歌舞伎ミーハー観劇記

2018年2月16日 (金)

二月大歌舞伎昼の部

212日 二月大歌舞伎(歌舞伎座)
2週間、ほぼ引き籠り状態で迎えたこの日。やっぱり歌舞伎座はいいなあ。特別な場所だわ。
「春駒祝高麗」
中央大ゼリから梅丸(喜瀬川亀鶴)・梅枝(大磯の虎)・梅玉(工藤祐経)・米吉(化粧坂少将)の4人が登場。それだけでわくわく。梅玉さんの上品で大きいこと、梅枝さんの貫録、若い2人の初々しさ。梅丸クンが師匠にお酒を注ぐところ、どきどきしてしまった。
仮花道から又五郎さん(小林朝比奈)、本花道からは錦之助(曽我十郎)・芝翫(曽我五郎)の2人が現れる。又五郎さんの踊りは、奴凧が空で舞っているように見えた。錦之助・芝翫の曽我兄弟は思いのほかよかった。舞踊のみでセリフなしかと思っていたら、兄弟と祐経の間で言葉が交わされていた。ラスト、後見が祐経の後ろから手形をぽんと投げるのが舞踊らしい感じだった。
15
分と短い舞踊だが、十分堪能できた。
「一條大蔵譚」
一番印象に残ったのは秀太郎さんの鳴瀬だ。大蔵卿に刺された八剣勘解由の背に、鳴瀬がほぼずっと手を当てている。そして自害して倒れる瞬間、夫のほうへ手を伸ばし…、その手は届かなかったのではあるが、こんな鳴瀬は初めて見た(ような気がする)。この芝居を見るたびに、鳴瀬はどうしてこんな男と結婚したのだろうと不思議だったが、今回、その理由はわからなくても夫への愛情がしみじみ伝わってきて、より哀れに思う反面、何かほのぼのした気分にもなった。秀太郎さんは「河連法眼館」での静御前でも驚かされたが(静は正妻ではなく愛人、その愛人感がとても可愛らしかった)、今回もびっくりさせられた。
そういう妻をもつ勘解由(歌六)、どこまで強欲なんだ。しかし歌六・秀太郎夫婦とはなんと豪華な配役だろう。
松緑さん(吉岡鬼次郎)の動きがきれいで、勘解由との立ち回りは舞踊のように見えた。孝太郎さん(お京)は控えめながら忠義心と女性らしさが出ていた。
幸四郎さん(まだ馴染まない、つい染五郎さんと…)の大蔵卿は、心の奥に悲しみが流れているのをも感じたが、全体的には作り阿呆をしていても爽やかな大蔵卿、という印象かな。勘解由の首は切った後すぐにもって出ると笑いが起きるところだが、染五郎さんはほどよい間をあけていた。
時さまの常盤御前は、大蔵卿が友切丸を出したところでやや驚きの表情を見せていたが、すぐに穏やかな顔に戻っていた。
この物語って、登場人物が全員、それぞれ異なる悲しさをもっているんだなあと感じた。
それにしても、たまには「曲舞」を見せてほしい。2009年の浅草歌舞伎以来少なくとも東京では「曲舞」はかかっていないんだもの。

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2018年2月 5日 (月)

1月分積み残し②:国立劇場千穐楽

127日 「世界花小栗判官」千穐楽(国立劇場)
14日の初見では、澤瀉屋版とついつい比較してしまって、乗りきれなかったが、今回は全体を知ってから見たせいか、逆に前回より面白く、楽しむことができた。ちょっとしたハプニングはあったが、千穐楽バージョンがあったかどうかはわからない。ただ、碁盤乗りは前より長かったような気がした。
「江の島沖」で風間八郎(菊五郎)が悠然と花道を去る場面は、花道に浪布が敷かれ、水後見が新体操のリボンのように水布を振って波を表す。激しくたかれるストロボは雷光だろうか。ダイナミックな演出に八郎の大きさが象徴されているように見えた。
「浪七内」はやっぱり好きだ。亀蔵(片岡)さんのしぶとい小悪党と松緑さんのすっきりした浪七が話を盛り上げた。松緑さんは足が悪そうだったけれど、しっかりと立ち回りをこなし感動した。坂東亀蔵さんの四郎蔵は、一見真面目で堅そうな亀蔵さんが胴八の計画とずれた間合いで可笑し味を醸すそのギャップが面白かった。橘太郎さんの橋蔵は最初ばばっちくて、代官に化けてもあのパンダメイクではバレバレというところだが、それもこの場面の面白さだろう。
「万屋」では、小萩(=照手姫)が水の入った桶を重そうに肩から下げて花道を歩いてくる場面に「すし屋」の弥助(=平維盛)の戻りが重なった。弥助は空の桶だったから、照手姫のほうが力はあるのかな。
前にも思ったけれど、あらためて権十郎さんがもったいない。女中頭(萬次郎)にいじめられている小萩を助けて優しくしてくれる下男不寝兵衛の役。澤瀉屋版にはない役で、あとでもっと関わってくるのかなと思ったら、それで終わり。でも短い出番に不寝兵衛の人となりを見せたのはさすがだった。萬次郎さんもよく透る声でびしびし意地悪を言うけれど、女中頭としての仕事もちゃんとやっている感じが出ていた。
リピートしてよかった。

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2018年2月 3日 (土)

1月分積み残し①:歌舞伎座千穐楽昼の部

126日 初春大歌舞伎千穐楽昼の部(歌舞伎座)
2月の歌舞伎がもう始まったというのに、こちらはまだ1月分が終わっていない…。
歌舞伎座の前に演舞場へ行って筋書きを買う。24日に入っていなかったため買わないでおいたのだ。幸い、歌舞伎座観劇がこの日に入っていたから。
「箱根霊験誓仇討」
初めて見るので楽しみにしていたのだが、正月公演それも目出度い三代襲名公演の演目としてはあまり弾まないなと思った。面白くなかったわけではないが、初花(七之助)が哀れすぎて、その心が通じて仇討ができたところで(仇討達成の予感で終わる)爽快感や後味の良さがなかった。
勘九郎さん(飯沼勝五郎)はほとんどの時間、足腰が立たぬ状態で辛抱の役だった。敵(刎川久馬:吉之丞)に襲われ応戦した勝五郎が突然立ち上がってジャンプ。初花の願が叶って足が治ったのだ。初花の母・早蕨(秀太郎)が驚くと客席から笑いが起きた。勝五郎は立てることをなかなか認めず、早蕨としばし押し問答が続く。この場面や、仇討の機会を狙うために滝口上野(愛之助)に従ったはずの初花が戻って来た時も散々怒った様子を見ると、勝五郎は長い病で相当心がいじけているなと感じた。
愛之助さんの二役(上野と奴筆助)はどうなんだろう。存在が何となく中途半端な気がしてしまった。
敵役の1人いてうさんはいつも思うことだが、勘三郎さんに顔が似ている。一瞬、勘三郎さんが出てきたのかとはっとした。
「七福神」
暗い演目の後の目出度い踊り。どうというほどでもないのだが、楽しくて正月の演目として安心して見ていられる。
彌十郎さん、少し痩せただろうか。寿老人は品よくきれいだった。門之助さん(福禄寿)の踊りは珍しいかしら、そうでもないかしら。布袋が誰だかわからなかった。高麗蔵さんだったのか。高麗屋っの声がかかったのでそうかなとは思ったのだけど、顔がいつもと全然違うんだもの。こんな高麗蔵さんもいい。鴈治郎さん(大黒天)と扇雀さん(弁財天)のツーショットにミーハーは秘かに「おお」。恵比寿の又五郎さんは飄々として、毘沙門の芝翫さんは立派で、ただただめでたい。
ラスト、7人が3段で宝船に揃う。最初は船が奥のほうにいたので毘沙門と弁財天が見えなかったのだが(3階からだと、奥の高い位置にいる神様は首から上が見えないのだ)、宝船が十分前に出てきてくれたので全員の顔が見えて嬉しかった。

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2018年1月29日 (月)

初春歌舞伎Bプロ

124日 初春歌舞伎Bプロ(新橋演舞場)
筋書きにまだ写真が入っていないってどういうこと? 千穐楽を2日後に控えたこの日なのに。
「日本むかし話」
序幕:プロローグ、序章、第一章、第二章
序章は「ハムレット」?と思ったら、后(吉弥)は大王の悪い弟・磐面大臣(九團次)の后にはならなかった。天の川に流された子(モーセみたい)がかぐや姫になるのか。物語は磐面大臣が投げ捨てた不思議な石をめぐって展開される。
この後のそれぞれの章(三章、五章を除く)にメッセージがありそれには同感できるのだが、ストレートすぎて、もうちょっと「込める」感じならいいのになあと思った。
第一章の「竜宮物語」がどうもいけなかった。乙姫(笑也)がヒステリックで好きになれない。右團次さんが若くて美しい浦島太郎だったのは嬉しかったけれど。
第二章の「桃太郎鬼ヶ島外伝」も好きになれなかった。
二幕目:第三章、第四章
第三章の「竹取」は麗禾ちゃんの可愛らしさで満足。去年、勘九郎ちゃんの時にも思ったことだが、6歳の子があれだけの客の前で堂々と演じ舞うことにあらためて凄いと感心した。
第四章の「花咲翁物語」、ABKAIで挫折したこの物語だが、今回は楽しめた。右團次さんの正造爺(又老け役ね)と笑三郎さんの女房セツ婆がとてもよかった。右團次さんは存在感があり、笑三郎さんはしっとりと品よくきれい‼ セツ婆という役名ではあるが、正造爺に比べればずっと若くて、得松爺(獅童)に言い寄られる時も「若い」と言われていた。獅童さんは好きな役者さんで応援もしているのだが、凄み方が乱暴で、そのあたりはあまり好きになれない。海老蔵さんのシロは犬言葉のせいか声がふわふわしていたが、ABKAIの時よりはずっと好感がもてた。獅童さんに楽屋落ちで色々言う場面では獅童さんの笑いがなかなか止まらなかったが、毎日そうなんだろうか。
桜が咲いた時には感動した。「一緒に見とうござりまする」にはしんみり…。宙乗りでは小屋だけでなく
3階右側一扉からも花びらが吹き出してきて、その勢い、量たるや、客席を興奮させるに十二分。こんなに大量の花吹雪は初めて見た。しかし風向きの関係で私のいた右側後方ブロックには花びらは落ちてこなかった。幕が閉まった後、30秒くらいの間、足止め。海老蔵さんが小屋から楽屋へ駆け抜ける時間稼ぎだろう。

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2018年1月28日 (日)

浅草歌舞伎第二部

120日 浅草歌舞伎第二部(浅草公会堂)
土曜日とあって、さすがに浅草は賑わっていた。公会堂も大向こうさんが立ちっぱなしで、それだけ入りがよいのだと、浅草歌舞伎を応援したい者としては嬉しい。
公会堂、男性を含めやけに着物の人が多いなと思ったら、この日第二部は「着物で歌舞伎」だったのか。係の職員さんたちも着物を着ていた。着物でない私も記念品をいただいて、ちょっと申し訳ない気持。記念品はいらないといいながら、やっぱり嬉しいの。
そういえば、公演期間中走っていたという公募デザインの人力車のこと、すっかり忘れて、見逃した。公募の番組は見ていたのに‼
「お年玉ご挨拶」

巳之助クン。スーツ姿で登場し、最初から飛ばす。「歌舞伎美人」でもレポされているが、着物の日なので敢えて逆にスーツにしてみたとのこと。歌舞伎役者って着物しか着ないと思われているようだが、そう思っている人と訊いたら、何人かいたみたい。「スーツもスウェットも着るんですよ」(取材で蕎麦以外食べるのかと聞かれたこともあるそうだ)。「スーツでも正座が多いので(とここまでは正座。立ちあがって)膝からスーツがダメになる。歌舞伎役者あるある、です」。「着物と言えば新年早々、心が痛む事件があった。知人の呉服屋も被害にあったが、何よりも晴れの日に着物を着られなかったことが悲しい」。
(定番の)初めて歌舞伎を見る人――ちょこちょこいた。「歌舞伎は古典芸能とは言われるがエンタテインメント。セリフ等わからない人はプログラムとイヤホンガイドを」。挨拶の後、すぐ操三番叟が始まるので、と三番叟だけ簡単に説明をした。それからこれも定番の携帯に関する注意。「電源を今一度ご確認ください。静かな時こそ鳴るんです。御浜御殿では5回ほど鳴った」。そして最後は口上口調で締め。
巳之助クンもとても慣れた口調で楽しく話を進めていた。
「操三番叟」
萬屋父子が翁と千歳で一緒に舞台に立っているのがミーハー的には萌え。この2人だけの舞は初めて? 錦之助さんの気品が際立っていた。千歳は若さの象徴、と隼人クンが筋書きで言っているが、たしかに錦之助翁の前では幼く見えた。
2
人が引っこむと梅丸クンが登場。予備知識なしで行ったので、え~、梅丸クンが後見?!!と内心興奮。三番叟は種之助クンで、2人とも楷書で教わったことを丁寧にやっている感じがした。スタートはそれでいいと思う。
「引窓」
歌昇さんの南与兵衛(南方十次兵衛)がとてもよかった。郷代官に取り立てられた嬉しさに好人物であることが現れている。なさぬ仲の母親に濡髪の絵姿を売ってくれと言われ、やや考え、はっと気がつく与兵衛、その瞬間の与兵衛に泣けた。その後、「鳥の粟を拾うように貯めおかれたその銀、仏へ上げる布施物を費しても、この絵姿がお買いなされたいか」と確認する与兵衛(この後のお幸のセリフにも「未来」が出てくる)、その後のお幸との遣り取りにも泣けた。濡髪に聞かせるように逃げ道を口にする与兵衛、歌昇さんは与兵衛の心の動きを丁寧に、そして与兵衛になりきって表現していた。ここのところの舞台を見ていると、播磨屋での地道な修業が花開き実を結ぼうとしているのがよくわかる。

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2018年1月27日 (土)

初春歌舞伎Aプロ

116日 初春歌舞伎公演Aプロ(新橋演舞場)
なんで昼の部夜の部ではなく、AプロBプロなんだろう。来年もAプロBプロになるのかしら。
「天竺徳兵衛」

これも、澤瀉屋バージョンがとても面白かったという記憶があり、それとどうしても比べてしまう。澤瀉屋版と今回のものは違う部分も多々あるし、今回は話がだいぶ整理されているので比較してもしょうがないのだけれど…。
徳兵衛の帰国話は、中国では間が悪くトランプという大金持ちが来ていて、習がそちらにかかりきり、自分は肉まん1個でそのために病気になったが無事天竺へ。庄屋に病気はもうよいのかと聞かれた徳兵衛が治ったと言うと大拍手。元気な姿が見られて本当によかったと思う。さらにはイギリスでは王子が役者と婚約、自分にも息子が生まれてめでた続き、ということで客席大ウケ。
獅童さんはかっこいいし、徳兵衛のニンだとは思うものの、ところどころ発声がちょっと乱暴な気がした。
右團次さんは屋号は変わっても澤瀉屋を支える重鎮となりつつあり、老け役が多くなっている。若く美しい役も見たい。この願いは後に細川政元、夜の部の浦島太郎でかなえられる。ところで、おやおや、ここでも細川政元か(国立の小栗判官でも時さまの細川政元が)。蝦蟇の術を会得させ、明を再興せよと言う父(吉岡宗観、実は明の旧臣:右團次)の望みを息子(徳兵衛)が引き受けると父は「その言葉こそ未来の安堵」。小栗判官同様、ここでも「未来」の言葉。
大蝦蟇、蛙の立ち回り、木琴での(黒御簾でも)「蛙の歌」演奏、と面白い場面が続く。徳市に化けた徳兵衛が水に飛び込む場面は、なぜ何度も?と思ったら、徳市から偽勅使への早替りのためだったのか。ちょっとくどい。
舞台で九團次・右團次・松江(奴鹿蔵)が蝦蟇と立ち回りをしている間に花道では葛籠抜けの準備。獅童さんの葛籠抜けは実にかっこよかった。宙乗り小屋に入る時はスモークで顔がよく見えなかったが、小屋の中で3回吠えていた。
九團次さん(梅津掃部)は薪車時代いい役者さんだったが、九團次になってもいい役者だ。そういえば、先日地下鉄の広告で九團次さんを見てびっくり。だって、なんとライザップなんだもの。「椿説弓張月」であんなに素晴らしいボディ(当時6パックだったよ)を見せてくれた九團次さんがぽっこりお腹…。TVCMももう始まっているそうだけど、私はまだ見たことがない。

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2018年1月21日 (日)

世界花小栗判官

114日 「世界花小栗判官」(国立劇場大劇場)
正月の芝居と言えば、やっぱり私には国立なんだけれど、ここ何年も初日はおろか、今年は松の内にも見ることができなかった。それでもロビーの華やかな飾りつけに心躍る。

「発端」
馬頭琴・打楽器・義太夫三味線(だそうです)による音楽が流れ、舞台正面には流れ星がいっぱい。幻想的な雰囲気だけれど、これから陰惨な場面になる。暗い中、小栗郡領(楽善)と奴三千助(萬太郎)が見回りに現れ、2人が二手に分かれると(郡領、1人になっちゃいかん、と胸の中で、私)、案の定郡領は殺されてしまう。楽善さんの出番、これで終わりか、声もいいし、大きさもあるのに、もったいない。
ここで登場したのが風間八郎(菊五郎)。おお、発端から御大登場とは‼ やはり大きい。小柄なのに大きい。何十年と培ってきた芸の大きさをあらためて感じた。
郡領の遺骸を発見して嘆く三千助、そこへ通りかかる細川政元(時蔵)。立ち去る八郎は小柄を投げつけ…。これは歌舞伎ではよくある場面。
時様の立役、美しくかっこいい。
「当世流」と違って「世界花」では足利に対する新田の恨みが根源にあり、八郎実は新田義久と細川政元の対立が、独特の親密感を醸し出す夫婦役の2人によって繰り広げられるのがミーハー的には見どころの1つ。
「序幕(春)」
ここは何と言っても碁盤乗りでしょう。どなたが入っているのか、馬の技術が素晴らしい。「当世流」の時に書いたが、かつて笑也さんが後ろ脚を担当していたとか。馬の役者さんの名前も筋書きに載せてほしいと思うけれど、逆に載らないのがいいのかしら。
團蔵さんの横山大膳がこの人ならではのうまさだった。團蔵さんもここだけの出番か。
菊之助さんの小栗判官は美しく凛々しく、かっこいい。まさに水もしたたる、という感じだ。荒馬を乗りこなす姿も落ち着いて素敵だ。
右近クンの照手姫は愛らしく、いかにもお姫様だ。ルフィと同じ役者とは思えない。兼ねる役者として、また清元の太夫として、多才な右近クンのこれから秀調さんの女方(局常陸)は久しぶりに見た。姫を思う実直さが出ていた。
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50頃だったか、一度幕がしまると席を立つ人が多々みられ、係の人が止めていた。確かにちょっと紛らわしいかも。花道に浪布が敷かれ、先ほど碁盤乗りをした小栗判官がその荒馬に乗って現れ海の中に入っていく見せ方が歌舞伎らしくて面白い。

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2018年1月16日 (火)

浅草歌舞伎第一部

112日 浅草歌舞伎第一部(浅草公会堂)
1年ぶりの浅草かしら。正月の賑いも落ち着いたのか、11時前の浅草は朝の静かな空気がまだ漂っていた。それでもやっぱり浅草に来るとウキウキする。
「お年玉ご挨拶」
去年と同じ松也さん(振り返ったら3年連続で松也さんに当たっていた)。第二部も去年と同じ巳之助クン。嬉しくないわけじゃないけど、他の人のも聞きたかった。と言ってスケジュールが出てからのリピートは無理なのよ。ま、さすが松也さん、慣れた口調で客席を和ませた。
一通りの口上を述べるとマイクを取り出し、「おはようございます」とやったから客席は笑い。このやり方は松也さんだけでなく、去年の巳之助クンもそうだったから定番かも。それはともかく、松也さん、初めのうちちょっと声がガラガラしていて、喉を痛めているのかしらと心配になった。だんだんきれいな声に戻っていったから大丈夫かな。
浅草は今年で4年目、昨年は人数が少なめだったが、今年は初演の時の出演者も戻ってきたので華やかにお送りする。浅草では大役を初めて頂く。その中での初日は緊張する。その緊張を力に換えるのはお客様。拍手が力になる。まだまだ若い出演者―私も若いんです、と自負しています―、広いお心で、カッコよく決まった時は拍手、屋号をいただくとテンションが上がる。
この後ご覧いただく吉野山じゃない―吉野山は去年やった、ごっちゃになっちゃう―、ことしは鳥居前。出るのは播磨屋、大和や、萬屋。屋号がわからなかったら「むにゃむにゃやっ」と「屋」だけ強調してくれればいい。タイミングがわからなければプロの大向こうがかけた時に「音羽屋っ」とか「屋っ」とかければいい。
物語の説明の時間がなくなった。「鳥居前」は忠信が静を助けにくる話。狐六方が見どころ。「御浜御殿」は綱豊と助右衛門の探り合いが見どころ。わからない人はプログラムを買って。ストーリーはほぼオチまで出ているし、出演者がアイドルみたいに写真を撮ってある。
居住まいを直し、口上口調で「隅から隅までずい~と」と言ったところで「音羽屋っ」の掛け声。客席が笑う。すると松也さん、「今のです」で再び客席笑い。「請い願いあげ奉りまする」で終わり。
浅草歌舞伎って、毎年拍手や掛け声を奨励するけど、拍手は当然としても(そういえば、亀治郎さんたちがやっていた時は拍手の練習があったっけ)掛け声はどうなんだろう。ヘタに素人や女性が掛けたら芝居がこわれちゃうんじゃないかしら。役者さんがあまり掛け声かけてと言わないほうがいいような気がする。それとも浅草歌舞伎は別なのかな。

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2018年1月13日 (土)

初春大歌舞伎夜の部

18日 初春大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
2018年の歌舞伎初めは夜の部から。
「角力場」
久しぶりだったせいか、角力小屋の混雑ぶりが格別な感じがした。見物客が入った後、木戸番も与五郎も押し出されるようでなかなか中に入れない。そんなところが、濡髪対放駒の人気、話題性を強調していた。聞こえてくる行司の声が本物みたいでうまい。
愛之助さんの与五郎と放駒2役は、これまでの印象とは違った。まず与五郎だが、今までで一番つっころばし感が薄かった。というより、つっころばしではあるが、なよなよしていないと言ったほうがいいだろうか。なよなよしていれば、それなりに面白いし笑いも大きくなるが、吾妻(七之助)はこんななよなよ男に惚れたのか、というちょっと解せないところが今まではあった。今回の愛之助さんの与五郎ならわかる気がする。もっとも遊女というのはなよなよさんが好きなのかも。与五郎のぼんぼんぶりもそんなにバカっぽくはなく、濡髪大好きさからくる自然な感じを受けた。
もう1役の放駒、素人青二才的な元気さはあまり感じられず、濡髪と対等に渡り合える落ち着きがあるように見えた。通しで見ると、悪い仲間と通じて姉を困らせる不良であるし、濡髪との対比という意味ではやんちゃなほうがいいのかもしれないが、この放駒も悪くはないと思った。最後に、力の差が明らかになるのだし。
芝翫さんの濡髪は存在感が大きくて、この世代でこの役をできるのは芝翫さんを措いていないのではないか。体も大きいから(小屋から出てくる時の貫録というか威容というか)、関取感がより一層強かった。こうしてみると、芝翫さんも貴重な存在だなあと思う。
「口上」
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人がずら~っと並んでいる壮観‼
まず、藤十郎さんが一通りの挨拶の後、例のごとく懐紙を出して読み上げた。以下、ざっと。聞き違いがあったらごめんなさい。
魁春:先代白鸚さんには初舞台以来お世話になった。新白鸚さんともたびたびご一緒している。
歌六:前回の三代襲名と同時に自分も歌六を襲名した。あれから37年経つ。
扇雀:新白鸚さんは私たち後輩に丁寧に教えてくれる優しい兄さん(この前見たキンスマ獅童さんの復活でも、権太を丁寧に優しく教えている幸四郎さんの姿が見られた)。長男が新幸四郎さんと同じ誕生日で他人ではない感じ。今日がその誕生日である。新染五郎さんは会うたび男っぷりが上がっている。
愛之助:新白鸚さんには小学生の時より可愛がってもらっている。新幸四郎さんとは同世代で、話せること話せないこと、色々あり。

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2017年12月29日 (金)

歌舞伎納め:十二月歌舞伎座第三部

1226日 十二月大歌舞伎千穐楽第三部(歌舞伎座)
やっと第三部を見ることができました。今年の歌舞伎納めです。感想、年内に間に合ったぁ。
「瞼の母」
2011
年巡業、13年明治座と、獅童さんで2度見ている(いずれもおはまは秀太郎さん)。初見こそ、有名な話の割によく知らないで見たが、今はもう話の内容はよくわかっている。それでもこういう芝居を見ると昂揚する。
玉三郎さんのおはまは、気持ちが非常にわかりやすかった。明治座では母親の気持ちを考えながら見た、と自分の感想に書いてあったが(すっかり忘れていた)、今回はおはまの気持ちが表情に如実に表れるため、気がついたら、私の心は完全におはまの心の中に入っていき、反発するという選択もあるのにそうはしなくて、同化していた。訪ねてきた男が忠太郎であることはすぐにわかったに違いないし、使用人に忠太郎の後を追わせるのも自分で探しに行くのも、お登世(梅枝:見知らぬ男を見て、もしやにいさん?と勘づくあたりが自然だし、素直に育っている感じが窺えた)の説得はすでに胸のどこかにあったことを表に出させるきっかけに過ぎなかったのではないか、と思えた。
中車さんは任侠のきっぱりした部分、孤独、母親恋しさ、母親と同年代の女性へのやさしさの表現がとてもうまく、どれもびんびん伝わってきたし、泣かされたものの、おはまとの再会で私のほうがおはま側に立ってしまったのが我ながらなんとも複雑な気分だ。忠太郎の必死に訴える言葉の一つ一つは、中車さんの実体験と重なるものでもあり、切々と胸を打ち、それに応えないおはまがもどかしいのではあるが、おはまの心がわかるだけにおはまの方に涙してしまった。自分を探しに来たおはまに顔を見せればいいのにとつい思ってしまった一方で、会おうとしない忠太郎の心もわかるような気がした(「嫌だ、いやだ~」「上と下の瞼を~」のセリフが、ね)。金五郎(権十郎)を斬る直前に親も子もないことを確認するところでは胸が詰まった。

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