展覧会

2018年6月26日 (火)

人の身体は美しい:「ミケランジェロと理想の身体」

618日 「ミケランジェロと理想の身体」内覧会(国立西洋美術館)
180626michelangelo 歯医者受診(定期検診、真面目に毎月通っている)から西美へ直行したら、ちょうどセレモニーが終わって、一般の人たちの入場が始まるところだった。

Ⅰ 人間の時代―美の規範、古代からルネサンスへ
Ⅱ ミケランジェロと男性美の理想
Ⅲ 伝説上のミケランジェロ

ミケランジェロと理想の身体と謳っているが、ミケランジェロの作品は2点しかない。だからミケランジェロ展と思って来ると、あれれということになる。でも、ミケランジェロが追求した理想の人体の形、像は古代から追求され続けているものであり、そういう意味ではミケランジェロ展と言ってもいいんだなと思った。そして美の基準は時代時代によって変わっていく。
展示品は彫刻が多い。これだけの貴重な彫刻を運んでくるのにはどれだけ神経をすり減らしただろう、どうやって運んできたのだろう、とまず驚かされる。11点に解説がついているので理解しやすいが、展示品が彫像の場合、解説がやや離れたところにあり、読んでは見て、見てはまた読みに戻り、そしてまた見る、なんてこともあった。

第Ⅰ章は、「子どもと青年の美」、「顔の完成」、「アスリートと戦士」、「神々と英雄」に分かれ、BC4世紀~AD2世紀、間があいて15世紀~16世紀の作品が並ぶ。私は古代ギリシアの幼児像はぷにゅぷにゅした体の感じ(彫刻といえど、ぷにゅぷにゅ感がする)は好きなんだけれど、顔がちょっと怖いなと思う。このぷにゅぷにゅ感はルネサンス期になると一概には言えないけれど筋肉に変わってきているような気がする。少年像にはしなやかな肉体の美しさを感じた。「聖セバスティアヌス」(油彩)は女性的とも言えるような柔らかさがあり、筋骨隆々のイメージが覆された(何しろ、九團次さんのイメージが…)。
顔の表現は面白い。ギリシア時代の顔は理想を追求するあまり、男女の区別がつかないことも多かったそうだが、確かに。
古代美術でよく聞くのは、古代ギリシアを征服したローマがギリシア美術に魅了されたという話だ。とくに彫刻は憧れの的だったらしい。しかしオリジナルの入手がむずかしく、ローマ人は<名作の精密な模刻>(図録より)を大量生産したのだそうだ。私は決してムキムキは好きではないのだが、筋骨たくましい彫刻は美しいと思う。
第Ⅱ章は、いよいよミケランジェロ登場。「ダヴィデ=アポロ」と「若き洗礼者ヨハネ」の2点だ。2点はカーブの壁で区切られた部屋に別々に置かれている。前者は有名なあのダヴィデ像とは違い、左腕を曲げて右耳のあたりまで挙げ(矢筒から矢を抜き出しているんだとか)、右腕は体に沿っておろしている。右脚はまげて丸い石のような物にのせ、左脚はまっすぐ立っている。やさしい顔には憂いを含んでいる。体も有名なダヴィデ像に比べてふっくらした感じで優しい。鑿の跡が見える。ダヴィデとアポロは似ていて、持っている武器で区別をつけるそうだが、この像にミケランジェロは武器をもたせなかった。そのせいでどちらなのかわからないのだそうだ。そこで「ダヴィデ=アポロ」と呼ばれているのだとか。未完の作品の一つである。

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2018年6月 3日 (日)

ますます不思議:「人体」

531日 「人体」(国立科学博物館)
連休を避けていつ行こういつ行こうとぐずぐずしているうちにあまりのんびりもできなくなってこの日を選んだ。土日は2時間待ちとか聞いていたし、火曜日は休日明けで混みそうだし、この日は天気予報で雨が降るかもと言っていたし…で、すいているかなと期待して午後2時過ぎに着くように出かけたら、待ち時間なく入れた。中はけっこう混んではいたが、それでもちゃんと近くに寄って展示物を見ることができたし、第1会場(第1章、第2章)はほぼ写真禁止だったから<見る>ことに専念できた(撮影可能なところでも、なぜかほとんど撮らなかった)。会場の外に出てから気がついたんだけど、一番外側の入口に「込み合っています」って貼り紙がしてあった。概要(詳細かな?)は→ココで。
1章「人体理解へのプロローグ」
古代に始まりダ・ヴィンチを経て現代に至る解剖学の歴史を辿る。紀元前6世紀頃にすでにギリシア人アルクマイオンによって人体解剖が行われ、視神経が発見されていたというからびっくりである。
ダ・ヴィンチの解剖手稿は特別にダ・ヴィンチ室にまとめられている。私は解剖学に限らず、ダ・ヴィンチの手稿を見ると描かれた部分も文字も、そのあまりの緻密さにめまいがしそうになる。 
ルネサンス期に入ると、イタリアのパドヴァ大学が解剖学の中心になっていたようだ。「ファブリカ」という書物に掲載されている14点の筋肉人間の図は人体の筋肉を層ごとに除去してほぼ骨だけの状態にされた人体図であり、全部を順番に並べると背景がパドヴァ近郊の景色になるのだそうだ。人体図も面白いが、そういう遊び心みたいなものも面白い。
ライデンの解剖劇場って、解剖を見世物にしているのか?と訝ったら、見世物かどうかはわからないが解剖を公開して解剖を学ぶ人以外の一般人にも有料で見せていたこともあったらしい(ある意味見世物か)。ライデンに限らず、ヨーロッパ中にこういう解剖劇場があったそうだ。ちなみに解剖劇場は翻訳の際に日本で作られた言葉かとも思ったが、原語がTheatro Anatomicoだからまんまなわけだ。
次に興味深かったのは、ワックスモデルとキンストレーキ。ワックスモデルは解剖学的蝋人形とでも言おうか。1体のワックスモデルを作るために200体以上の死体を必要としたそうだ。それだけ解剖が盛んに行われたということだろうな。キンストレーキは人体模型かな。オランダ語で人工死体を意味するKunstlijkが江戸後期の日本人にはキンストレーキと聞こえたのだとか。日本国内には4点現存する。
人体の構造を理解するための古代からの努力・工夫に感嘆する第1章であった。

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2018年5月25日 (金)

日本工芸は誇り:「名工の明治」

525日 「名工の明治」(東京国立近代美術館工芸館)
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鈴木長吉の「十二の鷹」、去年同じ工芸館の「動物集合」という展覧会で参、伍、六が出品されていたのが、今回は全点見られるというので、やっぱりそれに惹かれて足を運んだ。大観展とセットで行けばいいものを、なかなかそうもいかず、友人とともに27日までの会期に何とかセーフ。
ぶらぶら美術・博物館でやったせいか、いつもよりかなり混んでいた(毎回見に行っているわけじゃないけど)。特に鷹の部屋は(鷹は特別に1室に並べられている)。おや?と思ったのが、順路。いつもは2階に上がって右側から見て行くのだが、今回は左方向への矢印があって、逆まわり。なんだか変な気分だった。
明治の名工は確かにすごい。3年前に芸大美術館で見た、やはり鈴木長吉の「水晶置物」など、その工芸品に大いなる感銘を受けたことを思い出した。
今回の作品ではまず、籠を編んだような精緻な飾り壺に驚かされた。なんと、磁器!! 多分初代永澤永信の「白磁籠目花鳥貼付飾壺」だと思うのだが、どうやって作ったのだろう、と感心するばかりで、作者も題名も見たはずなのに失念してしまった。まあ、人と行くととかく集中しづらいし、時間も気になるし(1人なら気になった作品はリストにメモっておく)、ということにしておこう。
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鷹はなかなかいい写真が撮れなかったが、X線で内部を写したパネルが興味深かった。製作法のパネルもあったのに、ぶらぶらで一部をざっと聞いたし、まあいいか、とスルーしてしまった。しかし、鏨で造形された一枚一枚の羽、眼球、舌など、生き生きと表現された12のポーズ・表情は、まさに<超絶技巧>である!! 
写真は一部を除いてOKだったのに、全体に流して見てしまい、もっと撮ってくればよかった、と後悔。

100点の工芸品の作者の活躍した時代は必ずしも明治だけというわけではなく、昭和期~現代の作者―「高い技術力と表現力を兼ね備え明治の精神を今に伝える名工」のコーナーもある。何点か好きな作品の中で「これ、いい180525meiko4_2 な」と思ったのが徳田八十吉の「燿彩鉢 創生」。帰り際、工芸館前の看板にその写真が出ていることに気づいた。
工芸館で好きな場所は畳の間である。ここはどんな作品が展示されていてもしっとり、ひっそり、心安らぐ気がするのである。「創生」はそこに展示されていた。そして須田桑月の「槐座右棚」、石黒宗麿の一行書「一華不落」などがいい感じに心を落ち着かせてくれる。
いずれも日本工芸を誇りに思える作品である。

 
 

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2018年5月23日 (水)

横山大観展

521日 「横山大観展」(東京国立近代美術館)
180523taikan 体調がよくなってきたので2日続きで美術展へ。こちらはプーシキンと違って、ほぼ会期末(27日まで)。混んでいるという情報もあったが、大きい作品が多いこともあって、ちゃんと見ることができた。目玉の「生生流転」はせっかく来たのだからと並んだ(最前列でなくて構わない人は並ばなくてよい)。10分強並んで15分で見た。出展作品はリストでは92点だが展示替えがあるので実際は50点ほど。事前に日曜美術館とぶらぶら美術館博物館で予習していったので(美の巨人たちはまだ見ていない。復習になる)、そこで取り上げられていた作品は鑑賞のポイントがよくわかった。
大観はあまりに有名で作品もいくつかは見ているのに、画家本人についてもまた作品についてもほとんど知らないでいたと、今さらながら気がついた。決してうまい画家ではないそうで(どちらかというと下手)、私も境界の描き方があまりうまくないな、と生意気にも思った。境界というのは、木の根元と地面とか、岩と海や地面の接し方とかのことで、うまくないと言っていいのかわからないけど、なんか不自然な感じがした。かと言って全部が全部そうなのではない、うまいと思う作品もある。結局、その人を大家とする要因は何なんだろう…。
大観の場合はアイディアなのか。「あ、これは誰にでも(私は除外)描けそうな絵だ」と一瞬感じたところで、アイディア(技法については専門的なことはわからない。解説や予習で勉強)やエネルギーみたいなものは大観ならではなんだろう。
1章「明治の大観」
東京美術学校卒業制作の「村童観猿翁」は、何かの展覧会で見たことがある。絵を見てすぐに思い出したが、どの展覧会だったかは覚えていない。

やはり「迷児」ははずせない。孔子、老子、釈迦、キリストに囲まれた幼子、それは日本であり、当時の日本の宗教事情を描いているのだそうだ。発想が面白い。キリストの顔を見たら、スペインで修復されたあの話題のキリストをちょっと思い出してしまった。
そして、100年ぶりに発見されたという「白衣観音」。まず個人の家から発見されたというのが「鑑定団」みたいで驚く。すごく変な不自然な絵なのに、魅力的。技法も色々細かくチャレンジしているそうだ。
ほかにも「ガンヂスの水」、「瀑布(ナイヤガラの滝・万里の長城)」など、見どころはたくさん。

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2018年5月19日 (土)

プーシキン美術館展:風景画、いいね

520日 「プーシキン美術館展―旅するフランス風景画」(東京都美術館)180519pushkin2 会期は78日までだが、手持ちのチケットが25日までで、体調もかなりよくなってきたので出かけた。まったく予備知識を持たず、点数も多くて疲れそうと覚悟していたが、風景画、それもフランスの風景に焦点を当てた展覧会で、出品点数は65点、ゆっくり見られたし、疲れもしなかった。個別の感想はなしで、全体的に感じたことを。
1章「近代風景画の源流」
風景画は宗教画や歴史画と違って背景がわからなくても鑑賞できるからいい。第1章は神話や歴史の背景としての風景。画家は物語を主体としているのかもしれないが、背景である風景が主体なんじゃないかという印象を受けた。物語を知っていればなお理解が進むのではあるが、知らなくてもその風景から物語性を感じ取ることもできるような気がした。そういう展示をしていることや、実際は11点につけられた解説(全部の作品に解説があるのはありがたい)を読んでいるからそんな気がするだけなのかもしれないけど。
2章「自然への賛美」
単純に自然=風景画という公式にあてはめられないような、人も動物も「自然」の一部であり、そういう「自然」に視点を置いた作品たちであるように見えた。
3章「大都市パリの風景画」
パリという風景の中に生き生きと息づく人たち。人を描きながら、その時々のパリの空気までも描いている、そんなふうに感じられた。一番好きな章である。
4章「パリ近郊―身近な自然へのまなざし」
印象派が登場する。人物は描かれていても風景の一部であり、光・色などから風景そのものへの関心が一段と高まっているのではないかと思った。
5章「南へ―新たな光と風景」
鉄道網の発達によって中~南部フランスへの旅が可能になる。画家たちも南仏の明るい陽射しを描き、フォーヴィズムが誕生する。こうして第1章から眺めてくると、そういうものに魅せられた画家たちの気持ちがわかるなあと思う。
6章「海を渡って/想像の世界」
面白いと思ったのは、ゴーギャンは実際にタヒチに渡ったがルソーは植物園から遠くに行ったことはないそうで、彼のあの独特の絵は想像で描かれたものだということ。そういう目であらためてルソーを見ると、うまく言えないが自由と想像の枠が重なりあっているようで、非常に興味深い。

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2018年4月30日 (月)

名作誕生

420日 「名作誕生 つながる日本美術」(東京国立博物館)
180430meisaku いずれきっと混むからと、珍しく会期の早いうちに鑑賞。
ミーハー素人が生意気だけれど、流れもよくわかり、大変いいものを見せていただいた、と思った。
1章 祈りをつなぐ
 テーマ1 一本の祈り
 テーマ2 祈る普賢
 テーマ3 祖師に祈る
2章 巨匠のつながり
 テーマ4 摂州と中国(①風景をつなぐ、②玉澗をつなぐ、③本場の水墨をつなぐ④「和」「漢」をつなぐ)
 テーマ5 宗達と古典
 テーマ6 若冲と模倣(①鶴の変容、②若冲の鶏)
3章 古典文学につながる
 テーマ7 伊勢物語
 テーマ8 源氏物語
4章 つながるモチーフ/イメージ
 テーマ9 山水をつなぐ(①松林、②富士三保松原、③吉野山)
 テーマ10 花鳥をつなぐ(①蓮、②雀)
 テーマ11 人物をつなぐ(①戸をたたく男、②縁先の美人、③交わされる視線、注がれる視線)
 テーマ12 古今をつなぐ(①江戸の坂、東京の坂、②寒山としての麗子)

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2018年3月31日 (土)

寛永の雅

328日 「寛永の雅」(サントリー美術館)
何を期待とか予想して行ったわけではないのだが、美術展のタイトルからイメージした内容とはずいぶん違った。
後水尾院を中心とした宮廷文化、遠州の美意識、仁清、探幽の作――日本の雅、知識はなくても静かな世界に触れることができた。
構成は
第一章 新時代への胎動―寛永のサロン
第二章 古典復興―後水尾院と宮廷文化
第三章 新たなる美意識―Ⅰ 小堀遠州
第四章 新たなる美意識―Ⅱ 金森宗和と仁清
第五章 新たなる美意識―Ⅲ 狩野探幽

古文書を見るといつも思うのだが、私は文字にその人の空気を感じる。後水之尾天皇の書では、古典文学を研究する天皇の姿を想像した。ちょっと興味深かかったのは源氏物語を収める箪笥(近江八景歌書箪笥)。源氏物語が古典復興の機運の中、大事にされていたことがわかる。

小堀遠州では、遠州が愛した茶道具、これらを実際に使っていたのだと思うと、私のようなガサツな人間にはわからないなりに、当時のその世界に魂が連れて行かれるような錯覚を覚えた。
仁清は御室窯を始めた人。1月に仁和寺と御室派の仏の展覧会を見たばかりで、「おお」と盛り上がったが、仁和寺の門前に窯を開いたというだけで、御室派の仏とは関係なさそう(?)。宗和の影響を受けた作品と宗和死後の作品で色調などが違うそうだが、それを意識して見なかった…。印象に残ったのは白釉円孔透鉢。丸い穴がいくつもあいていて、これはインパクト大だった。
茶碗は見るのは好きだが、鑑賞能力はない。だから、探幽のところに来て、ちょっとほっとした(と言って、絵画の鑑賞能力があるわけではない)。
探幽では、モチーフの極端に少ない「桐鳳凰図屏風」、右幅に三保松原、左幅に清見寺、中央に富士と三幅で一つの大画面を構成する「富士三保清見寺図」(まんまだね、作品名)が印象的だった。
寛永という一時代、そして主に京都の文化に焦点を当てたこの展覧会は、一つ一つの作品に解説がついていて、学芸員さんの研究に対する熱意が感じられた。
4
8日まで。

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2018年3月26日 (月)

ビュールレ・コレクション

319日 「ビュールレ・コレクション」(国立新美術館)
180326buhrle1 混まないうちに、と珍しく早めの鑑賞。ず~っと前のバーンズ・コレクションのトラウマがあるし(遅くなっちゃって、早朝8時頃から並んだ記憶がある)、ぐずぐずしていると、春休みだ、連休だと慌てるから。チケット売り場には10人くらいの列ができていたが、案外ゆっくり見ることができた。そうしたらこの日、なんと10万人目の来場者があったとか。
コレクターって、見る目の確かさ、エネルギー、資力等々、すごいなと思う。ビュールレも、ここに展示されているだけで、ハルス、アングル、ファンタン=ラトゥール、クールベ、ルノワール、ドガ、グァルディ、カナレット、シニャック、モネ、マティス、コロー、ドラクロワ、シャヴァンヌ、マネ、ピサロ、シスレー、セザンヌ、ゴッホ、ロートレック、ピカソ、ヴュイヤール、ゴーギャン、ボナール、ヴラマンク、ドラン、ブラックと錚々たる画家を集めている(展示作品数が64点と少ないし、どの絵もいいので誰1人落したくなくて、全員の名前を挙げてしまった。絵についても1点1点、感想を言いたいけれどそうもいかない)。しかも、出品作のおよそ半数が日本初公開だとか。
1章 肖像画
2章 ヨーロッパの都市
3章 19世紀のフランス絵画
4章 印象派の風景―マネ、モネ、ピサロ、シスレー
5章 印象派の人物―ドガとルノワール
6章 ポール・セザンヌ
7章 フィンセント・ファン・ゴッホ
8章 20世紀初頭のフランス絵画
9章 モダン・アート
10章 新たなる絵画の地平

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2018年3月17日 (土)

その心と作品に触れて:「熊谷守一 生きるよろこび」

313日 「熊谷守一 生きるよろこび」(東京国立近代美術館)
180317kumagai 後の予定が入っていたので朝イチで出かけ、1010分ほど前に着いたら、すでにもう20人ほどの姿が美術館前の椅子やチケット売り場に見えた。その後も人は増え、熊谷って人気あるんだなあと認識不足を認識。
さて、展覧会は、
「第1章 闇の守一(190010年代)」「第2章 守一を探す守一(192050年代)」「第3章 守一になった守一(195070年代)」
というユニークな3章に分かれている(作品リストの番号通りに展示されていないので、記憶に頼っているが、以下の作品の章分けは間違っているかも)。ユニークなタイトルなうえ、いきなり「闇の守一」って‼ 引き込まれた。

同級生の青木繁(‼)と親しく、共通の関心事をもっていたそうだ。青木には赤の輪郭線の自画像があるが、「自画像」(1904)は赤色が印象的な作品である。そして熊谷もやがて赤の輪郭線を使うようになる。
この「闇の守一」時代は後の「猫」シリーズに見るような作品からは想像もできない。デッサン力をつけていた時代でもあり光と闇を追求していた時代でもあるそうで、「蝋燭」はそれがわかる代表作だろうか。授業で描いた裸婦像も、意図的に薄闇を思わせる表現をしているのだとか。また、ある日女性の飛び込み自殺を目撃して描いた「轢死」(1908)は絵全体が暗すぎてほとんど見えないが、もともとの闇にさらに油脂の劣化が加わってのことらしい(何とかならないのかしら)。少し離れてみたら、ぼんやりとわかる…いや、わからない。
「守一を探す守一」では<死>が意識される。闇の中の裸婦像が多いのは轢死の衝撃によるものだそうだ。「轢死」をふまえた「夜」という作品からは、ほとんど見えなかった「轢死」がこんな絵だったのかということが示唆される。
私の胸に刺さるのは「陽の死んだ日」(1928)。以前「美の巨人たち」で見たんだと思うが、「陽(熊谷の次男)がこの世に残す何もないことを思って陽の死に顔を描き始めましたが、描いているうちに<絵>を描いている自分に気がつき、嫌になってやめました」という言葉が記憶に残っていた。その絵が目の前にある。絵具をぬりたくったような激しいタッチの絵を熊谷のその言葉とともに見ると、悲しみの深さと幼い死に対するやりきれなさが感じられて、泣けてきた。画家はとかく近しい人の死を描きたがるものだと常々思っていたが、浅はかな考えだと自省した。
赤い輪郭線はこの時期から見られるようで、「夜の裸」(1936)はそれがくっきり引かれている。この時代は風景画への移行がみられ、赤い輪郭線は風景画によりはっきり現れる。「裸婦を見ると風景画が描ける。風景を見ると裸婦が描ける」という熊谷の言葉は面白い。時々あるよね、裸婦のような山とか(そういうことじゃないか)。そして、だんだん色も明るくなってくる。

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2018年2月 9日 (金)

1月積み残し③:「アラビアの道」

129日 「アラビアの道」内覧会(東京国立博物館表慶館)
180209roadsofarabia セレモニーが終わる1630分頃表慶館に着くように行った。ところがセレモニーはまだ終わっていないとのことで、案内を受け先にレセプション会場へ。そこではアラビアの室内楽団がアラビア音楽を奏で(雰囲気盛り上がる)、サンドウィッチやプチガトー、飲み物が供されていた。少しずついただき、音楽を聞いていたが、なかなか案内がない。30分も経つとちょっとくたびれてきて外へ出てみたら、表慶館の前のテント脇に行列ができている。あら、もうじき入れるのかしら、と私もその列に並んだが、まだまだセレモニーは終わらないのだと。日の落ちかけた屋外の空気は冷えていたが、中でしっかり暖まった体には案外心地よい。そこでも30分ほど待ち、やっと本館から人がぞろぞろ出てきた。セレモニーに出席した関係者やお偉いさんたちがまず表慶館に入り、しばらく後にやっと一般の入場が始まった。内覧会開始が1時間遅れだったので、終了時刻も1時間延長になった。
出品リストを見たら、なんと展示数424点。表慶館のキャパで?‼ なので、装飾品など小さい展示物もかなり多く、一方、巨大な展示物もあり、見応え十分。またサウジアラビアの方がところどころに立って、日本語で質問に答えてくれたり説明してくれたり、熱意が感じられた。サウジアラビア王国の至宝とサブタイトルがついているのも然りだ。そして、知っているようで知らないサウジの歴史(展覧会のタイトルは「アラビアへの道」ではなくて「Roads of Arabia」)。それを辿りながらの展示は、アラビア独特の文化を見せながら、時に人間の営みはみな同じだと感じさせる。
とくに興味深かったのは文字で、偶像崇拝が禁じられていたイスラムではクルアーン(コーラン)を美しく書いたり刻んだりするために書が芸術として発達したそうで、確かに見事な文字だった。
香料の産地であったことがヨーロッパとの交易を通してアラビアに繁栄をもたらしたこと、二大聖地であるマッカ(メッカ)、マディーナ巡礼という信仰が巡礼路、宿泊施設、給水施設の整備を進めたことも興味深い。そういうことを考えながら展示品や遺跡の写真を眺めると、当時の町の様子が勝手な想像で甦り、ロマン心をかきたてられた。
鑑賞中、あちこちで携帯のカシャ音がしているので聞いてみたら、展示品すべて写真撮影OKとのこと。なんと太っ腹。
外に出たら、アラビアコーヒーでおもてなしをしていますと声が聞こえたので、1杯いただいてみた。コーヒーというよりはハーブティーのようでちょっとクセはあるものの、普通のコーヒー苦手な私には美味しく感じられた。あまりなじみのない文化に直接触れられるいい機会だった。

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