趣味

2016年5月 1日 (日)

健康的な1日@東京競馬場

昨日、知り合いに東京競馬場に連れて行ってもらった。
大井のトゥインクルレース経験はあるが(何年前だったか、武豊騎手を見て盛り上がった)、日中、しかも中央競馬は初めて。
府中本町駅で大勢降りたが、競馬新聞を持っているオジサンはほとんどいなくて、家族連ればっかり(大井は駅に降りた時からにおいがしたけど、府中はにおわない)。みんなどこ行くの?と思ったら、みんな競馬場に行くんであった。競馬場の広い緑の芝でピクニックなのね。天気はいいし、途中から風が強くなったけど、気持ちのいい空気で、遊具もあったり、馬のショーみたいなのもあったり、競馬博物館も興味深いし、競馬観戦以外にもたくさん楽しめる。
1万5000歩超えで、健康的な1日を過ごした。

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第10レース(春光ステークス)、スタート。

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2013年8月 3日 (土)

百聞は一見に如かず:恐竜ショー

82日 「ウォーキング・ウィズ・ダイナソー」(埼玉スーパーアリーナ)
恐竜を見るのは「ジュラシック・パーク」以来。ネタバレ、ばればれですが、百聞は一見に如かずです。
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時開演のところ、10分前から日本公演の特別映像が流れると聞いていたので少し早めに行くことにしたら、1時間も前に着いちゃって、しかも特別映像はちっとも始まらなくて、1時間ただぼんやりとアリーナに設けられたステージを見て、どんなイベントなんだろうと頭をめぐらすだけ(予備知識ほとんどなかったもので)。
開演
20分くらい前になると、ステージの周りの数か所から女性スタッフがワイヤーで吊り上げられ、天井下にある籠みたいなところに入った。照明か何かを操作するらしい。

 事前の注意で携帯は恐竜さんたちをびっくりさせるから電源を切るようにとアナウンスが入った。携帯で写真を撮る人はどうするんだ(フラッシュ撮影と動画撮影以外はOK)と思ったら、機内モードにするようにということ。機内モードってそういうことだったのか、と初めて知った。
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時、やっと映像が流れ始めた。恐竜の名は、イギリスの古生物学者リチャード・オーウェン博士が1842年「ダイナソー」(ディノサウルスよね)と名付けたところから始まった。ダイナ=恐ろしい、ソー=トカゲという意味である。今回のショーはアニマトロニクスという技術を使って、実物大の恐竜を動かすのである。恐竜は現在約1000種が確認されているとのこと。アニマトロニクス、恐るべしだ。
映像が終わると、古生物学者のハクスリー博士が登場する。演じるのはイギリス人キャストで、会場には日本語吹き替えが流れる。そのコンビネーションが見事だったし、自分の好きなものを紹介するという喜びと熱意がこの博士の説明には溢れていて、自然と引き込まれる。また子供にも分かりやすいやさしい言葉で説明しているのがいい。映像、音響、照明が効果的に使われて、観客は博士とともにまさに恐竜ワールドへと旅立ち、恐竜の誕生から絶滅までの歴史を体感することになる。
時はBC22000年(想像もつかない)、パンゲア超大陸時代、三畳紀である。世界は日照り続きの砂漠。そこに恐竜の卵が誕生する。卵は、外界の乾燥から中の赤ちゃんを守ってくれるのだ。卵を破って外界に顔を出す赤ちゃん。そこへ現れるのが最初の肉食恐竜リリエンステルヌスである。小型恐竜である。身軽にあちこち走り回り(スピード、速い)、赤ちゃんを見つけてしまった。そして赤ちゃんはこいつに食われてしまった。恐竜といえど赤ちゃんは可愛く、既にこの時代から弱肉強食だった世界の厳しさを感じた。
そこへ現れたのは草食恐竜プラテオサウルス。赤ちゃんの親だろうか。群れで暮らしていたというから仲間だろうか。リリエンテルヌスと戦って赤ちゃんを守った。
時を超え、ジュラ紀へ。パンゲアは分裂していくつかの大陸と海ができた。雨が増え、地球は緑の世界へと変化する。私の席はアリーナ席だったので、草が邪魔で恐竜の足元がよく見えなかった。もっと上方の席なら全体が見渡せただろうが、間近で見る迫力と博士と同じ地上で見ている感はアリーナ席ならではのものだろう。草もそういう臨場感の一つと思えば、まあいいか。
13080302dinosaurs おなじみステゴサウルス登場。ステゴサウルスのとげとげに見えるものは、身体を大きく見せるためだそうだ。ここでの見どころはアロサウルスとの戦い。ステゴもアロも大きい。リアルな皮膚感(触ってみたい)、リアルな動きは迫力たっぷりだ。やがて雷が地上を襲う。山火事が起こる。大きくて強い恐竜たちも火だけは恐れる。這う這うの体で逃げ出すステゴとアロ。今回の山火事は雨が消してくれた。
ジュラ後期になると、草食恐竜ブラキオサウルスが登場する。あれ、意外と小さい、と思ったら子供であった。子供が襲われる(え~と、何13080303dinosaurs に襲われたんだっけ?)。危ない、と思ったら親が助けにきた。親はデカい!!! 頭の高さは10mを超え、体重は30トンもあるそうだ。そんなデカい親と一回り小さい子、そして肉食恐竜が繰り広げる戦いはほんと面白かった。親は無事に敵を撃退し、しばし親子ののどかな微笑ましい光景が繰り広げられる。
と、ここで休憩。

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2011年7月22日 (金)

東京都の交通100年博①:都電を懐かしむ

721日 「東京都の交通100年博」(江戸東京博物館)
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都電に親しんだ生活――うちからちょいと駆け出せばそこはもう都電の線路。靴が挟まって取れなくなり母を慌てさせた子供時代、混んだ都電の中でセーラー服の背中を汗がつ~と垂れるのが気持ち悪かった夏の中学通学、学校帰り走行中の都電の下半分開けた窓の縁に載せておいたカバンが路上に落ちてしまい、次の停留所で慌てて降りて取りに走った高校時代(ノンキだったわねえ)。いつだったか、母と一緒に乗った車内で、どこかの男の人が持っていた大きな板みたいなものが母の踵にあたり、その人はバツの悪そうな顔をしただけで謝りもしないで降りていった。母の足袋に血が滲んでいたのに心配する言葉もかけなかった私…。

子供たちが夏休みに入る前に見ようと出かけたのだが、子供よりテッチャンらしき人や、私のように昔を懐かしむオジサン・オバサンたちのほうが多かった。でも午前中に行ったから比較的すいていて、丁寧に展示を見てくることができた。
まだ東京市だった頃の写真、時代時代の路線図、電車の模型、さまざまな切符、定期券(私の定期券はみんな捨てちゃったんだろうなあ)、路線番号の下に広告の入った系統板(私は16番で通学し、19番、20番、32番、35番にも時々乗った)、行き先表示板等々、夢中になって眺めた。
東京の路面鉄道の歴史は、市電発足前の馬車鉄道から始まる第1章から都営交通の将来を考える最終章まで10章に分けられて展示されている。
東京市電(東京市電気局:市電って東京市営電車の略称かと思っていた)は大正4年(1911年)81日にスタートした。100年史の始まりである。当時の営業距離は11路線、約99km、保有車輌は1054両、1日あたり利用客51万人。
この100年間には関東大震災があり、戦争があり、都電廃止があった。
車輌やシステムの導入には様々な試行錯誤が行われていたことを知った。
市電、市バス(ボンネットバスだったんだねえ。2輌連結バスなんていうのも実験的に導入されたことがあったらしい)。そういえば、トロリーバスなんていうのもあったっけ(あまり乗る機会はなかったけれど、見るのが面白いバスだった)。
会場には「東京地理教育 電車唱歌」なんていうのが流れていて、その楽譜入り教本っていうのか、そういうものが展示されていた。「鉄道唱歌」の東京ローカル版かな。
歌は皇居に近い日比谷から始まり、40番の歌詞にこんなのを見つけた「また日比谷より街鉄は 数寄屋橋より尾張町 三原橋をば渡りすぎ 木挽町には歌舞伎座よ」、さらに41番「新富町には新富座 芝居見物するもよし ここは築地よ名も高き 西本願寺のあるところ」へと続く(4041番は展示されていなかったのでネットで検索)。
昭和47年11月12日、6次に亘る都電撤去作業が終了し、荒川線を除く都電はすべて姿を消した。

館内展示最後に「マイつり革コンテスト」入賞作品の展示とジオラマコーナーがある。
つり革は斬新なアイディアいっぱいで楽しいが、作品に手を触れることができないのが残念。実際につかまってみることができれば、そのよさも実感できるのに。電車の左右に渡してみんなでつかまれるつり革とか、自分が降りる駅を表示したつり革などが面白かった。
ジオラマにはコーフンした。懐かしい停留所、けっこうなスピードで走る都電、飽きない。ジオラマを夢中で作る人の気持ちがわかる、と思った。私自身は思いっきり無器用だから最初っから諦めているけれど、器用だったらやってみたいわ。
館外には「三丁目の夕日」で使われたセットと都電が置かれていて、レトロムードいっぱい。車内広告も楽しい。写真もOK。館内は写真はNOだが、1つだけ「ヨヘロ1型」という車体がOKだった。
ちなみに、都電荒川線では秋以降に、33年ぶりとなる花電車を走らせる。子供の頃は花電車というとわくわくして見に行ったが、今も楽しみでワクワクしている(いろんな花電車があったのねえ、知らないものもかなりあるわ)。
写真は念願の「都電最中」。江戸博のお土産コーナーでwink
追記:都電に話が集中したけれど、都営の交通はもちろんそれだけではない。バス、地下鉄、日暮里・舎人ライナー、そして日本最初のモノレール、上野動物園のモノレールも歴とした都営なんである。正式名称は「上野懸垂線」。昭和32年12月17日開業。

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