歌舞伎ミーハー観劇記

2017年5月25日 (木)

明治座夜の部

521日 五月花形歌舞伎夜の部(明治座)
この日はちょっと色々あって疲れていて、パスも考えたほど。でも他の日程は無理だし、せっかく取ったコスパのいい席だし…。
170525hakkenden 「南総里見八犬伝」
八犬伝は浅草(20121月)、国立(20151月)、歌舞伎座(20157月)に次いで3度目だが、歌舞伎座は芳流閣~円塚山だけだったし(歌舞伎座だけ芳流閣が円塚山の先にきていた)、浅草も国立も富山山中が発端だった。今回は発端が富山山中より前の「安房国滝田城内曲輪の場」であり、里見家滅亡の背景がわかったという意味では面白かった。玉梓の千壽さん活躍だったしね。「富山山中」は前半の記憶がほとんどない。金碗大輔(松江)が鉄砲を撃ち誤って伏姫の命まで奪ったところは、子供の頃の大昔に読んだ少年少女向け本の挿絵を思い出した。「蟇六内」の場もところどころ記憶が抜けてしまった。
花形の中で鴈治郎さん、吉弥さん、橘三郎さんが舞台を締めた。里見義実の橘三郎さんは意外に(失礼)若々しく、美女・玉梓によろめくのに違和感はなかった。ではあるが、よろめくのも忠臣の忠告を聞きいれるのも簡単すぎるように思った。鴈治郎さんはさすがの貫録で、蟇六では鴈治郎さんらしいがちゃがちゃとせわしない言動で笑わせ、2役目の扇谷定正(大詰・相模国対牛楼)では小柄ながら憎らしい国崩しに余裕の大きさを漂わせていた。吉弥さんは化け猫役(ここでも発端の玉梓とつながる)で弾けていた。先月の意地悪ばあさんといい、今月の化け猫といい、品を失わない弾けぶりを楽しんだが、そろそろしっとり美しい吉弥さんを見たいものだ。
花形たち。新悟クン(浜路)は「蟇六内」「円塚山」合わせて、一途さも一途な故の強さも哀れさも、やっぱり新悟クンはいいなと思わせるものを見せていた。出番が短いのが残念。八犬士の中に入れてほしかったけど…。
隼人クンの左母二郎が意外とよかった。2役目の犬田小文吾より好き。顔が獅童さんに似ていておやっと思ったが、親戚だから似ていても不思議はないか(隼人クンのおじいさん・四代目時蔵が獅童さんのおとうさんと兄弟)。優男より骨太な役のほうがニンだと思う。

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2017年5月19日 (金)

五月歌舞伎座昼の部

514日 五月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
以前の私なら、何が何でも初日だったのに…。
3
階はサイトでは多分空席なしだったように思うけど、意外と混んでる感はなかった(実際、空席もいくつかあったし)。
「梶原平三誉石切
ああ楽善、彦三郎、亀蔵、親子3人の「石切梶原」を見ているんだ、となぜか開幕後数分経ってから、幸せな感慨を覚えた。口跡のよい3人、セリフが心地よく耳に入ってくる。
新・彦三郎さんはやや小粒(そりゃあ、吉右衛門、幸四郎という大物に比べたら当然仕方ないよね)、まだ硬い部分もあったが、丁寧に楷書で演じていて、何と言っても爽やかさが気持ち良い。若さと彦三郎さんの持ち味故だろう、策を凝らすという感じよりも、親子の力になりたいという真っ直ぐな気持ちを強く受けた。刀の鑑定をするために咥えた懐紙の厚さがかなりで大丈夫かと心配になったが、それが名刀であることに驚いて口を開いた途端懐紙が落ちたからほっとした。試し斬りをしようとする俣野五郎を自分に「失礼だ」と一喝する梶原。私もスカっとしたが、客席からも拍手が起こった。手水鉢は正面向きに切り、飛び越えると言うよりは2つに割れた中を悠々と(だったか、急いでだったか)歩いて出てきた。彦三郎さんの爽やかさを、今度は細川勝元で見てみたい気がした。
新・亀蔵さんはあまり悪役には見えなかったが、形がきれいで迫力があった。
楽善さんはやっぱり大きさが違うなと思った。そこが歌舞伎の面白いところで、彦三郎さんがやや小粒に見えたのには、楽善さんの大きさがあったのも一因かもしれない。大庭という人物は一応悪役側ではあるが、俣野と違ってそんなに悪い人ではないと、いつも思う。刀の目利きは梶原に一目置いていて鑑定を依頼するし、相手の言い値で買い取ろうとするし、六郎太夫が二つ胴に志願すると何を言っているんだと二つ胴をやめさせようとするし。とくに六郎太夫の申し出に対する反応はまともだろう。そういう大庭の面が楽善さんの大きさの中に見て取れた。
右近クンの梢は可憐だった。
團蔵さんの六郎太夫がよかった。弱々しく喋るセリフが効いて、二つ胴失敗の絶望→梶原の策に対する驚き→喜びの感情が伝わってくる。折紙を取りに帰る梢を見送る姿に、父親としての強い愛情・覚悟が見えて感動した。
呑助(松緑)のセリフは、酒尽くしではなくて十七世羽左衛門、七世梅幸の追善、楽善・彦三郎・亀蔵3人の襲名、眞秀の初お目見え、亀三郎の初舞台と、特別な團菊祭に絞ったものだった。松緑さんは真面目で、こういう飄々とした面白みはないかと思っていたが、そういう團菊祭に團蔵の兄と重ねられて(並べられて?)とおーんおーんと泣いているのが可笑しくもあり、気の毒でもあり、だった。

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2017年5月 9日 (火)

出ずっぱり愛之助さん大活躍:明治座昼の部

59日 五月花形歌舞伎昼の部(明治座)
連休明けの平日とはいえ、3階正面関にはけっこう空席が…。私は狙い通りの席を取ったつもりだったけど、目の前に金属パイプの手すりっていうのか何というのか、コの字型のパイプを縦置きにしたような、歌舞伎座では上演時間になると下に押し込んで邪魔にならないようにできるものが立っていて、視界を邪魔する(時々フレームの隙間から見ることになる)。これまでは気が付かなかったのか、気にしなかったのか…。明治座も可動式だといいのに。
170509tukigata 「月形半平太
月形半平太――知っているような、そうでないような――芝居を見て、知っていたのは名前だけだとわかった。「春雨じゃ、濡れて行こう」が月形のセリフだったか、とは「月さま、雨が」で気がつき、ほんと私って何にもわかっていないとガックリきた。さらには幕末の人だったのか(いつの人だと思っていたかという意識さえなかった)。一番驚いたのは、こんな壮絶なドラマがあったのか‼ ということ。この日は大向こうさんが来ていなかったようで、ここはほしいなというところも静かでちょっと寂しかった。

前半はどことなくやや面白みに欠ける部分があったが、すぐにどんどん面白くなって、けっこうのめり込んだ。
全体的な印象としては、歌舞伎でもあり新国劇でもあり時代劇でもある、ということ。長州藩の武士たちと月形が決裂し、月形が去った後月形を斬ろうといきり立つ武士たちを「どうせ見廻り組がやるから」と橘三郎さん(藤岡九十郎)が制止する場面では、京の闇の中を殺気を漲らせながらあるいは気配を消して蠢き、ヒタヒタと獲物に迫る殺し屋たちの姿が映像として脳裏に浮かび、ぞくっとした。

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2017年4月29日 (土)

「夢幻恋双紙」

425日 「夢幻恋双紙」千穐楽(赤坂ACTシアター)
170429akasaka 面白かった‼ セリフは現代語だし、長唄も入るがピアノが流れるし(これが効果的)、歌舞伎でなくて一般演劇としても成立しそうなのに歌舞伎としての違和感が全然ない。脚本(蓬莱竜太、演出も)がよくできているんだろう、変なひねりがなく、最初から素直に入っていけた。以下、思い出すままに。
切り絵風の家々がメルヘンのようでいて、本当にその世界へ連れて行ってくれるようで、独特のいい空気を静かに発していた。
時間が前触れも説明もなく飛躍するが、ちゃんと時が移ったことがわかる(勘九郎さんが舞台上で着替えるのが、唯一目で見てわかる時間の飛躍だった)。
剛太、末吉、静、そして「のびろう」とあだ名されている太郎――ドラえもんのいない「ドラえもん」の世界の子たち。剛太の猿弥さん、末吉のいてうさん、静の鶴松クン、太郎の勘九郎さん(太郎がおなかの当たりで歌に小さく手を振るバイバイがとても可愛い)、みんな子どもに見える。子供の世界をうまく表現している(中でも猿弥さんが秀逸)。マドンナである歌(七之助)だけが「ドラえもん」の登場人物ではなく、そして私には年齢不詳に見えた。みんなが子供でも1人おねえさんな感じ、そしてみんなが大人になっても歌だけはそのまま。
太郎は2回転生する。まずは転生前の太郎の時代。
歌の心の変化が哀れだった。不治の病の父親の看病に疲れ果て、父を殺そうとする。やつれ、荒みが全身にしみこんで、この時だけは老けて見えた。やさぐれ兄・源之助(亀鶴)にさえ「1人にしないで」と叫びすがる哀れさが胸に迫った。ところが、この「1人にしないで」にはもっと深い意味があったんだと、ずっとずっと後になって気づかされた(そこが蓬莱さんのうまいところなんだよなあ)。
太郎は
2回転生すると書いたが、本当は永遠に転生し続けるのかもしれない。永遠に続くメビウスの輪? 
最初の太郎(のびろう)はどうしようもない男だ。子供の頃はやさしいのびろうで済んでいたが、歌と夫婦になってからの生活力がない。自分の劣等性に甘えて負けて努力をしない。そこを源之助につけこまれる。歌を苦しめる。そういうダメダメな太郎の勘九郎さんがうまい。

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2017年4月27日 (木)

四月歌舞伎座昼の部

421日 四月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
体調が悪くて頭痛がひどく、かなりの時間目をつぶっていたし、そうなると眠くもなるし、ということで、まともな感想にならないから書くのやめようかとも思ったけれど、一応それも記録として書いておこう。いつもだと、そのまま頭痛が45日から1週間続くのだけど、今回はなぜかこの日だけの痛みだった。
この日はいつもの席が取れず(3Bは女子高生たちがいっぱいだった)、やむを得ず花道がほとんど見えない席になってしまった。なぜこの日にこだわったのか自分でもわからないけれど、思いがけない人に会えたから、この日を取ってよかった。
「醍醐の花見」
淀殿(壱太郎)と松の丸殿(笑也)の女の争いは面白いが、秀吉(鴈治郎)は秀次の亡霊が登場するまではなんとなく手持ち無沙汰な感じがした。鴈治郎・扇雀・笑也・門之助・右團次という昭和3438年生まれの中堅に45年生まれの笑三郎(笑也さんより11年も若いとは知らなかった、落ち着いてしっとり見えるから)、そして松也を筆頭とする若手の踊りをなんとなく楽しんだ。
「伊勢音頭恋寝刃」
いきなり「追駈け」から始まるのはともかく、舞台だけの追駈けかあ。こっちは3階だから客席に降りようが関係ないのだけれど、劇場全体の盛り上がりとしてはちょっと残念な気もする。橘三郎(大蔵)・橘太郎(丈四郎)の両橘は、橘三郎さんが持ち味とのギャップ、橘太郎さんは元々の持ち味が活きて面白かったが(女子高生に大ウケしていた)、私が見た中では松之助(大蔵)・當十郎(丈四郎)コンビが一番(平成237月松竹座)。隼人クンの林平はけっこう頑張っていたと思う(それにしても体がデカい。化粧のせいか、おとうさんによく似ていた)。
米吉クン(お岸)がきれいでかわいかった。秀太郎さん(今田万次郎)はお江戸の役者の中でさすがの上方色だし、じゃらじゃらしたつっころばしが本当にぴったり。ただ、米吉クンとのバランスはどうなんだろう。染五郎さんはビジュアル的には貢そのもので、「二見ヶ浦」ではカッコよかったのだが、「油屋」ではこの役を教わったという仁左様とはどこか違う。声のせいか、よりヒステリックなような気もした。でも凄惨な場面は、染五郎さんの清潔さによって美しく見えた。お鹿(萬次郎)との場面は私の中では意外に盛り上がらなかった。
肝心の万野(猿之助)の意地悪は最初の方だけで、途中から頭痛に耐え切れず寝た。万野が斬られるところはちゃんと見たけど、昼の部はこれが眼目だったのに、悔しい。喜助(松也)の刀のすり替え場面も見逃した。梅枝クンのお紺は染五郎さんとのバランスはいいが、まだ若いように思った。

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2017年4月19日 (水)

四月歌舞伎座夜の部

416日 四月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
歌舞伎はすご~く久しぶり(先月28日の俳優祭以来)。出かけるのが億劫になってきて生活不活発症候群になってるんじゃないかと心配だけど(そうは言いながら美術展に行くから大丈夫か)、やっぱり歌舞伎は見ると面白い。一番しっくりくる。とその都度しみじみ思う。
「傾城反魂香」
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月に浅草で見た若手のもよかったけれど、大人の芝居を見たという感じ。
全体として、土佐の苗字はそう簡単に名乗れるものではない、絵の実力がなければ与えられるものではないというコンセプトを、今回は強く感じた。
又平夫婦の思いつめた様子、弟弟子に先を越されたショックは察するに余りある。物見を命じられた又平が張り切って愚鈍なほど忠実に職務に従う姿に、又平の思いが込められている。それなのに追手の役目は修理之助が言いつかる。修理之助にしがみつく又平の思いに胸が痛くなる。その一方で、やっぱり絵で勝負しようよと突き放そうとする自分がいる。そしてそれは多分又平自身もわかっていて、ハンデを背負った苦しみゆえに、絵師として認められないのはハンデのせいだと思い込んでいる、いや思い込もうとしている。本当は思うような絵が描けないから死を覚悟したんじゃないかなんて…。こういう芝居は、3階ではなく表情がよくわかる席で見たほうがいいのかもしれないな。
吃音は当時は今より多かったのではないかと思うが、それでもカタワとみられる悲しさには切々としたものがある。又平夫婦がその宿命を呪ってはいても、土佐将監は決して又平をそういう目で見ていないのではないかと思った。身体的ハンディを甘やかすことなく、卑屈にならずに早く絵師としての腕を示せと内心叱咤激励していたのではないか。実際どうかわからないけれど、歌六さんの将監からはそんな印象を受けた。
絵が抜けたのを確認し、又平の力を認めた将監に又平に着せる正装をもってくるように言われた北の方(東蔵)が奥から「はい、はい」と返事をするその声が心から嬉しそうで、胸が熱くなった。
菊之助さんのおとくはいい女房だと思うし、まっすぐ丁寧に清らかに演じていて好感がもてたが、くどいくらいの細やかな愛情、心遣いはやっぱり雀右衛門さんだよなあ。芸風の違いと言えばそういうことかもしれないけど。
錦之助さん(修理之助)、又五郎さん(雅楽之助)がニンも合っていて、それぞれの役をきっちり摑んでいてよかった。
「桂川連理柵」
上演記録によれば私は見たことがないはずなのだが、なんとなく記憶があるような、ないような。多分、初めて見るんだろう。
吉弥さんの強欲でずるくて意地悪なおばばぶりが面白かった。歌舞伎としての品は崩さず、あれだけの根性の悪さを見せるなんて、吉弥さん、恐るべし。とは言え、長右衛門の女房役をやってもさぞよかったんじゃないかしらと、なんかもったいない気もした。染五郎さんはちょっとやり過ぎかと思うくらいコミカルに弾けていて、大いに笑わせてもらった。
コミカルと言えば、壱太郎クンの丁稚長吉がまた面白くて。前髪の色事を並べ立てた時は「うん、うん、確かにあれもこれもそうだ」と内心スカッと盛り上がったし、客席も湧いていた。壱クン三枚目としての素質もあるなあと考えたら、お父さんが鴈治郎さんだものね。ただ、お半のほうはいまひとつピンとこなかった。

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2017年4月 6日 (木)

3月分③:三月大歌舞伎夜の部

326日 三月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
28日の俳優祭はコーフンの冷めぬうちにアップしたし、3月分の積み残しは、これで全部。
またまた事情があって「引窓」はパス。ぎりぎり終わる頃歌舞伎座に入ったら、扉の外に音が聞こえるし、雰囲気が感じられて、やっぱり見たかったなあと残念に思った。
「けいせい浜真砂」
藤十郎さんが、そこにいるだけで存在感の大きさを示していた。ただ、声が小さくて、黒御簾さんも遠慮してずいぶん音を控えていたが、それでも聞き取りづらい部分がかなりあった(「絶景かな」とか「心地よい眺め」とかは聞こえた)。こっちの耳も老化しているからね~。というわけで、筋書き読むまでは話の内容がわからなかった。
仁左様登場。背が高く、すっきりとかっこいい。仁左様がセリあがったらその分山門も上がるから、3階最後列ではついに藤十郎さんのお顔が見えなくなった。この席はとても好きなのだけど、弁天小僧の大屋根なんかも、上の虹梁(?)の中に入ってしまうと全然見えなくなるのが難点。ま、しょうがないか。
鷹が運んできた手紙の縁が赤かったのや、藤十郎さんが投げたのが手裏剣ならぬ簪、というところで女五右衛門の雰囲気を盛り上げた。
「助六由縁江戸桜」
立見がたくさんいた。やっぱり「助六」は昂揚するよなぁ。
口上の右團次さんは古風かつ名跡な口跡でわかりやすかった。「河東節300年をお祝い申し上げます」と丁寧に言っていた。
並び傾城が若手勢揃いで目を楽しませてくれる。私としては新悟クンの声のきれいさに酔い(ほんと、新悟クンの声好き)、梅丸クンの愛らしさにたまらん…(ほんと、めちゃくちゃ可愛いんだから)。でも、右近クンの構えというのか肩や腕の上げ方・角度が一番かっこいいと思って見ていた。傾城の粋・意地みたいなものが感じられて(立役もやるからか)。
揚巻の雀右衛門さん、江戸随一の傾城であり江戸一のいい男の恋人であることの誇りに加え、情の細やかさがにじみ出ているのがこれまでの揚巻とはちょっと違うような気がした。また、意休への啖呵もきっぱりしていて、優しい雀右衛門さんの意外な一面を見た感じがした。とても好感のもてるいい揚巻だ。
歌女之丞さんが手紙を持ってきた時、前回公演時(20136月)の文使いは歌江さんだったんだよなあと、その姿がはっきり脳裏に甦った。前回は通人だって三津五郎さんだったんだし…。
白玉が梅枝クンだったのには驚いた。大抜擢。堂々としていて立派。雀右衛門さんが並び傾城→白玉→揚巻コースを辿ったことを思うと、いずれ梅枝クンも揚巻をやるかしら。
助六の出の所作は花道七三より奥だと見えない。下駄の音だけで想像する。助六が本舞台に登場するまでの間、意休の存在を完全に忘れていた。ほんと、「あっ、いたのか」というくらい。

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2017年4月 3日 (月)

3月分①:「続 新説西遊記」

325日 若手舞踊公演SUGATA「続 新説西遊記」(神奈川芸術劇場大スタジオ)
去年の「新説西遊記」はKAAT遠いし、で何となくスルーしてしまった。そうしたら梅丸クンの歌舞伎夜話でその話が出て、俄然見たくなり(単純にまるるの金髪が見たいという不純な動機)機会を窺っていたのだ。23日から26日の公演で26日は完売、25日も「完売」の貼り紙が出ていた。
KAAT
は「国民の映画」以来2度目。乗り換えは1回のみで済むけれど、やっぱり遠い。でも横浜の明るい開放感にはほっとする。自由席なので早めに行きたかったが、30分弱前くらいに劇場に着いた。行列‼ ゲッと思ったら同時期にやっていた「オペラ座の怪人」の行列だった。こちらのスタジオは小ぢんまりとしていて、どの席からも見やすそう。花外の席にしようかずいぶん迷って、結局通路際ではなかったが最後列にした(まだ席を選ぶ余裕があった。ギリギリで来た人は係の人が空席をみつけて案内していたし、複数で来ても並び席は取れなそうだった)。全体がよく見えたのは正解だったけれど、表情を見るにはやっぱりオペラグラスを使ったし、照明が暗いので前のほうが迫力は感じられたかもしれない。

開演が近くなったら上手側2階席(歌舞伎座で言えば西側席)に演奏家が座ったのでびっくり。オープンな黒御簾というところか。
全般的な印象は「趣向の華」の延長。だから、なおさら嬉しい思いがした。

あらすじ(KAAT HPより):魔界の妖怪・青袍怪は、天界に住む美しい天女・春蘭に恋をしている。春蘭には三蔵法師という想い人がいることを知った青袍怪は、二人の逢瀬が二度と叶わないように三蔵法師を亡き者にしようと策を練る。ところが、青袍怪の姉の赤袍怪は、実は三蔵法師に思いを寄せているのだった。青袍怪は春蘭をおびき寄せるために、宿屋の主人に姿を変えて三蔵法師一行を招き入れ、赤袍怪はそれに協力するかわりに、妖術で三蔵法師を蓮の花に閉じ込め、永遠に自らのもとに置こうと企む。

青袍怪(藤間勘十郎)が春蘭(花柳凜)に言い寄って、私には三蔵様がいると拒否されて、三蔵に恨みを抱くのが発端→猪八戒役の鷹之資クンの口上。声がよく、ユーモアも交えて楽しめた(鷹之資クンが劇中で食べているのは…と宣伝していた江戸清の肉まん、食べたかった~)→幕が開くと板付きの三蔵法師(尾上菊之丞:やっとこのお名前に慣れた)、沙悟浄(玉太郎)、孫悟空(梅丸)、猪八戒が義太夫で紹介される。という始まり。

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2017年3月28日 (火)

楽しくて楽しくて俳優祭、頭痛もとんだ

328日 第8回俳優祭夜の部(歌舞伎座)
先週末から頭痛がひどくて、なんかいつもより気分が盛り上がらないまま出かけたのだけど、行けばやっぱりテンション上がるよね~。もう楽しくて楽しくて、気がついたら頭痛のことなんてすっかり忘れていた。次も絶対行きたいな、なんて現金なもので。
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月にNHK Eテレで放送があるので、簡単に(放送は43021時~。必見ですぞ)。
「二つ巴」「石橋」
「二つ巴」は仮名手本忠臣蔵の七段目と十一段目を題材にした舞踊。素踊りの魅力を堪能した。
前半の七段目、仲居3人(門之助・笑也・笑三郎)は目で見る姿は男性なのに頭の中ではちゃんと女性に見える。中でも私は門之助さんが一番女性らしい情感がにじみ出ているようで好もしく思った。由良之助(芝翫)とおかる(扇雀)の間が濃密なのは、身請けを舞踊で表現しているからかしら。芝翫さんもいずれ、由良之助を持ち役にするんだろうなあと思った。
十一段目は立ち回り。塩冶浪士はみんな凛々しいけど、まるるの凛々しさがまぶしい‼ 歌昇・種之助・萬太郎(塩冶浪士) vs 松緑(小林平八郎)で「おいしい」とテンション上がったら、3人は竹森喜多八(亀寿)と交替して、この段一番の例の立ち回り。スピード、力強さ、「とーっ」などという掛け声も豪快で見応え満点だった。男女蔵さん、おつむがごま塩で、若手の中で存在感が目立った。
「石橋」は扮装での舞踊。鳶頭の又五郎さんがスキッとカッコいい。又五郎さんのこういう役はあまり見ないと思うが、俳優祭では普段見られない役どころで俳優さんが出てくるのが興味深い。
鳶頭が若い者と絡んだ後、白毛の仔獅子がセリ上がってくる。松也・巳之助・隼人・橋之助の4人。オペラグラスを誰に当てたらいいのか、あっち見てこっち見て、全体も見たいし。そのうち赤毛の仔獅子が4人花道から出てきた。私の席からは花道がほとんど見えないのよね、残念ながら。赤毛は壱太郎・児太郎・尾上右近・米吉の4人。娘獅子という感じかな。8人の毛振りは若さにまかせて舞台狭しとモーレツ。決めのポーズはさすがに右近クンが一番きれいだと思った。
模擬店説明
実行委員の亀三郎さんが出てきて「本日、亀三郎最後の日です」。この説明を聞かないで席を立つ人が多々いて、「だいぶ立っちゃいましたね」とカメ兄もしょうがないなあという感じ。お買い物は金券で、金券は今日中に使い切って…あ、金券は売り切れているので、大きな声では言えないけれど、現金でもい・い・よ。写真コーナーの説明とか、次のお芝居に出る役者さんは途中でいなくなるからとか。まだ喋っているうちに又席を立つ人が続々で、「まだ終わってない」とのカメ兄の声は響く。みんな少しでも早く模擬店に行きたいものね。

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2017年3月22日 (水)

三月歌舞伎座昼の部

321日 三月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
今月、私の歌舞伎座はこの日が初日。自分の健康がちょっと怪しくなりかけていたので無事見られるか心配したが、早起きもできたし、苦手な昼の部の割にほとんど寝なかったし、春の珍事というほどでもないか(でも春眠暁を覚えずって言うから)。
ちょっと不満は、筋書きに舞台写真が入っていない‼ 21日なのにどういうこと? おまけに、いつ入るかという連絡も来ていないって。夜の部観劇まで待ちぼうけだわ。
「明君行状記」
5
6分経った頃遅刻者がちょこちょこ到着してちょっと集中力がそがれた(この日は半蔵門線にトラブルがあったから、いつもより遅刻の人多かったのかも)。で、そこで話が途切れたが、その後はぐいぐい引き込まれ、面白くて面白くて夢中になって見た。
何と言っても梅玉さんが素敵な殿さまで、初めて「御浜御殿」を見た時の梅玉さんを思い出して、やっぱり梅玉さん大好きとあらためて思った。人を見る目の確かさ、温情、大きさは綱豊卿、苛立ちは「頼朝の死」の頼家、殿の本当の心を知りたいと言われる立場は青山播磨と重なる。どの役も梅玉さんが一番合っていると私は思う。この後の義経も梅玉さんがベストだし、新歌舞伎でも古典でも絶品の梅玉さんを見られて幸せ。
亀三郎さんはその美声でぐいぐい殿さまに迫っていく。死罪を望むその頑なさに光政公も手を焼いていたが、時に善左衛門を跳ね返し、時に懐深く受け止め、時に相手の懐深くへ切り込んでいく。その緩急自在な応対が時に客席に笑いを起こし、感動を呼ぶ。自分に向かって鉄砲を向けろ、引き金を引け、と善左衛門に向かって言い放ち、躊躇う善左衛門を叱咤するその気迫の凄まじさ。ほんと、カッコよかったわ~。一方の善左衛門のがちがちの一本気も決して嫌味ではない。それは亀三郎さんのアツく真っ直ぐな演技と声がそう感じさせたのだと思う(ただ、3階では時々亀三郎さんの声が籠って聞こえることがあった)。
敷居を挟んでやりとりしていた2人だが、突然光政公が「中へ入れ、ちこう来い」と呼んだときにも御浜御殿を思い出した。状況は違えど善左衛門もやはりなかなか敷居をまたげない。
最後、「人間として負けました!!」。
他の出演者では、新歌舞伎ではあるが、歌舞伎というよりは時代劇っぽく見えた役者さんもいた。橘太郎さんがやっぱり役の心を摑んでいてよかった。
ところどころで、気がついてみると涙している自分がいた。
「義経千本桜 渡海屋・大物浦」
仁左様カッコよすぎ。颯爽とした出(と言っても花道七三からしか見えなかったが)、相模五郎と入江丹蔵に対する姿の大きさ、浴びせる言葉のカッコよさ。門出の舞を舞い納めると「知盛早う」と天皇。「ははぁ」と受ける知盛の声には喜びが籠められているようだったが、一方で白装束での引っこみには悲壮さも感じられ、勝利を目指しながら死を覚悟しているのだと思った。弁慶にかけられた数珠をけがらわしいと引きちぎった知盛に天皇が「我を供奉なし永々の介抱はそちが情け、今また我を助けしは義経が情け、仇に思うなこれ、知盛」と声をかけた時、大事に大事にお育てしてきた若君がこんなに立派になったと、知盛の張りつめていた力がふっと抜けたように見えた。「昨日の敵は今日の味方、あら嬉しや」では泣けた。碇が重そうで重そうで、ああ知盛は本当に力尽きるまで戦って、今最後のわずかに残った力を振り絞っているのだと、胸が痛くなった。

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