展覧会

2017年8月20日 (日)

実物を見るべし:ジャコメッティ展

816日 ジャコメッティ展(国立新美術館)
170820dog 前日、アルチンボルドを見に行こうと準備したら雨。ちょっと気がそがれて、アルチンボルドはまだ当分やっているからと取りやめたら、ちょうど私が上野に着く予定だった頃、上野周辺は大変な雨だったようで、西美までのわずかな距離でもどうなっていたことか。
仕切り直しで翌日、会期終了が近いジャコメッティ展へ。
ジャコメッティといえば、あのほそ~い像、程度の認識しかなかったが、今回展示を見て、あの像を作るのにどれだけ葛藤していたのかと知って驚いた。目に見えるものと自分との距離、目に見えるものをその通りに捉える…そのためにはモデルに長時間、長期間、動かぬことを強いる。その要求に応えられたのは弟ディエゴ、妻アネット、そして日本人哲学者矢内原伊作などわずかだった。
展示はなんと16セクションに分かれている(油彩も数点展示あり)。
初期の「キュビズム的コンポジション―男」はキュビズムってこういうことか、と初めて具体的にわからせてくれた気がする。これまで理論的には大まかにわかっていても、自分の中ではどうしてもそれがうまく具象化できなかったのだ。キュビズム、シュールレアリズムから離れて、モデルに基づく彫刻へ。最初の頃の彫刻はとにかく小さい。3.3×1×1.1cmなどという「小像(女)」、どうしたらこんなに小さく作れるんだろう。余分なものを削っていくうちに、最後には破壊してしまうこともあったそうだ(これらの小像は後述の撮影可能エリアから後姿を見ることができる)。
170820largestandingwomanii その後、像はおなじみのあのイメージ通りに大きくなっていく。この像たちは写真じゃなく、実際に目にするのが絶対にいい。展示がゆったりしていたせいもあるだろうが、大きく細長い彫刻の間を歩いていると、自分もその中の1人になったような、不思議な気分がした(とくに、セクション4の群像)。その気分は彼の苦悩がわかるようでもありながら、なんとなく心地よいのだ。それから、面白いことに、ジャコメッティの像は正面から見ても左右から見ても顔から受ける印象があまり変わらない。仏像なんかだとその印象がまったく違うことが多いのだが、ジャコメッティの場合、細いからなんだろうか。細いからこそ変わってもいいような気もするのだが…。もっともこれは私の感覚であって、正面と左右は全然違うよというのが正しいのかもしれない。
170820largehead 彫刻だけでなく、下絵やリトグラフもあった。そういう平面上の人物は彫刻のように細くはなく、普通。私はこういう作品もいいなと思った。垂涎ものは、先述の矢内原がジャコメッティと食事したりしたときに、彼が走り描きした10数点の紙ナフキンや手帳のページ。矢内原はそれを持ち帰り今は神奈川県立美術館所蔵となっている。矢内原とジャコメッティの親しさを感じさせる。
チェース・マンハッタン銀行の依頼を受けて始めたプロジェクト、実現しなかったが、「女性立像」「頭部」「歩く男」の3点が写真撮影OKである。

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2017年6月 7日 (水)

利休、長次郎に思いを馳せる:「茶の湯」

62日 「茶の湯」(東京国立博物館)
170607tyanoyu1 4
日に終わってしまった展覧会で、これもギリギリで鑑賞。「茶の湯」は近美の「茶碗の中の宇宙」(楽焼)ともコラボしていたし、会期最初の方が混んでいたように思うので、逆に会期末のほうがいいかななんていう期待もあった(土日じゃ混むだろうけど)。実際のところ、中はけっこう混んでいて、人の頭の間から見るという箇所もあったけれど、おおむね、ちゃんと見られた。
でも、ちゃんと見たところで、やっぱり茶碗の世界はわからない。自分の感覚としてこの茶碗はいい、この茶碗は好きというのはあっても、客観的な評価を見てもわからないし、茶碗に表現された作者の深い考えも私には察することができない。
それでも、茶の湯が日本人を魅了したことはDNAだろうか、なんとなくうっすらと理解できるような気がした。そして茶の湯の歴史を辿りながら、タイムスクープハンターの壮絶な「闘茶」を思い出した。
茶碗としていいなと思ったのは長次郎だ。轆轤を使わない手捏ね茶碗。長次郎って確か楽焼の始祖(もう、その程度の記憶…)、楽焼って手捏ねだったんだっけ。って、楽焼の展覧会を見た時にわかってなかった…。情けない話だけれど、今回再び長次郎の作品を見て、手捏ねを始めた理由、その独創性、それが認められた社会を思い、楽焼の良さをあらためて認識した次第。
当然、利休は大きく取り上げられているわけだが、利休の作品や書を見ながら、武士でない利休は秀吉に自害を命じられてどんな気持ちだったんだろうとそれが切々と胸に迫ってきた。作品としては竹茶杓(利休に限らず)が面白かった。とくに利休の「ゆがみ」は利休から徳川三斎に、三斎から平野長奏に贈られたそうだが、三斎が手放すとき「涙をこほし申候」と書いた手紙を添えたとのことで、竹茶杓への愛着を思うとより興味深く感じられた。
「油滴天目」が2点出ていた。油滴は「禅」の展覧会(201611月)に見たことがあるよなあと思い出していたら、1点は同じ油滴だった(と、後でわかった)。大阪市立東洋陶磁美術館所蔵で、豊臣秀次が持っていた物。静嘉堂の持っている「曜変天目」も57日まで展示されていたようだ。
お宝ガレリアで見た「初花」、小堀遠州の「転合庵」(トーハクの庭にある)を思い出したが、あの番組はこの「茶の湯」とコラボしていたんだっけ。
最後に近代数寄者として、平瀬露香、藤田香雪、益田鈍翁、原三溪、畠山即翁が取り上げられていて、美術と財力の関係をここでも実感した。私が名前を知っているのは原三溪だけだが、たまたま最終期は原三溪のコレクションが展示されていた。

トーハクらしくボリュームたっぷり(疲れた)、貴重な品々ばかりだったが、茶の湯の世界はやはり、静かに味わいたいものかもしれない。

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2017年5月29日 (月)

0.2ミリからヒトへ:「卵からはじまる形づくり」

525日 「卵からはじまる形づくり」(国立科学博物館)
170529egg 自然史博物館の後、日本館でやっていたので、覗いてきた。地球館でも展示があったようだけど、疲れて足を運べなかった。
「あなたも私も、みんな最初は直径0.2mmの受精卵でした」で始まる展示。本当に不思議だよね、0.2ミリの卵が細胞分裂を繰り返して(昔、生物の授業でやったけど、苦手だったな)、約10週後にはヒトの形になるのだから。ここではまず、成長のモデルとしてニワトリを取り上げ、腸管、脳、手足、骨などができる様子が紹介されている。ニワトリとヒトの遺伝子の数には大した差がなく、体ができていく仕組みはよく似ているのだそうだ。脳の発生はすべての脊椎動物で共通していて、基本の管からどの部分が発達するかが動物によって違うのだそうだ。大脳はやっぱり人間が一番大きく、大脳の大切さをあらためて認識した。
私が興味を持ったのは細胞の標識。ゼブラフィッシュ(1世代3カ月)やメダカの受精卵に試薬を注入する技術で、蛍光色素で標識された細胞が分裂していく様子を追跡することができる。観察していたら面白いだろうなあと思う。
植物も卵から始まる。植物の受精卵ははじめ動物のそれとよく似た卵割をするが、動物のような原腸形成は行われない。つまり動物は増えた細胞が激しく動いて原腸ができあがり、その後各胚葉から多くのパーツ(器官)が発生するけれど、植物は葉、茎、根の3パーツだけを作るのだ(もちろん、これ全部受け売り)。

細胞移植、生殖細胞、細胞の再生、分化…難しいけれど興味深い。自然史でエネルギーを使ってしまったので、さ~っと流して見たが、元気な時にこれを中心に見たい展示だった。理研100年と同様知っていたら、絶対別の時に行っていたのに。

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2017年5月28日 (日)

大英自然史博物館展

525日 大英自然史博物館展(国立科学博物館)
ず~っと大英博物館展だと思っていて、まあ向こうでもざっとだけど見たことあるし…と躊躇していたが、大英「自然史」博物館だったよ。見に行ってよかった。
展示の順序がわかりやすくて、まずはイントロとしてジョン・オーデュポンの「アメリカの鳥」からショウジョウトキとイヌワシの絵。多分(自信はないけど)、どこかで目にしたことがある有名な絵だと思う。ほかにアレクサンドラトリバネアゲハのメスとオスやはりオスのほうが小さく美しい)、宝石(「呪われたアメジスト」、なんてミステリアスなものも)、化石類などで心をつかまれる。「キリンの頭」は思わず本当に本物?と首を傾げて見入ってしまうほどインパクト大だ。
以下、「第1章 大英自然史博物館の成立」、「第2章 自然史博物館を貫く精神」、「第3章 探検がもたらした至宝」、「第4章 私たちの周りの多様な世界」、「第5章 これからの自然史博物館」と、自然史博物館の創立やコレクション、研究に貢献した人たちを紹介しながら、様々な化石、動植物、鉱物などが展示されている。
自然史博物館のコレクションの中核となった標本を収集していたハンス・スローン(彼の死後、膨大なコレクションが国に寄贈され、自然史博物館が創設された)、リチャード・オーウェン(なんか名前聞いたことがある)、私でも知っているカール・リンネ、チャールズ・ダーウィン、デビッド・リビングストン(子供の頃、リビングストンの探検物語を本で読んだことを思い出した)、財閥一家のウォルター・ロスチャイルド等々。女性のコレクター、研究者も56人いて、19世紀半ば~20世紀初頭くらいの人たちだろうか。自らの足で標本や化石を採集し、あるいは研究に身を投じた彼女たちの熱意に感銘を受けた。
エンデバー号(キャプテン・クック)やビーグル号(ダーウィン)の航海で収集された標本を見ると、当時の人たちの興奮が共有できるようなワクワク感があった。南極(ロバート・スコットのディスカバリー号、テラ・ノバ号)、アフリカ、そして19世紀のチャレンジャー号は日本にも来ていて、ロンドンに渡った日本の動植物・鉱物・隕石も展示されていた。ハンス・スローンはチャレンジャー号の前にオランダの東インド会社を通じて日本の植物標本を入手していたというから、その貪欲なコレクター精神には驚く。

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2017年5月23日 (火)

強く惹かれた「シャセリオー」、「スケーエン」

520日「シャセリオー展」~「スケーエン」(国立西洋美術館)
170523chasseriau シャセリオー、誰?というくらい、名前も知らなかったが(だいぶ前から開催しているので、名前は聞き覚えがあるような錯覚に陥っていた)、やはり知名度は高くないらしい。西美の外にかかっている肖像画(←)がとても素敵で、上野に行くたびに心惹かれていたのに、例のごとく会期末近くになってやっと足を運んだ(28日まで)。
シャセリオーは早くからアングルに認められるほど豊かな才能に恵まれていたが、27歳という若さで他界したこともあり、知名度が上がらなかったらしい。また、やがてアングルとの方向性の違いがはっきりして師と訣別することになったそうだが、そんなことも影響していたのかしら。そういえば、3月に放送された「美の巨人たち」、アングルとドラクロワをつい先日見たが、シャセリオーと同時代に活動したドラクロワをアングルは絶対に認めようとせず、アカデミー入会に断固として反対し、ドラクロワがアカデミーに入れるまでに20年もかかったと言っていた。デッサン重視のアングルに色彩重視のドラクロワという対立のようだが、実はアングルはドラクロワの才能に嫉妬していたという説もあるそうだ。詳しいことはわからないが、アングルに気に入られたシャセリオーのデッサン力は確かなものだったのだろう。
この展覧会はシャセリオーの作品を中心に、師のアングル、同時代人のドラクロワ、シャセリオーが影響を与えたモロー、ルドンなどの作品も展示してあって、へ~、モローってもろシャセリオーの影響受けてるんじゃん(シャレじゃないよ)、と驚いた(全然関係ないんだけど、シャセリオーの「アポロンとダフネ」を見てたら、「やすらぎの郷」の高井秀さんの絵を思い出してしまった)。
170523chasseriau2 シャセリオーの自画像はかなり印象的。彼自身は容貌にまったく自信がなかったそうだが、決してそんな容貌には見えず、むしろ惹きつけられるものがある。それが恐らく彼の才能なんだと思う。シャセリオーの肖像画は自画像、ポスターにもなっている「カバリュス嬢の肖像」(上の写真)をはじめ、どれも目に人を惹きつけるものがあるような気がする。肖像画はどれも好きだが、中でも「政治家にして公法学者のアレクシ・ド・トクヴィルの肖像」は、トクヴィルという人の人物性がとくに強く感じられて惹きつけられた。
フランスの画家にとってオリエントは魅力的だったようで、シャセリオーもアルジェリアを旅して(北アフリカもオリエントなんだ…)、いかにも触発されたんだなあとその興奮というかオリエンタリズムに対する関心の表れというか、そういう作品を残している。そうした画家の関心度が高いとこちらもその作品にのめり込めるのだ。
シャセリオーは、会計検査院大階段の壁画も手掛け、モローだけでなくシャヴァンヌにも影響を与えたが、その壁画はパリ・コンミューンの際に建物とともに焼かれてしまい、いまでは断片が残るのみだそうだ。昨年見たアフガンの展覧会でも思ったことだが、人の命のみならず人類の財産である芸術品が失われることの痛ましさをここでも非常に残念に思った。
ほとんど肖像画にしか触れなかったが、展覧会は
1
 アングルのアトリエからイタリア旅行まで
2
 ロマン主義へ――文学と演劇
3
 画家を取り巻く人々
4
 東方の光
5
建築装飾――寓意と宗教主題
で構成され、肖像画以外の魅力的な作品もいっぱいです。

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2017年5月 1日 (月)

4月分①:命を削る草間彌生

424日 「草間彌生 我が永遠の魂」(国立新美術館)
Kusama3 草間彌生という人を一言で表現するとしたら、私には「すごい人」としか言いようがない。
ずっと前、草間彌生の制作風景をテレビで見たことがある。まさに命を削っている感じがした。
水玉、点描、鮮やかな色、かぼちゃ。去年、TIMEによる「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、文化勲章を受章した。そんなに好きというわけでもなく、と言って嫌いなわけでもなく、草間彌生について知っていることと言えばそれくらいか。
170501kusama4 最初の展示室、「わが永遠の魂」という連作500点のうち132点が上下2枚ずつ壁にずらりと並べられている。まずはその強烈な色の壁に圧倒される。本当ならうんざり疲れそうな色なのに、全然そんなことはなくて、彼女の魂の中に入り込んだみたいで、むしろテンションが上がってくる。すべての作品に題名がつけられていて、それと絵を合せて見ると、草間彌生の中ではこれはそういう表現になるのか、と興味深い。ここは写真OKだった(上の写真は「真夜中に咲く花」)。
この後、初期の作品から見て行くのだが、初期はこんな作品も描いていたのかと驚いた。今の作品からは想像もつかない。けれども、幼いころに悩まされた幻視の影響は既に現れているようだった。草間彌生の病みは現代人の誰もが少なからず侵されているもののように思っていたが、もっともっと深いのだ、自分の中の何かと戦っているのだ、きっと。だから、作品を見る側はその命を削った魂の叫びを感じるのだ。
ニューヨーク時代の突起物で埋め尽くされたボートや「The Man」などの作品、帰国してからのやはり突起物で作られた「ドレッシング・テーブル」などからも彼女の病みが伝わってきて、少しつらくなる。
しかし「無限の鏡の間」はステキだった。全面鏡張り、小さな電飾が無数にきらめく空間でおぼつかない足元。宇宙の中に迷い込んだみたいで幻想的。幽体離脱して、魂だけが宇宙を浮遊しているような感じがした。
チケット売り場は二重、三重の長蛇の列、グッズ売り場のレジは何重もの行列。これを見ただけでも草間彌生の人気が格別なことはわかる。とはいえ、好きな人ばかりでもないだろう。しかし、草間は嫌いという人でも、草間彌生の「凄さ」は認めざるを得ないのではないだろうか。そんなことを考えた鑑賞であった。
Kusama2_2
展示室の外に鑑賞者が水玉のシールを受け取って貼れるブースがあった。何だかわからないまま並んでシールを受け取り、かなり埋め尽くされている中の隙間を見つけて大中小数個の水玉を貼ってきた。なんか楽しかったな。
外には水玉のかぼちゃ。かぼちゃの実物を最初に見たのは20107月、直島でだった。当時は草間彌生のことを今以上に知らなかったみたいだけど、海辺の水玉かぼちゃにはやっぱりテンション上がったな。直島、又行きたくなってきた。







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2017年4月12日 (水)

まさに昔と今をつなぐ「今様」

411日 「今様―昔と今をつなぐ」(松涛美術館)
170412imayo 雨の中、渋谷へ。考えてみれば、これまで雨が降っても都内はほとんど地下道で済んでいたし、本格的な雨の日に出かけたのは久しぶりで、傘が持ちなれないなあと変な感慨を覚えた。ハチ公バスを15分以上も待って2停留所。松涛美術館前で降りたはいいが、曲がる道を間違えたことで、松濤公園の周辺をぐるぐると迷ってしまった(迷うような所じゃないのにね)。

雨のせいもあるのか、鑑賞者は私1人だけ(私が出る時1人入ってきて、なんかほっとした)。あとで気がついたのだが、5日に始まったばかりだったのね。私がこんなに早く行くとは珍しい。
「今様」に取り上げられている作家は、染谷聡、棚田康司、石井亨、木村了子、山本太郎、満田晴穂の6人。どの方も初めて知った。それぞれの作家に参考作品としてインスピレーションを与えたというか背景となった作品が展示されているので、「今様」がよりわかりやすい(今様って、言葉の意味としては知っていても、あまりピンと来ていなかったのが、今回そういうことかとよくわかった)。

まず地下1階へ。
染谷さんの作品は蒔絵仕立で(よくわからないけど、そう言うのかな、)、材料として鹿の骨や角などを使っているのが面白い。最初に目に飛び込んできたのは「Displayism/御頭」。ハワイの鹿の頭蓋骨である。日本では鹿は神の使いであったりするが(先般の春日神社とか)、ハワイではスポーツハンティングの獲物でもあるそうで、地域による文化の違いを考える。参考作品として国芳「武者尽はんじもの」が展示されていて、「おすましる代」「御椀獣三郎」「おにぎゅり」など、たしかにそういうラインを連想させる作品が何点かあって面白かった。
棚田さんの作品は一木彫り。圧巻は「12の現れた少女たち」で、神社建立時に使われていた柱の端材を使用しているのだそうだ。どの少女たちもどこか寂しげ、はかなげでいて、芯の強さを感じさせるように私には見えて、好き。彼女たちに囲まれている「木の花は八角と星形の台に立つ」も、とても印象的な作品だった。参考作品は円空4点。棚田さんの作品が円空の方を見ている。
山本さんは<平成琳派>と言われているのを納得。「隅田川 桜川」は能の「隅田川」をモチーフにしていて、「隅田川」は能の拵えの母親が懐に抱いているのはキューピーさん。「桜川」はやはり能装束の母親が掃除機を持って桜を吸い取っている。この2双は左右どちらに並べても成立するそうで、今回、前後期で並べ方を変えるのだそうだ。前期は左隻が「隅田川」。「紅白紅白梅図屏風」(紅白紅白なのだ)はもちろん光琳の「紅白梅図屏風」を、また「誰ケ袖図屏風 模ホノルル本」は、ホノルル美術館の「誰ケ袖図屏風」本歌とする。参考作品は「光悦謡本」2点。

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2017年4月 9日 (日)

「伝統」と「今」と:「茶碗の中の宇宙」

45日 「茶碗の中の宇宙」(東京国立近代美術館)
170406raku1_2 茶碗の中の宇宙――わかったようなわからなかったような…。ただ、一子相伝、初代からの歴史を辿った展示を見ていくと、各代の作家が伝統を背負いながらその時代時代の「今」における自分の個性を追求していることがわかり、茶碗の中にある樂家代々の宇宙をちょっとだけ覗けた…ような気がしないでもなかった。
初代回帰があってもそれだけではない、そこに自分の追求するものを加える。そうしないと伝統は廃れてしまう。伝統を頑なに守っていくだけでは、その伝統が生きていけない世界なのだということもわかった。それは歌舞伎にも通じることかもしれないと思った。
樂家は現在十五代目。もう次の十六代目も作陶生活に入っていて、作品も展示されていた。初代長次郎から現在の吉左衛門に至るまで、苦難の時代も何回かあったそうだが、樂焼きを絶やすことなくそれを乗り越えてきたことに感銘を受けた。
私は何となく陶器が好きで見に行ったのだが、東近美はわりといつもすいているのに、この日は桜効果なのか展覧会自体への関心なのか、かなり人が多かった。おそらくお茶をたしなまれる方たち(和服姿の方も見かけた)、陶芸をやる方たちが大勢いたと思う。みなさん、「この黒がどうとか」「形がどうとか」と非常に熱心に見ていらしたが、私はくわしいことはよくわからなくて一応各代の紹介を読み、なるほどと思う部分とよくわからないという部分と…。でも、紹介解説はとても面白かった(と言うと語弊があるかな)。その中で感じたことが上記のこと。
茶碗の世界は落ち着くなあと思った。

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日からはトーハクでも茶の湯の展覧会が始まる。東近美とコラボして、両館を結ぶシャトルバスが走るそうだ。
3月31日には、当代と玉三郎さんの対談があったのだが、事前申し込み制だったので断念。
なお、この展覧会の詳細は→ココで。



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2017年4月 8日 (土)

見て楽しい「動物集合」

45日 「動物集合」(東京国立近代美術館工芸館)
170408animals1 ランチの約束があったので、花見と運動を兼ねて九段下→靖国→千鳥ヶ淵緑道入口→北の丸→工芸館というルートで。靖国はいつも屋台と花見客で賑やかな一帯が外苑整備工事中とかで防護壁に囲われていて、桜も上のほうしか見えなかった。そんなことに気を取られていたら見事にスッ転んで、右の太ももをかなり痛め、歩けなくなるんじゃないかと心配したが、無事1日で1万歩超えできた。帰宅後インドメタシンの入った薬を塗ったら痛みも残らずほっとした。このトシだと転倒=大腿骨頸部骨折が即頭を過るからね。
さて、「動物集合」。日本の工芸品が動物(生物)と密接に結びついている、日本の動物と日本の工芸品はよく似合う、と実感した。虫、魚や海の生き物、鳥、身近な動物、想像上の動物――帯留めやブローチのような小さな作品から螺鈿、蒔絵の箱、着物、彫刻など、作品は多岐にわたる。虫は四季を象徴するし、動物には愛らしさ、雄々しさなどがあり、またそれぞれの生物に籠められた意味のようなものもある。そうしたものをあるいは繊細に、あるいは華麗に、あるいは素朴に生き生きと表現している。どの作品も見て楽しいと思ったのは、日本人の生活は動物とともにあること、そしてどんな動物であれ彼らに対する作者の親しみや愛おしみの目を感じられたからだろう。
工芸館に行くようになったのは去年あたりからだけど、ロケーションもいいし、建物もいいし、展覧会もいい。「動物集合」はもう一度見てもいいな。

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2017年4月 7日 (金)

東洋文庫の「ロマノフ王朝展」

4月6日 ロマノフ王朝展(東洋文庫ミュージアム)
170407romanov1 お花見に誘われたので、それだけではもったいないからと久しぶりに東洋文庫に出かけた。気がついたら、見たいと思っていた「ロマノフ王朝展」が9日までで、またまた駆け込み。
今年はロシア革命から100年、すなわちロマノフ王朝滅亡から100年だそうで(世界史、すっかり忘れてる)、ロシアと日本との交流を中心にロマノフ王朝の歴史を辿るという展覧会である。→ココ 参照
とにかく資料がすごい。全部写真撮影もブログアップもOKという太っ腹なのもすごい。本当なら全部紹介したい‼(写真は後出)

ピョートル1世(1672~1725)、エカチェリーナ2世(在位1762~1796)、アレクサンドル1世(同1801~1825)、ニコライ1世(同1825~1855)、アレクサンドル2世(同1855~1881)、アレクサンドル3世(同1881~1894)、ニコライ2世(同1894~1917)が皇帝代表として(?)取り上げられ、その時代背景の解説とともに、簡単な人物像がイラストで紹介され、さらにその時代の資料が展示されていて、わかりやすい。
すぐ近くの隣国ロシアとの交流は、アイヌなどの先住民から始まる。
18世紀になると東方進出を狙うピョートル大帝治下、様々なロシア人が日本近海に現れ、それを警戒する日本も役人たちが北方へ進出する。そういう緊張関係とは別に、民間人の交流があった。私がもっとも興味深いと思った漂流民たちだ。有名な大黒屋光太夫、世界初の露日辞典を著した薩摩のゴンザ、石巻の若宮丸乗組員。そして19世紀、プチャーチンがやってきて、いくつかの条約が結ばれ、ニコライ2世も来日した(大津事件!)。ロマノフ王朝300年間には暗い歴史も多々あっただろうが、日本との交流の歴史をこうして実際に見てみると、現実を忘れロマンに思えてくるから不思議だ。

ロマノフは企画展示であって、他にも東洋文庫所蔵の貴重な資料が展示されている。その中で今回は「トバエ」と「解体新書」に出会えた‼ 「トバエ」はビゴーが来日して(そうなんだ、日本に来たんだ)描いた風刺画。ビゴーは自国の伝統ある文化を忘れて西洋文化を追い求める日本人(当時―1882年頃来日―既にそうだったのか)に落胆したそうだ。「解体新書」はエンカウンタビジョンといって、書物と映像をコラボさせた展示だ。腑分けを見た杉田玄白らが「ターヘルアナトミア」の正確さに感銘を受け、翻訳する決意をしたはいいが、オランダ語がまったくわからず苦労して「解体新書」を出したという経緯を、実際の「解体新書」と「ターヘルアナトミア」に絡ませながらイラストで映し出す。面白くて2度見てしまった。

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