歌舞伎ミーハー観劇記

2018年7月31日 (火)

七月大歌舞伎夜の部:「源氏物語」

729日 七月大歌舞伎夜の部千穐楽(歌舞伎座)

昼の部で空席なしのわりには三階ロビーに混雑感がないと書いたが、この日はさすがに賑いが感じられた。昼の部もだったが、一幕見が立見までぎっしり。見た後にこれなら幕見でリピートしてもよかったかなと思ったけれど、とても入れなかっただろう。もっとも夜の部は千穐楽しか取っていなかったからリピートしようもないが
「源氏物語」
源氏というとある時期までは憧れの貴公子、ある時期からは女性の敵(?)的な存在で、源氏を非難する論調が出た時には流されやすい私は憧れであっただけに源氏を許せない思いももった。とくに紫の上ファンであったから、紫の上を裏切ることばかりしている源氏が、ね。男は船、女は港みたいな感じでね。
今回の「源氏物語」は海老蔵さんの源氏観を舞台にしたもののようで、源氏の孤独感に焦点が当てられていた。そういう意味では受け入れることができたし、なによりオペラが効果的で心を揺さぶられた。「十二夜」でもチェンバロが違和感なく歌舞伎音楽に溶け込んでいたが(「十二夜」、もう一度見たい‼)、オペラがこんなに歌舞伎と合うとは、ちょっとびっくりだった。
発端は紫式部。花道スッポンから机に向かう紫式部が上がってきて、源氏誕生からの話を語る。後姿しか見えないが、萬次郎さんのはっきりした声がちょっと悲しげに響くのは、生まれた時からの孤独な運命を伝えているからか。紫式部は引っこむと、アンソニー・ロス・コスタンツォさんが登場する。歌の終わりごろ、舞台中央に源氏が現れ、「母を知らない、母が恋しい」と呟く。源氏とアンソニーさんが向き合い、幕が下りる。再び式部が出てきて、朝廷内の争いを語る。

源氏の心の闇を歌う美しいカウンターテナーに引き込まれる。闇というと、凡人は低音を想像するが、高音がこれほどまでに源氏の苦悩、闇を表現するとは思わなかった。もちろんアンソニーさんの歌唱力によるところも大きいだろうが。また、光の精霊・ザッカリー・ワイルダーさんも素晴らしかった。源氏が須磨へ下る前と帰京した時の光と闇のデュエットは非常に聞きごたえがあった。
この場面もだが、六条御息所の場面がよかった。雀右衛門さんの御息所に、生霊と怨霊を能のシテ方で。こういう場面は歌舞伎で生々しくやるのもいいが、能仕立にしたことで王朝時代の空気と深みが強く感じられた。ただ逆に、雀右衛門さんの存在感がやや薄いような気がした。それでも能はほとんど見たことがないし、見れば寝てしまうのだが、見入った。

海老蔵さんがまさに光源氏、美しい。美しいだけでなく、苦悩、孤独に苛まれる源氏の心の弱さのようなものが感じられた。色々なことを乗り越え、父の愛に気づき、自分もまた父として子を守る決意をする源氏。実生活に重なる部分もこちらが勝手に受け取るせいか、時々うるうるしてしまった。貴公子を演じるととかくふわふわするセリフも今回はほどよかったのではないかと思う。源氏の身勝手な部分を美しく解釈した点は否めないが、海老蔵さんならではの源氏だった。
龍王のくだりは無理矢理入れ込んだ感があるが、エンタテインメントとしては大盛り上がりで、楽しめた。

続きを読む "七月大歌舞伎夜の部:「源氏物語」"

| | コメント (2)
|

2018年7月26日 (木)

七月歌舞伎座昼の部:「三國無雙瓢箪久」

721日 七月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
空席なしの割には3階は混雑感がなかった。しかも私の前2列ははじめほぼ空席で、だんだん埋まってきたが、それでも私の真ん前2列各1席は人がおらず、おかげでとても見やすかった。そのせいかどうか、昼の部なのにほとんど寝なかった。
「三國無雙瓢箪久(出世太閤記)」
幕があくと、正面に京都を中心とした日本地図が描かれ、当時の時代背景として中国攻め、四国攻め、関東攻めと、もう一カ所どこだっけ(上杉攻め?)その大将が示されている。スッポンから海老蔵さんが登場し、本能寺の変→中国大返し→大徳寺評定に至る50日間の芝居ですと説明する。昭和28年上演とき秀吉を演じた十一代團十郎の孫である海老蔵が今回秀吉を、三法師を演じた十二代の孫である勸玄が三法師を演じるとのことで、歌舞伎の継承ということをあらためて思った。
すぐに秀吉ということではなく孫悟空の役で出るため、隈を取って、鬘をつけて云々、一生懸命支度をしてきます、と言って笑いと拍手を受けた海老蔵さんのスッポンはおりる。この後も、場が変わる時に海老蔵さんの説明のアナウンスが入った。

一度しまった定式幕が再びあくと、そこには三蔵法師(齊入)、猪八戒、沙悟浄が立っている。猪八戒も沙悟浄も誰だかぜ~んぜんわからなかった。九團次さんと亀鶴さんだったのかぁ。
楼閣(?)上の紅少娥(萬次郎)の顔が見えない。3階席の宿命ではあるが、高い楼閣などに立っている役者さんは顔が見えないのだ。見たい‼ 萬次郎さんが舞台に降りてきて見えたと思ったら、九尾の狐になっていた。凄みあるぅ。
孫悟空(海老蔵)と女剣士たち(あれ、女性だったのか…)との立ち回りは「ヤマトタケル」を思わせる迫力で、素晴らしかった。4人のバク転がしなやかでとてもきれい、見とれた(筋書きに写真ほしかった)。そして海老蔵さんの宙乗り。開幕から20分ちょっとで宙乗り終わりか…。もう1回、どこかで宙乗りする? いや、この後秀吉の宙乗りなんてありえないし…。
などと思っているうちに、一転、舞台は本能寺、森蘭丸(廣松)が立っていた。なんと、孫悟空は蘭丸の夢だったのですと!! う~む、ちょっと唐突感ありだな。それに、なんとなくまとまりのつかない場のような気がした。廣松さんは女方が多かったが、こういう役もうまくなった。
序幕第三場は備中高松の秀吉陣内。世話獅童(猿回し、実は明智左馬之助)と海老蔵さんの楽屋落ち的な笑いを取る遣り取りは、当たり前になってきたのかな。はじめのうちはそれも面白かったけれど、だんだん飽きてきた。今回はこれがあったせいか、場がダレて(というか、私の方がダレて)、眠くなってしまった。この日、眠くなったのはこの場だけ。

続きを読む "七月歌舞伎座昼の部:「三國無雙瓢箪久」"

| | コメント (5)
|

2018年7月19日 (木)

歌舞伎鑑賞教室:「日本振袖始」

712日 歌舞伎鑑賞教室(国立劇場大劇場)
180719orochi 出るのが遅れてしまい、半蔵門から急ぎ足で劇場に向かう道、歩いている人がいない。開演が近いからだろうと思いつつも時間を間違えたかしら、とちょっと不安。劇場前には「満員御礼」の看板が出ていたからよけい不安になったが、まだ開演約10分前だった。でもロビーもすいていたおかげで、たった10分の間に1階の大蛇も2階の撮影コーナーも楽々。
「歌舞伎のみかた」
場内真っ暗になると、大騒ぎ。満員だけあって、騒ぎの大きさもいつも以上で、ただ暗くなるだけでこんなに盛り上がるのかと少し驚く。そしてスッポンから新悟さんが出てくると、アイドルでも登場したかのような騒ぎだ。新悟さんが「今、出てきたところはスッポンと言います」と言うと、笑いでざわざわ。新悟さん、「変な名前ですよね」って。揚幕のチャリン、定式幕を開けるのでもいちいち見事な反応で、今日の学生さんたちはノリがいいというか。
大太鼓と小鼓がでてきて、小鼓は交互に叩くことで山の中のコダマを表す、大太鼓は風や水の流れなど自然現象を表現する、は毎度おなじみの解説。大太鼓と笛で場内を暗くして、黒衣さんが人魂をゆらゆらさせるとウケるのは当然だろう。
ツケに合わせて賊と新悟さんが軽く立ち回りを見せる。
女方の作り方伝授。なで肩をつくり…ざわざわとみんな素直にやっている。下半身は座っているから真似できないよね。客席騒ぎすぎて新悟さんの声が聞こえなくなるほど。
義太夫節が最初の部分を実演する。「万古目前の境界、懸河びょうびょうとして、巌峨峨たり」。竹本に慣れるためということで、この一節を現代語で語る。「はるかな景色がひろがり、川が流れ、岩が切り立っている」というような訳だった。それでは足らず、今度はミッキーマウス・マーチにのせて歌詞ももうちょっとくだけさせてポップに、ってそりゃあ、客席は大ウケだわ。樹太夫さん、まさかこんなことやらされるとは、だったろうが、義太夫はなかなか渋い声で若手としてはかなりうまいのではないかと思った。

続きを読む "歌舞伎鑑賞教室:「日本振袖始」"

| | コメント (0)
|

2018年7月10日 (火)

巡業東コース:「近江のお兼」「御所五郎蔵」「高坏」

72日 松竹大歌舞伎東コース昼の部(サンシティ越谷市民ホール)
2
日連続で巡業観劇。越谷は駅からホールまで徒歩5分もない程度だと思うのだけれど、毎年毎年暑くて、このわずかな距離にくじける。越谷という地域の暑さに加えて自分自身の加齢に伴う体力・気力減が激しい。そんなわけで、去年から夏の歌舞伎は歌舞伎座だけに限定してしまった(半蔵門から国立までの夏の道のりも、私には相当つらい)。
「近江のお兼」
何回か見たことある。福助さんのが一番印象に残っている。確か馬が出てきてなかったっけと記憶を辿ったけれど、巡業では馬は無理よね~。
私、早くも暑さ負けでダウンしがちではあったけれど、梅枝さんは明るくさわやかで、力持ちというだけでない強さのようなものとお年頃のしっとりした愛らしさも感じられて適役だと思った。見せ場のひとつ、布晒も楽しかった。漁師のやゑ亮さんと音蔵さんの活躍にも拍手。全体に涼やかな感じで、夏に見るにはいい演目かもしれない。次は馬バージョンで見たい。できたら「心猿」から。
「御所五郎蔵」
巡業で、菊之助さん、彦三郎さん、萬屋兄弟、米吉さん、橘太郎さん、團蔵さんを一つの演目で見られるなんて、贅沢気分。
これまで見た五郎蔵とはちょっと違う印象を受けた。芸を継承しようとしている菊之助さんの五郎蔵には、菊五郎さんのような様式や江戸の粋というよりは、リアルさを感じた。もちろん、決まるところでは様式もきちんと押さえているが、心情表現がリアルに感じられたのだ。そのせいか、いつもは短慮に見える五郎蔵の言動が、この人の真面目さゆえの苦悩のあらわれなんじゃないかと思えてきた。それだけに、爽やかで自信たっぷり(皐月の愛に関する自信ね)でカッコよかった五郎蔵の絶望の深さがつらい。

続きを読む "巡業東コース:「近江のお兼」「御所五郎蔵」「高坏」"

| | コメント (0)
|

2018年7月 8日 (日)

巡業中央コース:「文七元結」「口上」「棒しばり」

71日 松竹大歌舞伎中央コース昼の部(北とぴあ さくらホール)
王子は近くて気楽。王子まで歌舞伎が来てくれるなんて、本当にありがたい。そしてさくらホールは3階の一番後ろでもセリフがこもることなくはっきり聞こえるから好き。
今年の中央コースは成駒屋4人の襲名披露公演である。ただ、歌之助さんは後に口上でも触れられるが、高校生のためこの巡業には参加していない。
演目は「文七元結」、口上、「棒しばり」だから、わかりやすくて面白くてウケないわけがない。
「人情噺文七元結」
全体にリアルな印象を受けたが、客席は笑いで大いに盛り上がっていた。
芝翫さん(長兵衛)の言葉―とくに怒った時―が少し乱暴に聞こえた。江戸前のべらんめえなんだから実際そうなんだろうけれど、これはちょっとリアルすぎるんじゃないかと思った。角海老で座を立つ時の足のしびれ、無理矢理立とうとする姿が勘三郎さんそっくりで、顔まで似て見えた。二幕目第二場で、和泉屋清兵衛(梅玉)が文七を伴って訪ねてくる場面、長兵衛がうちわで埃をはたくが埃が一番たまっていそうなところに清兵衛が座ったので、どうせリアルならその辺考えたほうがいいんじゃないの、と思った。
梅花さん(お兼)がほどよい江戸の長屋のおかみさんらしさを醸し出していて、うまい。
秀太郎さん(角海老お駒)は吉原で商売をしてきた女将の筋の通った強さと温かみが感じられた。でも、秀太郎さんはもう空気が上方なんだなあ。
梅玉さんは小間物屋を営む柔らかさと芯、芝居もその場も締める大きさがあったけど、ちょっとあっさり気味だったかな。
吉太朗さんのお久は可憐。やや幼さがあるようだったが、お久の実年齢的には合っているのかもしれない。セリフがうまい。角海老で父親を諌める場面はいつもはくどいほど長く感じられるのに、今回はそうでもなかった。
福之助さんの文七は現代的に見えた。世話物のほうが若手にはむずかしいのかもしれないなと思った。年季を積めば、歌舞伎らしさが出てくるだろう。
橋之助さん(鳶頭)はどんどんうまくなっていく。

続きを読む "巡業中央コース:「文七元結」「口上」「棒しばり」"

| | コメント (4)
|

2018年6月29日 (金)

六月歌舞伎座夜の部:「夏祭浪花鑑」「巷談宵宮雨」

624日 六月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
昼の部同様、な~んとなく空間に余裕があります、といった3階席。
「夏祭浪花鑑」
ミーハー的には吉右衛門さんと和史クンの初共演が目玉。吉右衛門さん、どんなにか嬉しいだろうなあと思っただけで胸が熱くなる。久しぶりに会った市松に大きくなったなあと顔がほころび、おんぶして花道を引っこむ。父親としての感慨にじ~んときた。まあね、正直言うと(て、この言葉あまり使いたくないんだけど)身体的にはこの団七には「ん?」と思わないこともない。でも、いいのだ、そんなことは。渾身の芸全体で団七の喜び、苦悩、怒り、自分の人生終わったという覚悟が見えたのだから。それに徳兵衛との争い、義平次殺しは様式美の中に迫力があったし。
先に長町裏について言うと、ここは橘三郎さんの義平次のよさもあって圧巻の展開であった。橘三郎さんは汚すぎず(あまりバッチいのはちょっと…)、いやしい根性のリアルさと歌舞伎らしさとがほどよい混じり具合だった。義平次がいいので、この場が盛り上がった。話はわかっていても、次から次へとはらはらし、緊張感が押し寄せてくる。
何とか義平次をなだめようとする団七、ついには偽りの三十両を見せるものの、当然それはすぐに嘘だとわかる。窮余の策でともかくも琴浦を無事に戻させることができた団七が義平次の催促よりも琴浦の駕籠の方が心配で気もそぞろなのが、今後の展開を考えて胸が痛くなる。とどめを刺す団七の気持ちを思ってみた。何をされても辛抱に辛抱を重ね、はずみで傷をつけてしまった義平次に「親殺し」「人殺し」と叫ばれて、もうこれまでとの覚悟だったのだろうか。どこかにこの親さえいなければ、という気持ちはなかったのだろうか。釈放された背中に倅をおぶってあんなに幸せな一家だったのに、今度こそ自分は死罪になるのだ、と気持ちはどん底に落ちただろうか。我に返っての「悪い人でも親は親」のセリフが、様式美に酔っていた観客の心にも、やってしまったことの重大さと悔いをぶつけるようであった。

続きを読む "六月歌舞伎座夜の部:「夏祭浪花鑑」「巷談宵宮雨」"

| | コメント (7)
|

2018年6月20日 (水)

六月歌舞伎座昼の部:「三笠山御殿」「文屋」「野晒悟助」

616日 六月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
3
階はなんとなく、少し空間があります、といった感じ。空席はほとんど気にならなかったのだが、どことなく空気がゆったりしていた。
「妹背山婦女庭訓」
幕が開くと荒巻弥藤次の坂東亀蔵さんと宮越玄蕃の彦三郎さんが登場。最初、彦三郎さんはわからなかった。声を聞いて、あら兄弟で‼ と思っていたら、二重のすだれが上がり、入鹿の楽善さんが姿を現した。おお、父子3人勢揃い。
楽善さんは古怪で入鹿の権勢を思わせた。
鱶七が登場する。松緑さんは入鹿の権勢にも負けぬ大きさを見せていたと思う。お三輪に対する優しさ(命を奪いはしたがお三輪を哀れに思う心)も見えた。顔の小ささが文楽人形を思わせる(前にもそんなことを書いていた)。セリフの語尾は気になることは気になるのだが、松緑節とでも思えばいいか…う~む、といったところだ。
「三笠山御殿」はけっこう何度も見ていて、ゆったりした流れのような印象をもっていたが、案外次々に展開していた(これまで何見てきたんだ、って感じ。

王朝ものはゆったりという自分の中の固定観念かも)。鱶七の場面はとくに、酒の毒見のつもりが飲み干してしまう→入鹿が書状の中身に怒る→入鹿立ち去る→鱶七酔って横になろうとする→床下から槍が襲う→その2本の槍を交差させて縛り枕がわりに寝る(この辺の大らかさもいい)→官女たちが酒を運んでくる→官女を追い払う→その酒を庭の花にかけると花がしおれ毒酒とわかる→弥藤次と玄蕃が鱶七を奥へ引き立てる。とテンポよく進むのが意外だった。
鱶七が去ると、橘姫と追ってきた求女の場面。せっかくご贔屓新悟さんの登場なのに、途中から寝落ちしてしまった。
そしていよいよお三輪登場。時蔵さんのお三輪は初めて見る。芸風からして合わないんじゃないかという先入観をもっていたが、衣裳もよく似合い、なにより初々しい。確かにあっさりではあったものの、そのあっさりがこれまでは好きなのに嫌、いや好きだからこそ物足りなく感じることもあったのが、今回は満足。おむら(芝翫さん。姿は悪くないのに声がね~…)に祝言のことを聞かされてどうしようとおろおろしたり、突然奥から聞こえた太鼓に飛び上がらんばかりに驚いたり、勝手のわからぬ館をうろうろしたり、すべてが愛らしい。
官女たちのいじめによる哀れさはあまりなかった。最初に見たのが福助さんのお三輪で、その時は官女のいじめが執拗でいや~な気分になったが、その分お三輪の哀れさが浮き彫りになったのだと思う。その後は免疫がついたのか、官女の方向が変わったのか、今回もいじめより滑稽味が強調されているような気がした。笑うところじゃないはずなのに、野太い声で脅したりするから客席はつい笑ってしまう。いじめを見るのはイヤだから、滑稽なのも悪くはないんだけど、立役がやるとはいえ、官女は女性だしちょっと乱暴すぎるなあと思わないこともない。
鱶七にいきなり刺され、求女のためだと聞かされ喜んで死んでいくお三輪は本当にかわいそう。「この世の縁はうすくとも未来で添うてくださいませ」(涙)。
で終わりと思っていたら、この後鱶七の立ち回りがあった。忘れていた。

続きを読む "六月歌舞伎座昼の部:「三笠山御殿」「文屋」「野晒悟助」"

| | コメント (1)
|

2018年6月13日 (水)

歌舞伎鑑賞教室:「連獅子」

613日 歌舞伎鑑賞教室「連獅子」(国立劇場大劇場)
今月の初歌舞伎。
ちょうど学生の団体と入館が一緒になり、これだけの人数、あと15分ほどで開演なのに大丈夫か?と心配したら、みんなちゃんと余裕で着席していた。学生は大勢いたが、3階席はがらがら。とくに私のいる最後列は、私が上手側そして下手側に1人いるだけ。前の列もほとんど人がいなくて寂しいような気楽なような。
「歌舞伎のみかた」
いつも通り開幕前は賑やか。そして真っ暗くなると大騒ぎして拍手まで(まだ真っ暗)。ぱっと舞台中央が明るくなり、そこには巳之助さんが「イエ~イ」と手を挙げて立っていた。学生たちは大盛り上がりだ。
巳之助さんはマシンガントークで次から次と淀みなく説明していく。あれだけの量のセリフ(解説もセリフとして)をまったくつっかえることなく、滑舌よく、しかもちゃんと学生の関心を引きそうな表現を取り入れ、考える間もちょっと与え、ウケもよく、わかりやすく喋るその技量は、大したものだと思った。
花道の説明の後(巳之助さんが花道に立つと学生大騒ぎ)、松羽目の舞台が作られた。正面の松、左右の袖などが手際よく並べられる。初めて歌舞伎を見る人にとってはなかなか珍しい光景だっただろう。松羽目物の解説をしていると、黒御簾から太鼓の音が聞こえてきた。この音が風を表していると巳之助さんが言うと、学生たちは「え~~っ」。今回は「連獅子」関連の解説に絞っているので、雨の音とか水の音はやらなかったが、深山幽谷を表す太鼓の音は演奏された。また、歌舞伎と言うと、「いよ~っ」というと思っている人もいるだろうが、「いよ~っ」は役者ではなく鼓や太鼓の演奏者が発すると説明する。
ここで2名の女子学生を舞台に上げる。舞台床の感想は2人とも「すべすべしている」。すべすべは、すり足をしやすいように、そして足踏みや跳躍でいい音が出る効果があるとの説明後、2人はすり足の実習。巳之助さんの後について、舞台中央で一周回ると客席は大ウケだった。すり足の最後には足とトンと踏む。この一周が「連獅子」の間狂言で行われていたのを学生たちは気がついただろうか。

続きを読む "歌舞伎鑑賞教室:「連獅子」"

| | コメント (18)
|

2018年5月27日 (日)

五月歌舞伎座夜の部:「弁天娘女男白浪」「菊畑」「喜撰」

526日 五月大歌舞伎千穐楽夜の部(歌舞伎座)
この前の「梅沢富美男のズバッと聞きます」で、初日と千穐楽は見るものじゃないと梅沢富美男が言っていたけど、私はやっぱり千穐楽を取ってしまう。
「弁天娘女男白浪」
菊五郎さんの弁天と海老蔵さんの駄右衛門。浜松屋で弁天と南郷をやり込める風格、弁天の自害を知って「あたら若い命を」と悲しみ惜しむ年長者の思い、年齢は逆なのに海老蔵さんには手下をまとめる大きさがあり、菊五郎さんにはその下で青春を謳歌する不良の若々しさと悲しみのようなものが生き生きと息吹いているのが感じられた。
菊五郎さんは前回(だったかな)、娘姿がちょっと苦しいかなという体形だったが、今回はかなり絞ったようで、愛らしく見えた。大屋根での立ち回りもそりゃあ若い役者並みというわけにはいかないけれど、これだけの動きを千穐楽まで続けるなんてすばらしいと大きな拍手を送った。
脇は、左團次さんの南郷、橘太郎さんの番頭とくれば鉄板、安心して見ていられる。花道での弁天と南郷のやりとりは見えなかったが、脳内再生しつつ声を聞いていたら、少しzzz…。弁天と南郷のどこかのんびりとした兄弟のような息の合い方から、南郷の出自をついつい忘れてしまうが、左團次さんがすごんだら元漁師の荒くれ者にぴったりだなあと思った。松緑さんの忠信利平はセリフのクセが気にならなかった。あのようなつらねではクセも出ないか。菊之助三の赤星十三郎は、これまでの女方の赤星とは少し印象が違い、前髪立ちのやさしさのなかにきりっとしたところがあってかっこよかった。
2
組の弁天・南郷(花形の菊之助×松緑)が勢揃い、なかなか新鮮な配役だった。
太郎さんは本当にああいう番頭さんがいそうで、うまい。松也さんの鳶頭も身体が大きくきりっとして案外悪くなかった。團蔵さんの浜松屋主人、種之助クンの宗之助、ともにらしくてよかった。團蔵さんは以前はやや線が細いように思っていたのだが、いつの頃からか、ぐっと大きさ、線の太さを感じるようになってきた。眞秀クンの丁稚は、弁天と南郷にお茶を出すとき、お盆からおろした茶碗がなかなか弁天の前まで届かずちょっと危なかったのが可愛かった。悪次郎(菊十郎さんの持ち役だった)の市蔵さん、いかにも人相が悪い(うまい)。裏切るのもむべなるかな。そしてもう1組の裏切り者(青砥のスパイだった)九團次さんと廣松クンは梅沢富美男の番組で笑わせてくれたが、観劇中は真剣勝負だから忘れていた。
ラスト、梅玉さんの青砥左衛門の品位・大きさ(海老蔵さんもヒケをとらないのは立派)は芝居の締めにさすがの存在だった。従える家来が秀調さんと権十郎さんとは豪華。

続きを読む "五月歌舞伎座夜の部:「弁天娘女男白浪」「菊畑」「喜撰」"

| | コメント (16)
|

2018年5月13日 (日)

五月歌舞伎座昼の部:「雷神不動北山櫻」

512日 團菊祭五月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
5月に入ってから体調があまりよくなく、ほぼ家に閉じこもりっきりで、電車に乗ったのは15日ぶり。ただでさえ眠い昼の部がよけい眠かった(家でも眠ってばかり)。そういう中での感想ということで…。
「雷神不動北山櫻」
多分3度目。それなのに発端と序幕はほとんど覚えていなかった。前回(201412月)は口上が人形によるものだったことも忘れていた。幕開けの口上で海老蔵さんが、今年は成田山開山1080年であること、十二代目團十郎五年祭であることを伝えていた。幕間、成田山の不動明王出開帳にはお詣りの列が絶えなかったが、私が見ていたわずかな時間に團十郎さんの祭壇の前で足を止める人はほとんどなく、寂しい気持がした。祭壇に手を合わせるとあらためて悲しみが押し寄せるとともに、生前意識しなかったのに私って相当團十郎さんが好きだったんだなと胸が熱く痛くなった。

海老蔵さんの五役では鳴神が一番よかった。海老蔵さん特有の、内にこもる暗さみたいなものが活きているし、雲の絶間姫の籠絡によって堕ちていく様もいいし(弾正のイタズラよりもうぶな鳴神のほうが好もしく見えた)、怒りもすごい。龍神を閉じ込めた是非はともかく、二度も騙された鳴神の悲しみのようなものも感じられ、同情を禁じ得なかった。菊之助さんも美しく(久しぶりに菊之助さんの正統派美女を見たような気がする)、知的で、任務を遂行するために鳴神を騙す中に心からのやさしさが感じられてとてもよかった。
粂寺弾正は、ユーモラスなところはいいのだが、セリフ(発声)がどうも好きになれない(なんか、あまりキレ者に感じられなくて)。團十郎さんに似ているようでいて、ちょっと違うんだなあ。弾正と鳴神についての感想は前回観劇時とほぼ同じだ。
安倍清行は100歳を超えても見た目超美青年(ありえねえ感がいい)。声がふわふわしてセクハラじいちゃんだったが、嫌いじゃない。
悪役の早雲王子は前半ちょっとの出番でどうということもなかった(安倍清行との早替りは見事だった)が、最後の立ち回りで四天とともに暴れ、存在感発揮。花道の大ハシゴは蘭平みたい。どなただかわからなかったが、六人?七人?返り越しもばっちり決まり、大拍手。
口上でも物語を簡単に説明していたが、発端・序幕があったことで、「毛抜」へのつながりがよくわかった。文屋家と小野家に対する悪事、鉄の簪が錦の前に亘る経緯、小原万兵衛の正体等、単独でも十分楽しめる「毛抜」をもっと楽しく見ることができた。

続きを読む "五月歌舞伎座昼の部:「雷神不動北山櫻」"

| | コメント (4)
|

より以前の記事一覧