の今2014」昼の部(浅草公会堂)
14051903asakusa 浅草の町はお祭りムードだなと思ったら三社祭の初日であった。せっかくそんな日に行ったのに、祭りそのものは見ずにいつも通り自宅と劇場を往復したのみ。
さて、6回目を迎える「伝統芸能の今」(私は2011と2013の2回抜けて、4回目)、今年はプログラムに出演者のサイン入り手拭がついていて、記念品がまたひとつ増えたとはいえ、やっぱり嬉しい。開演前のプログラム販売は茂山逸平さん。とってもやさしい笑顔で接してくれたので、思わず「希子ちゃんのだんなさん」と言いそうになって、あ、でも役名覚えてないから悪いよねと咄嗟に脳が働いて口にしなかった(川久保啓司さんでした。そうえいば川久保だったと記憶が甦ったけど、啓司は全く覚えてない)。
寄附はあんまり混んでいたので、幕間に。今年はいつものゴールドリボンのほかに間伐材で作った扇のオリジナルピンバッジもセットになっていて、それも嬉しい。
演目は、まず上妻宏光さんの津軽三味線から始まった。「津軽じょんから節」は力強く、速弾きテクニックがすごい!! 上妻さんのオリジナル曲「紙の舞」は、同じ津軽三味線でもこんなにやさしい音が出るのかと驚いていると鋭い音も奏でられて、いろんな音色が楽しめた。
次は創作「三番三」。三番三は逸平さん。上妻さんの三味線、傳次郎さんの小鼓、広忠さんの太鼓、笛は傳十郎さん。狂言師は声が素晴らしくいい。腹から出す大きな声はよく通り、耳に心地よい。
同じく創作「空破」は猿之助さんの素踊り。傳次郎さんの太鼓に、上妻さんの三味線。
創作舞踊「風林火山」は上妻さんの三味線で猿之助さんが踊る。ここまで上妻さんは出ずっぱりである。懐かしいメロディーで、もっと激しい踊りかと思ったら、意外と穏やかな舞であった。やっぱりカメちゃんの踊りはうまい。
この後はお楽しみトーク。
まずは自己紹介。逸平「パンフと手拭販売の茂山逸平です」。上妻「最初から出っぱなしの上妻宏光です」。広忠「猿之助さんの付き人、亀井広忠です」。傳次郎「事務局の田中傳次郎です」との一言ずつが効いていた。今回傳左衛門さんは歌舞伎座で鼓を打っているので欠席。でも夜の部にはサプライズ出演されるそう(あ、夜の部は歌舞伎座出演ないのね。ということで、今日519日、大相撲を見にいらしていた。テレビをみていたら、黒っぽい和服できちっと背筋を伸ばした男性が目に入り、一目で「傳左衛門さん」ってわかった)。
まず、傳次郎さんがチャリティー公演の経緯等を説明。最初の紀尾井町は200人×2(小さなホールでの昼夜公演。私も400人のうちの1人)。5年間で2000万円以上の寄付が集まった。3年前から1ゲスト1ワクチン運動をしている。毎回15,000人以上にワクチンを提供している。今日の開演前の募金は約674500円。猿之助さんが客席で強制募金をしてくれたので(1階席に猿之助さんが現れ、寄付金を集めていた。私は3階後方席なので姿は見えず、声だけで状況把握)。
ここから芸談になった。
逸平:能の「三番三」は笛を指標にやっている。三味線と広忠・傳次郎兄弟の迫力に笛が聞こえなくなることがあった。能の三番三に三味線はない。歌舞伎の三味線を通り越して、津軽三味線との共演は世界一である。
上妻:津軽三味線はごぜが始めたので楽譜がない。耳伝・口伝である。門付をもらうために、どんどん派手になっていった。
広忠:この後の「石橋」では憧れの山台に乗る(能には山台がないから)。歌舞伎の中で1人だけ能の地方である。謡に当てて打つのが能だが、歌舞伎は長唄の三味線に当てて打つ。能の大鼓は遠慮なく大声を出す。歌舞伎の鼓は長唄を立てるときがある。能では大鼓が一番偉いが、歌舞伎では立て鼓→太鼓→大鼓の順(に偉い)。3兄弟の長男なのに、一番下である…苦笑。
逸平:「石橋」の間狂言は通常舞ジテが去ると、勝手に始めろという感じ。今日は演奏がある。
猿之助:毛振りは髪洗いのこと。今日は鏡獅子を入れて胡蝶も出るが、胡蝶は髪洗いでさらしを振る。
傳次郎さんたち地方は、毛振りが長い人がいると、「まだシャンプーだな」「今リンスになった」とか考えながら演奏を続けるんですって。

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2014年2月 2日 (日)

絶やしてはならない、地域の伝統芸能:東北の芸能IV第二部

125日 東北の芸能Ⅳ 第二部(国立劇場小劇場)
第一部が終わると、ロビーに黒服の男性がわらわらといる。そのうち、入口からロープが張られ、何かただ事ではなさそうな感じがしてきた。そばにいた黒服さんに「どなたがいらっしゃるのですか」とお聞きしたら、とまどいがちに「皇太子ご夫妻です」と答えてくれた。そのまま待っていると入口が閉鎖され、この時間帯に来た人たちは外で待機状態になった。やがて黒い自動車が2台、後ろの車から皇太子ご夫妻が下りられた。そして、拍手でお迎えする私たちの前をにこやかに会釈しながら2階へと上がって行かれた。お待ちした時間は長く、お姿拝見はあっという間のこと。そして、ご夫妻がご覧になるお席は上手側で、下手側最後列の私のところからは全然見えなかった。たしか、ご夫妻は昨年「東北の芸能Ⅱ」をご覧になっていて、この時も第二部だったので私は残念な思いをしたのだった。今回は思いがけず、で嬉しかった。
相馬民謡(福島県相馬市)
この3回で初めての民謡である。「民謡を正しく継承していかなくてはならない」と司会の方が言っておられたが、その通りだと思う。相馬には26の民謡があり、今回はそのうちの5つ披露するとのこと。「相馬流れ山」は野馬追で歌われる唄で、ほら貝が響き、歌と太鼓に合わせて、陣笠をかぶった武士姿の女性4人が2枚扇での踊りを披露した。3番では扇のかわりに柄杓みたいなものを持って踊っていた。
この後、「北方二遍返し」「南方二遍返し」「新相馬節」「相馬盆唄」と続いたが、なんとさっき司会をされていた方が見事な喉を聞かせたのでびっくりした。有名な「相馬盆唄」では踊り手が4人出てきて踊ると客の手拍子が起こり、劇場中が一つになった気がした(でも、空席が多かった。もったいない。これまでも第二部は観客少なかったのかしら。これからも公演があるのだったら、両方見よう)。太鼓に三味線、尺八、そして美しい声で見事な節回し、若い頃はほとんど関心がなかった民謡だが、こうして聞くとしみじみ心にしみて、いいものだなあと思った。
北萱浜の天狗舞(福島県南相馬市)
海沿いの90数戸の集落であったこの地区では震災で住民の1割以上が亡くなったそうだ。神社は何とか残ったが、祭りの道具などはみな津波で流された。それらがやっと揃い、本日念願の復興舞をご披露するということであった。
天狗の1人舞は動きにキレがあって、ジャンプも高くとても上手だと思った。やがて獅子が出てきて、立っている天狗を後ろから突き飛ばした。獅子は鈴と剣を持って天狗の刀と戦う。一定の比較的ゆっくりとしたリズムでず~っときていたが、突然テンポが速くなって、ぶつかり合いも激しくなった。元のテンポに戻ったら、四肢の衣裳が広げられ、2人が中に入って最初の1人と一緒になり、つまり3人で一体の獅子(6本足)となった。3人の獅子は初めて見たが、2人で入る獅子より難しそう。最後は2人が抜けて後足の1人だけとなり、天狗が獅子頭を高く掲げて口上を述べる。
天狗と獅子の舞は戦っているように見えるが、天照大神と素戔嗚の命の競い合いを表しているそうだ。
大曲浜獅子舞(宮城県東松島市)
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2000人弱のこの地区も震災で320人が亡くなるという痛ましい経験をしている。保存会の方々も家族をなくしておられる。震災の年の8月に、獅子舞をどうしようかと話し合った時、若手が「大曲浜の獅子舞を残したい」と強く望み、翌年1月に全国・地元から支援を受け、上演した。復興獅子舞で元気になってほしい、という熱の籠った挨拶があった。
綱吉時代、伊達家の家臣が大曲村民にやらせて奉納した。門外不出だったが、あちこちでやるよういなった。土地柄漁師が多いので豪快である。うち囃子、すごろ囃子、継ぎ舞、やごろ囃子の4曲から成る。うち囃子の後、すころ囃子で獅子が家に入る。けん囃子は1年を健やかに過ごせるようにと願い、継ぎ舞ではその家の初婿が家をしっかり支えられるようにと家主を肩車する。やごろ囃子は柱が壊れた時に修理する間に女の衣裳を着て踊る。現在は女の子が踊る。というのが各囃子の説明である。
鳥屋から神主(?)とひょっとこの面を頭の後ろにつけ剽軽な顔造りをした人に先導され、獅子が出てきた。獅子には2人が入っているが、時々3人になって、1人が入れ替わる。太鼓も交代で叩く。それくらい激しく体力を消耗する動きである。子供が獅子に酒を飲ませるのがかわいい。34人で獅子を持ち上げて支えていたのは継ぎ舞だろうか。やごろ囃子では女の子5人が右手に扇、左手に御幣を持って踊る。揃っていてきれいである。その間獅子は寝そべっている。ひょっとこが獅子を起こすと、もう一体獅子が加わった。
獅子は交代で踊るが、ひょっとこはず~っと出ずっぱり。これが実にユーモラスでかつかなり激しい動きなので、1人で踊り切るのはどんなにか大変だろうと思った。
太鼓も獅子も年配の方(太鼓は最長老)から若い人まで色々な世代に亘り、確実に伝統が継承されていることを感じた。また、若い人が多く、先述したように若手がこの芸能を残したいと望んだことがよくわかった。
浜甚句は石川さゆりさんとコラボしたこともあるそうで、最長老の方が見事な喉を披露された。客は手拍子で楽しませてもらった。

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2014年2月 1日 (土)

絶やしてはならない、地域の伝統芸能:東北の芸能IV第一部

125日 東北の芸能Ⅳ 第一部(国立劇場小劇場)
1
月歌舞伎座昼の部を見られなくなったのは、これを見たかったから。東北の芸能Ⅰはやっているのを知らなくて見逃したが、Ⅱ、Ⅲと続けて見てきた私にとって、もはやこの公演は外せない大事なものとなっている、しかも今回は、福島県いわき市、相馬市、南相馬市、宮城県気仙沼市、石巻市、東松島市、岩手県山田町、普代村と沿岸地域の芸能である。これまでは諸事情あって第一部しか見なかったのだが、今回は全部見たいと熱望して一部・二部両方見ることにした。まず第一部から。
御宝殿の稚児田楽・風流(福島県いわき市)
いわき市の熊野神社に伝わる芸能である。まずは宮司さんの挨拶で、この芸能が重要無形民俗文化財第1号の指定を受けたことを知った。田楽は「露祓い」2名と「びんざさら」6名で行われるが、この8人はみんな10歳前後の男の子である。稚児による田楽は全国でも珍しいとのことだ。両通路から、武士の格好をした大人たちが入場する。子供たちはびんざさらをじゃじゃと鳴らしながら入ってきた。露祓いが持つでんでん太鼓のようなものには、1つには3本足の烏が、もう1つには兎が描かれていて、ともにその先には桙がついている。びんざさらは18cmほどの檜の板を30枚ほど、先端を麻紐で縛ってつないだ一種の楽器である。笹竹の柱を4本立てた結界の中で子供たちが4人ずつ向き合い、「ドンドンドン カッカッドン カッカッドン」の太鼓に合わせてびんざさらを鳴らし桙を振る。一生懸命びんざさらを鳴らし、汗びっしょりになって桙を振る子供たちを見ていたら目頭が熱くなってきて、地域の伝統芸能は絶対絶やしてはいけない、と強く思った。
風流(ふりゅうと読む)は腰の高さくらいまで白い布に覆われた四角い舞台の中で行われる。今度は大人が演じ、子供たちは「オウ」と声をかける側にまわる。鷺の舞、竜の舞、鹿の舞、獅子舞の4種からなり、鷺と竜は1人ずつ、鹿は夫婦2人で舞台の四隅でジャンプをする。それぞれの頭(かしら)を被ってジャンプするのだが、頭を手で押さえてジャンプし、コーナーでないところでは首を大きく3回振って次のコーナーへ移動するのだから実にきつそうだ。しかも1つの隅で3回ずつジャンプし、それを3まわりするのだ。息が切れてヘトヘトになりそう。いずれも五穀豊穣を願うのであるが、鹿の舞には子孫繁栄を祈る意味もあるとのことだ。最後に厚板を組み合わせた二重の櫓が運び込まれ、その上で獅子が首を振りながら三まわりする。
非常に素朴で単調とも言える動きだが、退屈することなく興味深く見た。
なかなかうまく伝えられないので→ココをご覧ください。
小鯖神止り七福神舞(宮城県気仙沼市)
縁起のいい目出度い踊りなので、結婚式や進水式、様々なイベントで披露しているそうだ。小鯖地区のある旧唐桑町は漁師の町なので地域の伝統は女性たちの手で伝えられてきた。この七福神舞も昭和23年に女性のみが定例で演じる芸能として発足したということである(囃子も七福神も全部女性)。楽器は太鼓のみで、それぞれの衣裳をつけ小道具を持った七福神役の女性が1人ずつ歌に合わせて踊るのだが、大変ユーモラスで楽しい。客席から何度も笑いが起きる。歌詞がまた面白い。面白いけど聞き取れないわ、と思っていたら、電光掲示板に出ていることに途中で気がついた。もっと早くから気がつきたかったわ。
「東西こ 東西こ 見いさいな 見いさいな ○○○(神様の名が入る)を見いさいな」という言葉がどの神様にも歌われる(布袋さまだけ、これがなかったかも)。
漁師町の文化を支え守る女性たちの明るさにこちらが元気をもらったような気がした。

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2013年12月12日 (木)

やっと11月終わり:明治座花形舞踊公演

1128日 明治座花形舞踊公演(明治座)
27
28の両日、藤間勘十郎プロデュースの若手による舞踊公演があった。どちらも見たかったし、演目的には27日を狙いたかったのだけど、明治座歌舞伎の千穐楽から少しでも日をあけたかったので、28日を選んだ。
長唄「歌舞伎草紙」
名古屋山三・市川ぼたん、出雲阿国・中村江梨他による舞踊。場内真っ暗になり、幕があき、さらに浅葱幕が振り落されると、阿国の弟子8人が華やかに舞う。やがて阿国が登場し、ひと舞いした後倒れ込む。すると名古屋山三がセリ上がってきて阿国と言葉を交わし、1人であるいは2人であるいはみんなで、と舞い、再び阿国が倒れて、山三は今度はスッポンへ消える。
ぼたんさんは立役のせいか、海老蔵さんに少し似ているような気がした。ぼたんさんの踊りを見るのは初めてで、お顔も素顔の写真しか知らなかったが、その素顔とは全然違っていた。
中村江梨さんは肩から腕のラインの動きがとてもきれいで、踊りも上手だと思った。
長唄「夢殿」
先ごろ、現役大学生にして花柳流次期宗家家元に指名され話題を呼んだ花柳芳次郎さんの舞である。聖徳太子が籠り瞑想にふけると夢に当方から金人が現れ教を垂れたという伝説のある法隆寺夢殿の趣を表した曲だそうで、非常に精神性の高い舞踊だということ。きわめて静かな曲で、こういう踊りは私みたいな素人にはまったくわからない。でも芳次郎さんは軸がまったくブレていないのがさすがだと思った(なんて、わかっちゃいないのに生意気言うようだけど)。きっとこういう踊りに次期宗家家元としての実力が見えるのだろう。
常盤津「一人景清」
尾上菊之丞さんが悪七兵衛景清を素踊りで舞う。景清が廓通いしているという設定からか、黒の着付、生成(?)の袴で、蛇の目傘をもって花道から登場する。助六みたいだと思ったが、景清は江戸時代には廓通いの粋ないい男として舞踊化されているそうで、なるほど助六と共通するものがあるわけだ。花道七三よりちょっと手前で踊っていたので、その間は3階正面席であるにもかかわらず、見えなかった。
菊之丞さんといえば端正な踊りというイメージだが、そのイメージ通り景清を端正で勇ましく踊ったかと思うと、廓話ではおっとりちょっと色気のある女性を踊る、その踊り分けが面白くステキだった。本当はここは2人で踊るらしいが、「一人景清」だから。

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2013年11月17日 (日)

比叡山延暦寺の声明

119日 比叡山延暦寺の声明(国立劇場小劇場)
131117syomyo 国立劇場の声明公演は、この叡山を以て50回目になるそうだ。49回目は真言声明。そして50回目は天台声明。この公演は命がけで唐へ渡り様々な声明を日本に伝え、天台声明の祖と言われる慈覚大師円仁を供養する慈覚大師御影供(みえく)である。
公演の前に、斎藤圓眞氏による「天台声明と慈覚大師」のお話があった。「命がけで唐へ渡り云々」は斎藤氏のこのお話の冒頭で聞いたことである。慈覚大師は法要における声明の重要さを認識していた。それは、字が読めず難しい理論がわからない一般大衆も仏教の理想の美しさを声明を聞くことによって肌で感じるから。中国の音楽は、西域からの音楽も伝わり高水準であった。それが仏教音楽(声明)にも影響を与えた。
大師は耳で聞いた音を即座に笛で再現できる天才であった。色々な声明を伝えるとともに、帰国後には舎利会のために新たに声明を作詞したりもしたそうだ。声明はそれだけを独立させて聞いてもらうことはほとんどないが、声明には人々の気持ちを昂揚させるアクセントとしての効果があることを大師は十分認識していたのである。

ここから御影供。
他の公演と違って興味深かったのは、舞台奥の上手側壇上に女性が数人あがったことである。珍しく思ってみていると、どうやらお茶を点てているようである。このお茶は、御影供の中ほどにある「献茶」という式作法で、大師に捧げられていた。
もうひとつ興味深かったのは、左右に居並ぶ僧侶の一番前の列の両端の人がマスクをつけていたことである。これは、「入堂」「僧讃」に続く3番目の式作法「伝供」および「献茶」の前の「仏名」で、供物を捧げるためであった。供物は、やはりマスクをつけた一般の(?)人たち(信者さんの代表だと思う)が1つずつ持ってマスクの僧に渡し、その僧が反対側の僧にそれを渡すと、渡された僧が大師の御影の前に設えられた壇に供える。
そうか、他の公演と違うのは今回が御影供だからか。
声明に用いられる楽器はシンバルみたいなのと薄い木の太鼓みたいなもの。9月の声明公演でも雅楽が演奏されたが、こちらも雅楽の演奏があった。
「祭文」では、「平成25119日、東京都千代田区隼町、国立劇場にて云々」という前振り(?)があってから慈覚大師の祭文が語られた。祭文は和文である。
声明は人々の気持ちを昂揚させると慈覚大師はお考えになっていたそうだが、ごめんなさい、私は途中ですっごくいい気持になって爆睡してしまった(前半はちゃんと見聞きしていたんだけど、テンポがおっそろしくゆっくりだったりすると、睡魔に負けてしまうのだ。「般若心経」と「宝号」(「南無慈覚大師大勇金剛」と3回唱える)はスピーディーで昂揚した。
毎度書いていることだが、貴重な公演を都内で拝見拝聴できるのはありがたい。
<上演時間>お話15分(13001315)、御影供75分(13151430

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