歌舞伎ミーハー観劇記

2017年10月 2日 (月)

十月歌舞伎座昼の部:マハーバーラタ戦記

101日 芸術祭十月大歌舞伎初日昼の部(歌舞伎座)
久々の初日はやっぱり華やかな雰囲気がいいなあと浮き立つ気分。音羽屋の奥様2人と寺島しのぶさん、3階では山川静夫さん。ミーハーは有名人に弱い…。
「マハーバーラタ戦記」
上演時間が発表になったのは前夜だっただろうか。終演1550って!! しかも序幕は1時間50!! 正直、さすがに序幕の終わりの方は集中力が途切れた。で、二幕目で汲手姫の5人の王子のうち4人が死んだと聞いて、え、そんな場面あったっけととまどったが、そうだ、火事だと思い出した。

全体として、まずは面白かった。インド歌舞伎と言いながら、無国籍歌舞伎のような気がした。インド色を強く感じたのは登場人物の名前や神々の衣裳(光背付きできんきらきんに輝く豪華な衣裳)、身分・職業制度くらいで、それ以外の衣裳は基本的に歌舞伎の衣裳、物語の舞台も日本と言えば日本、そうでないと言われればそうでない…。そして、恐らく何よりも扱っている問題がグローバル、とくに現在の東アジア情勢に重なり(力による支配か、慈愛による支配か。先に攻められるのを待っている、なんてまさに)身につまされるからであろう。
幕開きは大序みたいだった。竹本に合わせ、神々が1人ずつ顔を上げて決まる。そして神が作り上げた世界で人間どもが戦いを始めそうだとの危惧が口々に語られる。現代語とまではいかないがセリフがとてもわかりやすく、つかみはOK、ここは面白いと思った。
音楽は、竹本、長唄にパーカッション(鉄琴、木琴、太鼓等)で、パーカッションがとくに不安な状況を盛り上げた。両花道が多用されたのも効果的だった。
汲手姫(梅枝→時蔵。懐胎時は梅枝)の懐胎はマリアの処女懐胎を思わせ、生まれてきた子が世界を救うというのもキリスト教に類似しているが、世界各国の神話で同様な言い伝えがあるのだろう。汲手姫が赤ん坊が河に流す場面ではモーセを思い出した。ただ、汲手姫の場合は、未婚の女性が子供を産むことが許されないというインドにおけるやむを得ない事情があったのだということがいまひとつ伝わりにくかった。しかし、実は兄弟である迦楼奈(かるな:菊之助)と阿龍樹雷(あるじゅら:松也)王子の決戦において、倒され「とどめを」と促す迦楼奈に阿龍樹雷が「できませぬ。兄上」と絞り出すように叫んだ時は思わず泣けた。迦楼奈との対比で阿龍樹雷が憎々しげに見えることもあったが、彼もまた自分の信念に基づいて動いていたのだな、とこの時納得したのだった。
カーストについてもその厳しさを知識として知ってはいるが、それがもたらす様々な障害を呑みこむのにちょっと時間がかかった。
戦闘シーンは激しく、ベン・ハー的戦車まで出てきた。馬、象と人が乗る動物が何回か登場したが、中に入っている役者さん大活躍であった

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2017年9月24日 (日)

九月歌舞伎座昼の部

922日 秀山祭九月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
今月中旬以降はなかなか予定は立たず、とりあえず昼の部は確保しておいたものの、やっぱり断念か→湯殿の長兵衛だけは見たい→見られるかも→見る→「道行」も見られそう。
ということで事情の推移があり、「毛谷村」は残念ながらパスせざるを得なかったが、何とか2番目の演目から見ることができたのはラッキー。できれば、昼の部の後、そのまま「逆櫓」を幕見したかったが…。
「道行旅路の嫁入」
松並木を背景にした置きの浄瑠璃が終わると、背景が真ん中から開き、富士山が。そして舞台中央では藤十郎さん(戸無瀬)と壱太郎クン(小浪)がセリ上がる。壱太郎クンは愛らしく、何がなんでも力弥のもとへ、という強い意志が感じられた。藤十郎さんには母親の大きな愛が溢れていた。奴・可内の隼人クンはどことなく錦之助さんに似ていた。やっぱり歌舞伎の父子って似るんだなあと改めて思った。
「極付幡随長兵衛」
何度も見ているのに、なぜか全体に新鮮な気持ちがした。
まず「公平法問諍」は劇中劇以上の迫力があって見応え十分。又五郎さんの公平が立派で客ウケもよかった。慢容上人の橘三郎さんが軽妙で
動きも軽くて楽しめた(橘三郎さんの踊りは初めて見るかも)。騒動にとまどう劇中劇の立派な公平とその役者(劇中劇の役者)とのギャップが可笑しい。
坂田金左衛門(吉之丞)が登場してからは侍と町人の身分差が強調される。理不尽でも、そういう時代だったのだと思わされた。
吉右衛門さんが通路に現れたらしく、1階席からどよめきと拍手が起こる。やがて3階からもその姿が見える。期待にわくわくして大きな拍手を送った。大きくて頼りがいがあって、カッコいい。
長兵衛が金左衛門をたしなめている間、劇中劇の舞台後方で頼義(児太郎)の家臣2人(芝喜松、中村福太郎)が本物の侍すなわち金左衛門に対して手をつきながら様子を窺うように見ているのが<らしく>てよかった。ところで、芝喜松というお名前に「あれ?」と思ったら、今年国立劇場の研修を修了して梅花さんに入門した方だったのね。三代目芝喜松さん、どんな役者になるか注目したい。
又五郎さんは、二幕目の役が子分の出尻清兵衛で、公平から一転、コミカルな味を出していた。
休演の情報が入って心配していたが、魁春さんのお時が見られてよかった(鼻血が止まらなかったとのことは未だちょっと心配)。夫の覚悟を察し黙って見送る妻の悲しみと覚悟、身支度の終わりに、袖口のしつけ糸を抜いて夫の顔を見上げるその瞬間が一番胸にぐっときた。
さて、その覚悟も、子供に行かないでくれとすがられ、苦しい表情の長兵衛、それを振り払うように唐犬に長兵衛としての意地・名誉を語る。子供への思いを断ち切るように、突き放す。ここはやはり泣ける。

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2017年9月15日 (金)

九月歌舞伎座夜の部

910日 秀山祭九月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
今月は後半の予定が立てられず、昼夜迷った末、絶対見たい夜の部を先にした。昼の部は見なくてもいいというわけではないが、比較の問題で、月後半へ。全体に座席の混雑感はなかったが、イヤホンの前は混んでいた。
「ひらかな盛衰記 逆櫓」
久しぶりに重厚な歌舞伎らしい歌舞伎を堪能した。
吉右衛門さんは、松右衛門として権四郎やおよしに梶原の話をする間は「う~」「あ~」とセリフがスムーズでないようではあるが(世話的な場面ではわりとそうだよね)、それがまた話の内容と相俟って愛嬌と生き生きした感じを受ける。一転、樋口で時代がかってくると、言葉はすらすら、見得とカドカドの決まりがこれぞ歌舞伎のかっこよさ、大きい人物であることを思わせる。
東蔵さん(およし)は父親・権四郎(歌六さん)と夫婦に見えるんじゃないかと思っていたが、意外と若く幼子の母親として違和感は覚えなかった。
お筆(雀右衛門)の場面はいつもうとうとしてしまう。実は今回も…。
権四郎「笈摺を捨てよ」→樋口「供養してやれ」→権四郎「未練だと笑われないだろうか」→樋口「誰が笑うものか」→権四郎、笈摺を抱きしめて泣く。この場面は胸がつまって泣けた。お筆さんのところは半意識下であったのではあるが、権四郎の心の動きがこの芝居を回しているような気がした。
樋口と槌松(駒若君)が奥へ引っ込んだ後、権四郎とおよしがとぼとぼと後を追うその悲しげな足取りに、又泣けた。
逆櫓は子役を使った遠見。遠見のやっしっしーは、前にも見たことがあったかしら。子役ちゃんたちはセリフも、船上での立ち回りもしっかりしていた。槌松役の子役ちゃんも、大半が雀右衛門さんや歌六さんの膝の上でじっと動かない役なのに、きちんと務めていて感心した。
畠山の左團次さんは、わずかな出番の中に、捌き役としての存在感があった。
「逆櫓」は機会があったら幕見でもう一度見たいが…。

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2017年8月30日 (水)

八月歌舞伎座第三部

827日 八月納涼歌舞伎千穐楽第三部(歌舞伎座)
8
月の観劇は歌舞伎座だけにとどまり、27日で私の8月は終わった。
「桜の森の満開の下」
歌舞伎の野田版は面白いのだが、その逆、つまり野田演劇を歌舞伎にしたものにはついていかれるだろうか(野田さんの芝居は1度しか見たことがないが、私の頭にはむずかしくて挫折した)、と楽しみの一方で不安でもあった。
セリフが全部聞き取れたわけではないし(早口でがなるように喋るセリフは聞き取りづらかった)、全部が理解できたわけでもないから全部が全部よかったというわけにはいかないけれど、退屈することはなく、しかも、夜長姫の死の場面では体が震えるほどの感動を覚えて涙が浮かんでしまった。なんでそこまで感動したのか、自分でもわからない。終わりよければすべてよしだろうか。西洋音楽が流れても歌舞伎としてまったく違和感なく、再演にも耐えうる作品だと思った。
登場人物の中で一番興味深く魅力的だったのは夜長姫。七之助さんが無邪気で気まぐれで残酷な夜長姫そのもので、鬼の面と可愛い面をとてもうまく表現しているのが素晴らしい。七之助さんは「椿説弓張月」の時もだったが、透明感があるせいか、残酷な役が嫌味にならない。この芝居のオリジナルは見たことがないから何とも言えないが、夜長姫は女性が演じたらもっとリアルになるような気がして、女方がやったほうが合うのではないかと思った。
もう1人というか2人というか、気になったのが奴隷のエナコとその娘ヘンナコ(「ヘンナコ」と文字にしたら「変な子」と読んじゃった)。芝のぶさんが美しく不気味な母子を好演。この役にも女方の良さを感じた。
勘九郎さんの耳男はとても生き生きとしていて、演技の表情が豊かで、非現実の中に現実感を覚えた。
耳男の自在な疾走感、マナコ(猿弥)のスピードと重量感、オオアマ(染五郎)の陰謀を秘めた実行力、それぞれ役者の個性がうまく引き出されていたと思う。この中ではオオアマが一番わかりやすかった(美形で、頭も力もあり)。

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2017年8月25日 (金)

八月歌舞伎座第二部

821日 八月納涼歌舞伎第二部(歌舞伎座)
これくらいの時間に始まってくれると、とても楽。もっとも帰りは5時を過ぎるから電車は混むけれど。
「修禅寺物語」
全体に緊迫感の漂う舞台であった。
彌十郎さん(夜叉王)は真面目で、自分の技術に誇りを持っている感じがよく出ていたが、彌十郎さん自身のやさしさなんだろうか、娘を思う気持ちが強く出ているように思え、それはそれでいいのだが、最後の狂気に近い感情がやや弱い気がした。そのせいか、夜叉王の希気魄と桂の満足のぶつかり合いに物足りなさを覚えた。
猿之助さん(桂)は気位の高さ、気の強さ、たとえ死が待っていようと我が道を行ったことによる満足感、すべてが役にぴったりだった。序盤、楓に向かっての「働くならお前ひとりで働けばいい」にちょっと苦笑的な笑いが起きた…。
新悟クン(楓)は猿之助さんとは対照的にしっとりとやさしく、しかしまた別の意味で強い女性だと思った。巳之助クン(春彦)も真面目で人を気遣う細やかさがよく、いい夫婦である。今後もこのコンビをもっと見たい。
勘九郎さん(頼家)には葛藤の武将らしさの中に儚さが感じられたのは、先を知っているこちらの意識のせいだろうか。
秀調さんの僧侶、亀蔵(片岡)さんの金窪兵衛、萬太郎クンの下田五郎、いずれも適役だった。
「歌舞伎座捕物帖」
幕が開くと舞台中央にスクリーンが。やがてブザーが鳴る。歌舞伎座にしては「?」と思っていると、スクリーンに松竹映画のオープニングロゴマークである富士山が映し出された。あ、上映のブザーだったのね、と今ごろ気づく鈍さ。前回の「東海道中膝栗毛(Road of YJKT)」(YJKTはもちろんYAJIKITAね)の主な場面がピックアップされている。楽しい‼ 
花火で打ち上げられた場面が流れると、いきなり二人が逆宙乗りというか、宙乗り小屋から舞台へ向かって下りてくる。去年のラストから今年のオープニングへとつながる趣向で、最初から盛り上がった。
ただ、去年のお伊勢参りと違ってあちこちへの移動もなく(去年は鯨に吹き上げられたし、何と言ってもラスヴェガスだからね)、全体的なインパクトとしては弱い。そのかわりに、歌舞伎座バックステージツアーみたいで楽しいし、興味深い。
劇中劇では「四の切」がおふざけでなく上演される。巳之助クンの狐(猿之助さんに教わったのかな)、しっかり演じられていたし、身体的にも合っている。いつか本公演でもやるんだろうな。見たい‼ 静はなんと竹三郎さん。50年ぶりの赤姫であり静であるそうだが、若々しくきれいで、年齢を感じさせない。本公演でも老け役ばかりでなく、時にはこういう役も見せてほしいと思った。瀬之川伊之助(巳之助)から役を譲られた芳沢綾人(隼人)がめまいを起こして、結局忠信役は伊之助がやることになったんだけど、隼人クンの忠信も見てみたかった。もっともニンとしては忠信より義経のような気もする。
中車さんの座元・釜桐左衛門には笑った。ほんと、もってくよね~。大好きなカマキリになって(「昆虫すごいぜ」のカマキリ先生みたいになったわけではないが、衣裳といい紋といい…)、のびのびと昆虫談義を始める。慌てて猿弥さん(同心・古原仁三郎‼ もちろん、モノマネで笑いを取る)が止める。中車さん、ここでもうまくなったなと思ったのは、見得。顎を引く程度の小さな見得がとても自然で感心した。

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2017年8月16日 (水)

八月歌舞伎座第一部

812日 八月納涼歌舞伎第一部(歌舞伎座)
久々の歌舞伎。ず~っと11日だと思い込んでいて、前日にチケットを確認したら12日だった。
「刺青奇譚」
長谷川伸の作品だから泣けるのは泣けるのだが、それでも役者がよくなければ多分泣けない。中車さんと七之助さんがとてもよくて、何度もうるうるしてしまった。中車さんがとにかくうまい。歌舞伎役者としてうまい。先月も歌舞伎役者中車の進化に驚いたが、今月も、どれだけ努力を積み重ねていることかと感銘を受けた(精進の合間にカマキリ先生で昆虫愛を熱く語ったりもしている)。
七之助さんは玉三郎さんそっくり。何もかにも背を向け、捨て鉢にならざるを得なかった人生の苛酷さが暗い舞台から浮かび上がってくる。命を救ってくれた男(救われた時は余計なことをと思っただろうが)が他の男とは違うと知って、人生をやり直そうという希望が湧いてきたのではないか、そのためにはこの男にすがりつかなくてはならない、すがりついていたい、その必死な気持ちがまたこれまでの苛酷な生活を思わせた。男の方はいきがかり上、女を捨ててもおけない程度だっただろうが…。
扉を叩く音に、追手かと慌てて2人で逃げるが、尋ねてきたのは母と弟だった。逃げたと見せて外から様子を窺い、涙の再会があるかと期待したが甘かった。
猿弥さんの熊介がしつこくて面白い。

逃亡先の品川での貧しい暮らし。お仲は病に臥せっており、半太郎は相変わらずの博打。それでもお仲は半太郎の愛情を感じて幸せだったんだと思う。近所のおばさんがお仲の面倒をみている。芝のぶさんが、同じように貧しいだろうにお仲を放ってはおけない気の優しさを存分に見せて泣かせてくれる。
お仲は半太郎との暮らしに幸せを感じていたと思う。あんなに蓮っ葉だった女が床についているとはいえ、しっとりと普通の市井の女房になっている。ただ、半太郎がいつまでも博打をやめないことだけが気がかりで、死んでいく女房の一生のお願いだからと、半太郎の腕にサイコロの刺青をする。これを見て、自らを諌めとしてほしいと。半太郎は彫られている間、お仲の気持ちを感じて腕よりも心がさぞ痛かっただろうと思う。すまない、もう二度と博打はすまいと誓っただろうと思う。表情には現れていなかったが、黙って腕を差し出している中車さんの姿にそれが感じられた。

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2017年7月28日 (金)

七月歌舞伎座夜の部

723日 七月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
やっと夜の部の感想。千穐楽を過ぎてしまった。
筋書きを買ったら、「花競木挽賑」に普段は見られない若手がたくさん(最年少・男寅クンまで)出ていたので嬉しかった。座席は宙乗り小屋の近くを取ったら、幕見席がふさがれていたので、後ろに気兼ねなく見ることができた。
「駄右衛門花御所異聞」
全体的な印象としては、いろんな歌舞伎から有名な場面を集めたパロディー集みたいな感じで、テンポよく、早替りを含めた海老蔵さんの大奮闘を楽しめた。
発端で巳之助、新悟、亀鶴、中車の4人が揃ったのが私的にはポイント(筋書きに写真載ってるね!)。
船で登場した海老蔵さんを見た時、久しぶりに花道脇で海老ちゃん独り占め状態になってみたいと思った。毎日心身を削るようにしての昼夜奮闘にもかかわらず、客には辛さは見せず(妻のお才に巡り合っての「持つべきものは地女房じゃなあ」とか、お才の死に際しての「来世はまたもや夫婦に」のセリフは切なすぎて、こっちがつらい、泣けた)、駄右衛門の大きさ、玉島幸兵衛の苦悩(兄は切腹、弟は斬られじゃこの兄弟かわいそう過ぎると思ったら秋葉権現のお守りのおかげで生き返ってほっとした)、秋葉権現の威厳、と海老蔵さんの魅力を十二分に伝えてくれた。

宙乗りが近くで見える席にして正解。勸玄クンを抱える姿に大きな愛情があふれ(海老蔵もおとうさんなんだ、と実感した)、勸玄クンはお父さんに抱かれて安心して自らを開いているような…感動の涙で2人の姿がぼやけかけ、慌てて拭く。勸玄くん、花道での「勸玄狐、おん前に」は拍手がおさまりかけてから叫ぶように言う余裕。ぴょんぴょん飛びながら本舞台へ向かう可愛らしさ。宙乗りでは客に手を振り、投げキッスを送り、何か大きな声で叫んでいた。海老蔵さんがブログに、勸玄クンもセリフを言いたいと言っていると書いていたのを思い出し、ああ、セリフを言ってるんだと思った。拍手と歓声が凄くて聞き取れなかったけれど、度胸も満点、将来が楽しみだ。
男女蔵さんはシワを描いたとくに横顔が左團次さんにそっくり。悪役側としてもっと活躍するのかなと思ったら案外あっさり斬られてしまったわ。
児太郎クンも遠目では福助さんによく似ている(顔がというより、動きも含めた姿が)。児太郎クンの悪女はとてもカッコよかった。余裕たっぷりのワルぶり、金の亡者ぶり、しかし本当は夫を思うあまりのそれであった。という心の表し方がよく、また後ろ姿がちゃんといい女に見えたことに感心した。夫に斬られる表情があまりに切なく、お才も生き返ってほしいと期待した。この好感度のまま過剰演技にならないように、と願う。

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2017年7月15日 (土)

七月歌舞伎鑑賞教室:「一條大蔵譚」

711日 歌舞伎鑑賞教室(国立劇場大劇場)
半蔵門駅から国立劇場までわずか歩くだけでもユーウツになる。運動不足、こんなことじゃいかん、と自分を叱咤しながら、半蔵門駅に新しくできたエスカレーターをつい使ってしまった(多分、次も使う)。
「歌舞伎のみかた」
場内真っ暗になると学生がどよめく。亀蔵さんの姿がセリに浮かび上がり、盆がまわり、大小のセリが上下しながら舞台は平らになる。尺八によるBGMがちょっと時代劇を思わせる(あの音楽、聞いたことあるようなないような…)。舞台両脇には電光掲示板があり、キーワード(回り舞台、セリ、花道、上手・下手、黒御簾、ツケ、女方、見得、義太夫節、竹本)が表示される。ちなみに、「女方」は「形」ではなく「方」と書くのが本来だとどこかで見たので私もなるべく「方」を使っているが、電光掲示板でも「方」となっていた。
亀蔵さんはバツグンの声、滑舌でオーソドックスながらそれらキーワードをてきぱきとわかりやすく説明する。
黒御簾の中を見せてもらうのは久しぶり。いつもながら狭い空間だ。今回は三味線3人、鼓2人、太鼓1人、唄3人。三味線さんが去って大太鼓が入る。大太鼓は自然現象を表す。「大蔵卿」の屋敷の場面の音楽は雅楽をイメージしているのだそうだ。
この後、竹本+ツケ+驚いた演技/見得を亀蔵さんが披露。「本朝廿四孝」から白須賀六郎のセリフ(かな?)と「国姓爺合戦」の虎との立ち回り(黒御簾も加わる)の実演があった。やはり虎が出てくると盛り上がる。最後に浄瑠璃・三味線・ツケに加え虎の紹介があった。「虎クンです」との亀蔵さんの紹介に虎クンが立ち上ってお辞儀をしてひょこひょこ後ろの幕に引っこむ姿がウケていた。

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2017年7月13日 (木)

七月歌舞伎座昼の部

79日 七月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
外は暑く、歌舞伎座内は寒く…。幕間にあたたまりに外へ出たほど。
いつもの座席が取れなかったのだけど、今回の席もなかなか良い。8月も同じ席を取らざるを得なかったが、やはり「いい」と思ったら、今度からその席を狙うかも。
「矢の根」
季節はまったく逆だけど、右團次さんにぴったりの演目ではあるよね。右團次さんの「矢の根」は2年前の5月明治座以来。寝ている間も力が漲っているなど、大らかで荒唐無稽で、いろいろ見どころがあって楽しめる。ミーハー的一番の見どころは仁王襷の結び直しで、毎回、後見さんのてきぱきと力強い働き、仕上がり直前の三味線さんとのアイコンタクトがたまらない。
九團次さんの大薩摩文太夫は「らしさ」があった。
笑也さんはいかにも夢の中に登場したという、独特の透明感が活きた。
弘太郎さんはコミカルで、楽しい笑いをもたらしてくれた。
「盲長屋梅加賀鳶」
花道は4人(右團次、巳之助、男女蔵、亀鶴)までしか見えないので、ツラネはほぼ声のみ。先頭右團次、しんがり左團次で若手からベテランまでなかなかの顔ぶれ。でもセリフは黒御簾音楽と重なってあまり聞こえなかった(これまでに何回か見ているが、いつもそう)。男寅クンは横顔がおとうさんに似てきたなとか、秀調さんのこんな役は珍しいようなとか…。
梅吉は顔の色が濃くて、道玄と同じに見えた(光の加減かしら?)。暗くて凄みがあったが、「自分を殺してから行け」といきり立った男たちを止めるくらいだからそれくらいの凄みはあった方がいいのだろう。
松蔵は中車さん。あんなに忙しそうなのに、どんどん歌舞伎を吸収していってるのがすごい。落ち着いた演技で大きさも感じさせた。これも毎度同じなんだけど、殺しの現場でほぼ証拠となるような品を手に入れながらそれを道玄に返してしかも10両を与えるのは未だに納得できない。
道玄は、7年前に見た團十郎さんがめちゃめちゃ面白かった。團十郎さんの大らかで愛嬌たっぷりな悪党ぶりとはずいぶん違うけれど(もうああいう役者さんは出てこないだろうなあとあらためて残念、寂しく思った)、海老蔵さんにはふてぶてしさ、松蔵にやり込められた時のカクッときた感じ(ここ、なんだかとってもよかった)などに愛嬌があった。久々に<やんちゃな海老蔵>、<海老蔵のやんちゃ>を見た気がして、嬉しい。御茶ノ水坂の場面は海老蔵さんのセリフ回しが幸四郎さんにとても似ていた。
齊入さんは海老蔵さんとの年齢差がどうかなと懸念したけれど、完全に杞憂。世の泥水をたっぷり飲んだ感じは海老蔵さんより上だけれど、この悪党カップルには違和感がまったくない。
笑三郎さんのおせつはしっとりとしており、なぜこんなDV男と結婚してしまったのか、哀れであった。大詰一場での折檻の場面はなく、いきなり縛られて転がされていた。折檻は気持ちのいいものではないので、まあいいか。
立ち回りは面白いが、これもいつも同様、やや長いと感じた。
江戸の市井の話は面白い。

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2017年6月25日 (日)

六月歌舞伎座昼の部

624日 六月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
今月は昼の部のほうが後になった。いつも何となく昼の部を先に見ているけれど、やっぱりそういう順番の方がいいのかしら。昼の部だから、ちょっと寝落ちした部分もある。でも昼の部の割には頑張れた方だと思う。
「名月八幡祭」
この芝居はどうしても好きになれない。三次(猿之助)はクズだし、クズとわかっていながら離れられず新助をなぶる美代吉(笑也)は深川芸者の風上にもおけないし、純とはいえだまされる新助(松緑)にもハラが立つし。いや、新助には心から同情しているのよ、いるけど、魚惣(猿弥)に注意されていたのに…って悔しく思ってしまう。
前に見た時の三次は錦之助さん、美代吉は芝雀さん、魚惣は歌六さん、新助は吉右衛門さんだった。正直、ドラマとしては前回のほうがよかった。三次にはいかにも女が放っておけないヒモとしての魅力があったし、美代吉はその場その場の身勝手さにまわりが振り回されるという感じで、悪意のある女には見えなかった(「田舎の人にはうっかり口もきかれない」のセリフがまさにそれを具現していた)。吉右衛門さんの新助には美代吉に運命を狂わされそうな危うさがあった。
松緑さんは江戸っ子らしい竹を割ったようなところが魅力だと思っているので、田舎者の役はどうかなと懸念したが、案外よかった。すべてを失っての絶望が凄まじく、胸が締めつけられるようだった。
笑也さんは透明感があるせいか、ちょっと冷たいのかもしれない。その場その場の身勝手さがあまり見られず、ファム・ファタル感が芝雀さんに比べて薄い。三次に対する気持ちはどうなんだろう。主導権を握っているようで、逆に三次が美代吉のオム・ファタルのような気もする。
猿之助さんは確信犯的に三次のクズぶり(ほんと、ハラ立つわ~)を見せていた。
魚惣は大きさと、新助に対する思いやりと同じ猿弥さんが演じた釣船三婦と重なるものがあった。絶望の新助に対する弱っちゃった感に共感を覚えた。
藤岡慶十郎は坂東亀蔵さんだが、真面目なイメージがこの役には合わないと思った。
江戸の風情はよく感じられるが、なにしろ後味の悪い芝居である。
「浮世風呂」
いや~な気分の後に、楽しくてスッキリした。
幕が開くと真っ暗で鶏の声が聞こえると朝日が差し込むという効果的な舞台。
猿之助さんの踊りは見ているだけでウキウキ引き込まれる。
種之助クンのナメクジは適度な色気があってかわいい。種之助クンは立役としての成長目覚ましいが、女方としてもぐんとよくなった。うちの風呂にもよくなめくじが出てくるんだけど(いったいどこから湧いて出るのよ)、こんなかわいいナメクジなら…、いや、ほんとイヤダだ、ナメクジは。

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