歌舞伎ミーハー観劇記

2018年10月28日 (日)

十月歌舞伎座夜の部再見:「助六」

1021日 十月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
夜の部リピート。ではあるが、だんまりと吉野山はパスせざるを得なくなった。最優先の歌舞伎座でもこういうことがあるから、なかなか他の劇場は取りづらいのよね、当分は。「助六」だけでも見られてよかったが、「吉野山」をリピートできなかったのは残念至極。
「助六曲輪初花桜」
仁左様の助六は、こちらが見慣れたせいかもしれないが、前回ちょっと感じた違和感はどこへやら。一方でやんちゃの度合がやや低くなっているような気がした。それは、喧嘩を吹っ掛ける目的をはっきり持っている、というように見えたからかもしれない。もっともそれも、こちらの先入観かもしれないが。とにかく、今回はやんちゃの可愛さよりも、すっきりしたカッコよさが痛快だった。
勘九郎さんは仁左様助六の兄として違和感ない。助六に比べて落ち着いてしっかりしていなくてはいけない兄ながら、やはり若い、抑えていた自分をちょっと解放して弟と一緒にやんちゃをしたい気持ちが微笑ましかった。
七之助さんは吉原随一の花魁の格と矜持を見せ、意休に対峙する時には凄みさえ感じさせた。その揚巻が満江に見せるしっとりした敬意と優しさがいい対照だった。
歌六さんの意休は前回見た時以上に貫録があり、より大きさが強調されていた。
又五郎さんのくわんぺらも横暴ぶりがレベルアップしていて、面白かった。
通人の彌十郎さんは仁左様の股をくぐる時に、あれは大阪だったか、十八代目が仁左様の股をくぐったが今回は自分がくぐらせてもらう、と、また勘九郎さんの股をくぐる時には、中村屋兄弟2人ともしっかり頑張っているというようなことだったかな、「喜んで股くぐりの裏返しをする」と言っていた。さらに花道での十八代目への語りかけ、「兄弟、孫、中村屋一門を見守ってください」には、今回は素直に泣けてしまった。
しかし「助六」という芝居は、敵討ちや友切丸詮議という本筋というか裏というかがあるのだが、豪華な吉原の様子、次々にテンポよく起こる出来事を楽しみ、助六のカッコよさに酔い、それだけで満足だ。ただそれには助六を引き立てる、意休をはじめとした登場人物の充実、力が不可欠なんだと思った。とくに意休に歌六さんを得たことは大きいのではないだろうか。
老け役の玉様も美しく、舞台を締めるが、吉野山の若く華やいだ玉様ももう一度見たかった。

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2018年10月23日 (火)

十月国立劇場:「平家女護島」

1014日 「平家女護島」(国立劇場大劇場)
序幕、芝翫さんの清盛には大きさはあったが、もう少し色好みの面が出るともっとよかったのではないだろうか。また、芝翫さんは高い声の方が得意のようで、清盛の場合は低くしようとしたせいか、あまり響かないように感じられた。
孝太郎さん(東屋)は花道の出で見えた後姿に気品と色気があった。娘役でないため声がやや低いのが無理なく聞こえた。
二幕目、鬼界ヶ島の場の俊寛は、芝翫さん自身が若いためだろうか、意外に元気そうで、よろめいたりするのがちょっと不自然に見えた。もっとも本来30代らしいから、それでいいのかもしれない。先月の絶品俊寛と比較するのは気の毒だが、孤独感や千鳥に対する愛情が滲み出る感じは薄かった。しかし、セリフはいいと思った。血を吐きだすような「未来で」には胸を衝かれた。1人残ることに決めたものの、未練が強く、岩上で見送りながらあんなに泣いていた俊寛は初めて見たような気がする。視界を邪魔する松の枝は自ら力いっぱい折って後ろへ放り投げていたが、その行為は未練を断ち切るようでいて逆に未練の強さを思わせた。まさに「思い切っても凡夫心」だ。人間らしくて、こういう俊寛も悪くないかもと思った。芝翫さんが年齢を重ねたらもっと違う俊寛になるのかしら。
お目当ての1人、千鳥の新悟さん。島の娘にしては都会的な雰囲気かなと思ったが、可憐さ、素直さがいい。瀬尾と争う俊寛に加勢する場面では、前に七之助さんがロボットみたいな動きだと思ったことがあるが、新悟さんもそんな感じだった。
瀬尾の亀鶴さん(もう1人のお目当て)は堂々たる老け役で憎らしい。正論ではあるが、意地の悪そうな正論。でも、孤島であんな死に方をするのはやっぱり気の毒に思えた。
大抜擢の橋吾さん(平康頼)はあまり貴族風な面よりは武人風に見え、心情表現など十分応えていたと思う。

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2018年10月16日 (火)

十月歌舞伎座昼の部:「三人吉三」「大江山酒呑童子「佐倉義民伝」

106日 芸術祭十月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
今月は昼の部パスするつもりでいたのに、うっかり取ってしまった。うっかりなんて大変失礼で申し訳ない、見てよかったです‼ もう10日も経ってしまったので、簡単に。
「三人吉三巴白浪 大川端庚申塚の場」
三人三様、キャラが立っていた。義兄弟の固めの血を口にする場面、和尚(獅童)は豪快に、お坊(巳之助)はボンボンっぽく、お嬢(七之助)は女らしくと、それが際立って見えた。七之助さんのお嬢は笑いを呼んでいたが、性の変化が自然に見えた。巳之助さんは声の演技がうまいと思う。獅童さんは声が割れて聞きづらい部分はあったが、大きさと優しさを見せていた。和尚の名乗りに2人がハッとすることで、兄弟の契りに至る感情がスムーズに理解できた。
鶴松さんのおとせは可憐ながら、本性を表す前のお嬢に比べて夜鷹をしているが故のちょっと世慣れたところも見せていた。
山左衛門さんはいつも、うまいなあと思う。
季節外れではあったが、それなりに楽しめた。
「大江山酒呑童子」
勘九郎さんの踊りがうまい。軸がぶれていない。長袴での回転もしっかりしていた。メリハリがあって、かっこいい。大酒を飲み、酔ったところの愛嬌やまろやかさは勘三郎さんが上なんだろうけど、勘九郎さんのちょっと硬めなところは好きだ。仏倒れで倒れた後、4人に起こされ盃で「大入」を描き、二段に乗って決まる。かっこいい。
錦之助さんがここのところとてもいい。平井保昌も貴族の柔らかさ、武士の力強さ、両方が感じられた。花道から本舞台への道は険しい山道に見立てているようで、錦之助さんは足を大きく高く上げて険しさを表現していた。後に続く源頼光(扇雀)に杖を差し出して助けるのだが、頼光はその助けもあるからまあまあ、その後の4人は多少足を上げたものの、あまり苦もなくのぼっていた。リアルさは求められない芝居だとしても、錦之助さんの丁寧な役作りは大事だと思った。扇雀さんには貴族的な大将らしさがみられた。酒呑童子に囚われた姫君の高麗蔵さんもよかった。
ただ、ちょうど眠気のさす時間だったのか、ところどころで…。

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2018年10月10日 (水)

十月歌舞伎座夜の部:「宮島のだんまり」「吉野山」「助六」

103日 芸術祭十月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
仁左様の助六狙いで、早々とこの日に。
「宮島のだんまり」
まだ手順を追っている感じであまり面白いとは思えなかった。それに人が増えてくると、役者さんの顔確認にだけ注意がいき、その後は誰を見たらいいのかわからなくなる。贅沢な悩みではあるが。
「吉野山」
勘九郎さんは登場した瞬間、勘三郎さんそっくりに見えた(私は勘三郎さんの「吉野山」を見たことがあったかしら)。壇ノ浦の踊りは初めてちゃんと見たかも(これまでは途中で寝てしまっていた)。踊りが大きくて、メリハリがあってちゃんと物語っていて、とても面白かった。忠信が鼓を見て狐の本性をちらっと表したとき笑いが起きたが、私は愛おしそうに手に取り鼓に頬ずりする姿に涙が出た。
歌舞伎の舞踊はやはり物語だ、舞踊もお芝居なのだと思った。和太鼓も魅力的だったが、やっぱり三味線のほうが合うかな。
玉三郎さんは人外の存在がとても合うと思っていたが、生身の人間の美しさも素晴らしい。もちろん、玉三郎さんの舞踊も物語っていた。
巳之助さんの早見藤太、コミカルではあっても一応武士なんだというところが見えて、丁寧なところがいい。忠信からの笠はバッチリきれいに受け止めた(投げる方もうまかった)。

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2018年10月 3日 (水)

9月分①:九月歌舞伎座夜の部:「松寿操り三番叟」「俊寛」「幽玄」

924日 九月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
とうとう、昼の部、リベンジできなかった。
「松寿操り三番叟」
開演前、なぜ緞帳?と首を傾げたら、最初の演目が「操り三番叟」なのであった。てっきり「俊寛」だとばかり思っていた。そういえば、配役を見て後見が吉之丞さんだと嬉しかったことを思い出した。
幸四郎さんは滑るような足元が人形らしく、操られているのに自由な感じが不思議と人形っぽかった。吉之丞さんの操りにも余裕がみられた。ただ、双方ぴったり息が合っているとは言えないような気がした。どちらがどうというのではなく、全体になんとなく散漫な感じ…。とはいえ、やはり三番叟は楽しい。
「俊寛」
俊寛(吉右衛門)は登場したときの弱々しい姿にも胸を打たれたが、それ以上に、丹波少将(菊之助)、平康頼(錦之助)が訪ねてきた時の嬉しさに胸を衝かれる思いがした。千鳥(雀右衛門)が加わったことを聞いて喜びが増し、俊寛は少し元気になったように見えた。千鳥を初めて見る俊寛の眼はもう、すでに父親になっている。一番楽しみにしていた演目なのに、祝言の場面、寝てしまった。
赦免船が来た時の喜び、赦免状を何度あらためても自分の名前のない現実――とてもリアルに俊寛の悲しみ、絶望が胸を打つ。そして一転、もう一通の赦免状があることがわかった時の安堵と喜び。見るこちらも俊寛に同化する。千鳥に乗船を譲る決意は、妻が殺されたこともあるが、まさに娘・千鳥への愛情であっただろう。艫綱を巻いた岩にしがみついて「お~いお~い」、浜辺で「お~いお~い」、波が押し寄せる岩の上、松の枝が視界を遮って海が見えない、と思ったら松の枝が折れ(折ったというより折れた)反動で岩から落ちそうになり、そのままじっと沖を見つめる。千鳥無理矢理乗せたものの、本当に一人になってしまった孤独感と絶望に加え、諦念が感じられた。そこには父親としてのかすかな満足感はあったのだろうか…。
最後の舞台転換は何度見ても見事としか言いようがない。広い広い海――俊寛の心と場所がリンクする。浜辺での「お~いお~い」には涙がじわじわだったのが、最後の場面では涙を超える感情が湧いてきて、ただ俊寛を見つめるだけになってしまった。「役者の神様!」の掛け声は残念。

少将の菊之助さんは一生懸命この芝居を勉強しているような感じがした。俊寛のニンではないと思うが、これからもこの芝居にかかわっていくであろう意欲が見えるような気がした。
瀬尾(又五郎)は正論ではあるが憎々しい。正論であるがゆえに丹左衛門(歌六)も言い返せない。俊寛が瀬尾を討つのを平然と眺める丹左衛門は爽やかである一方で、最近その姿にちょっと疑問を覚え、瀬尾が気の毒になる気持ちも芽生えている。
千鳥の雀右衛門さんは愛らしく、千鳥もまた俊寛を父親と慕う、だからこそ自分は船に乗ってはいけないという気持ちがいじらしかった。
吉右衛門さんの俊寛の見事さは言うまでもないが、私は錦之助さんの康頼にとても感動した。他の3人に対する優しさ、心遣い――赦免状に俊寛の名前だけないことがわかった時には俊寛と同じ気持ちになっているように感じられたし、千鳥が乗船を断った時も心から心配していることが伝わってきた。ここまで心を揺さぶられた康頼は初めてかもしれない。
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度でも3度でも見たい「俊寛」であった。

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2018年9月21日 (金)

九月歌舞伎座昼の部:「金閣寺」

93日 九月大歌舞伎初日昼の部(歌舞伎座)
せっかく福助さん復帰記念だからと、初日、そしていつもよりワンランク上の席を取ったのに、途中で咳の発作が起こってしまい、「金閣寺」は何とか見たものの、このあとまた咳が出たら周囲に迷惑をかけるし、咳のガマンは呼吸困難に陥って苦しいし…悩んだ末、紅葉狩も楽しみにしていた河内山も諦めて帰宅した。いつか時間ができたら幕見でリベンジとも思っていたが、案外咳が長引いて…(先週末、本格的な外出を始めたが、病み上がりは相当に疲れる。昨日今日あたりからやっと元に戻れる感じ)。金閣寺の記憶や感想も日が経つにつれ薄れてきた…。だからごくごく簡単に。
「金閣寺」
松緑さん(松永大膳)が顔の小ささを感じさせず、そのためか大きさも十分あり、セリフにも変なクセがなく、とてもよかった。
梅玉さん(此下東吉)はやわらかみがちょっと武将らしくないような気がしたが、さわやかでかっこいいし、舞台がしまる。
幸四郎さんは狩野直信にぴったり。
児太郎さんの雪姫。初役であり、父の復帰の初日、どんなにか緊張しただろうかと、こちらまでどきどきしてしまった。手順に追われている部分があるのはやむをえないものの、全体にとても頑張っていて好感がもてた。はかなげなところもあり、また比較的現代的な印象のところもあり(意志の強さは古風な強さではなく現代的な強さを感じた)。時々七之助さんが重なって見えた。桜でネズミを描くところがイマイチだったのが残念。
待ってましたの福助さん(慶寿院尼)。闘病中ほとんど様子が伝わってこなかったので、半分絶望的に考えていたため、もちろん出演がわかった時は驚きとうれしさ、そして実際に姿を見ての感動。お芝居の邪魔をしてはいけないのはわかっていても、拍手せずにはいられなかった。まだ右手が不自由なのが痛々しかったけれど、セリフもしっかりしていたし、福助さん、どんなにか嬉しかったことだろう。舞台が一番の快復の素になると信じたい。
<上演時間>「金閣寺」99分(11001239)、幕間30分、「鬼揃紅葉狩」54分(13091403)、幕間15分、「河内山」95分(14181553

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2018年9月15日 (土)

8月分②:NARUTO

826日 「NARUTO」夜の部(新橋演舞場)
8月末からずっと咳が止まらなくて、昨日やっと本格的に外出したものの、やっぱりまだ咳が出て、疲労も激しく、気力も湧かず…。とはいうものの、9月も半ばに入り、日はどんどん過ぎていく。かなり間抜けな観劇記録になってしまったけれど、そろそろ書いておかないと。

その前に、台風
21号および大雨で被災された方々、大きな地震で被害に遇われた方々、大変遅ればせながら、心よりお見舞い申し上げます。

NARUTO」は「ワンピース」同様、原作は見たことがない。それでも72巻という大作をコンパクトにまとめ、テンポよく飽きさせずにストーリーもしっかりわかるようなお芝居に仕立てたのはG2さんのウデだと思う。
人物のキャラクターがはっきりしているから、物語に入りやすかったし、出演者も適材適所でぴったり。とりわけ巳之助さんが、常に前向き、時に愚かなほど純粋なナルトを嫌味なく気持ちよく演じている。扮装もよく似合う。巳之助さんの繊細ながらコミカルな一面と大胆な一面がちょうどよくミックスしていて共感を覚えた。巳之助さんはナルトの父親役(ミナト)もうまく演じ分けていた。笑三郎さん(ナルト母・クシナ)とはさすがに年齢差を感じないではなかったが、と言ってそれがナルトの世界を邪魔するわけでもなかった。
隼人さんのサスケも心の闇を抱えた少年の苦悩―その苦悩の原因が場面場面で違ってしまうので、難しかったと思う―を表現して、よかった。隼人クン、うまくなったなあとあらためて思う。
梅丸さんが可愛い。私はサクラみたいな女の子は時としてウザく感じることがあるものだが、逆に梅丸さんの素直さが可愛くて、とにかく愛おしかった。ちょっと京劇みたい。
綱手の笑也さんが素晴らしくきれい‼ 鬘も衣裳もとても似合っていて、私の知っている綱手(昔、演舞場で見た「児雷也豪傑譚話」で亀治郎さんが演じた綱手だけどね)との乖離もなく、すんなり受け止められた。
自来也の猿弥さんは、「児雷也」とは違ったけれども懐の深さとコミカルな軽さ、が猿弥さんらしくてとてもよかった。ふだんはガマンの女性役の多い笑三郎さんの大蛇丸は珍しい役どころだ。思いきり楽しそうにのびのびと演じていたし、かっこよかった。おねえ言葉は「黒崎か!」と突っ込みたくなって、こっちも楽しい。

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2018年8月30日 (木)

八月歌舞伎座第三部:「盟三五大切」

823日 八月納涼歌舞伎第三部(歌舞伎座)
納涼歌舞伎では「東海道中膝栗毛」が一番の楽しみであるのだが、今年は実を言うと第三部が期待の本命的であった。筋書に写真が入っていてラッキー。今月は初日が遅かったから写真ももっと遅いと思っていた。
「盟三五大切」
久しぶりに見たせいか、期待に違わず、とても面白かった。そしてとても怖かった。何度も寒くなった。客席のウケもよかった。
幸四郎さん(源五兵衛)と獅童さん(三五)は役が逆じゃないかと思ったが、意外にも2人とも合っていた。幸四郎さんは普段、さっぱりしてあまり暗い陰が感じられないのに、源五兵衛の粘着質的、かつ一度地獄へ落ちた人間(弥次さんのことじゃないよ、五人斬りのこと)の怖さ・不気味さをよく醸し出していた(ちょっと線は細かったかな)。五人斬りは本当に怖くて、怪談よりもはるかに寒気がした。佃沖で舟に立つ幸四郎さんは吉右衛門さんに似ていた。
獅童さんは凄み、すさみ、愛嬌、忠義心すべてにおいてよくて、それによってこの芝居の面白みが増したのではないかと思う。
七之助さんの小万はきれいで色っぽい。ちょっと冷たい感じがするのも悪くないと思った。七之助さんの冷たさには透明感があって、そういう役の場合は怖いくらいにハマるのだが、小万には透明感ではなく現実感が漂っていた。
歌舞伎で一番色っぽい場面は小万と三五の舟の上での濡れ場だと私は思っている(仁左様と時様、ドキドキしたわ~)が、それは舟の中が見えないからというのもあるのだけれど、今回は舟底が浅くてよく見えてしまい、ちょっと残念。舟はこれまでと同じだが見ている席が3階だからだろうか(1階席なら舟べりが邪魔して見えないものね)。
ごろつきに戻った亀蔵さん(片岡)がうまい。背を丸めて座っている姿がいかにも、でサマになっていた。
橋之助さんは忠義心はいいのだが…ややうるさい(言葉が悪いけど、いい表現がみつからない)感じがした。それでも源五兵衛の身替りになる場面はウルウルきた。
中車さんがうまい。最初誰かと思ったが、声でわかった。笑わせる場面、ぞっとする場面がうまく配分されていた。
了心役の松之助さんがせかせかと実直なのがその人らしくてよかった。

歌舞伎では忠義イコール残酷な芝居が多々あるが、それは武士の世界のことが多い(んじゃない?)。しかし三五は町人、南北は忠臣蔵の浪士も含めて忠義の残酷な面を浮かび上がらせたかったのではないかと思った。いつもは主役の3人を演じる役者さんの魅力もあって引き込まれるのだが、今回は物語が本当に面白い‼と思った。
<上演時間>「盟三五大切」序幕・二幕目77分(18001917)、幕間20分、大詰86分(19372103

 

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2018年8月29日 (水)

八月歌舞伎座第二部:「東海道中膝栗毛」「雨乞其角」

821日 八月納涼歌舞伎第二部(歌舞伎座)
最近、昼の部は下手側、夜の部は上手側に席を取るようにしている。下手側の方がなんとなく花道も見やすいような気がするのだが、終演の遅い夜は帰りやすいように、というだけの理由。一応第二部も夜にかかるので上手側に取った。宙乗りはけっこう何度も間近で見ているから、今回はいいかと思ったのだけれど、やっぱり4人宙乗りはそばで見たかったな。
「東海道中膝栗毛」
毎年楽しみにしている弥次喜多のドタバタ。今年はこれまでに比べてややまとまりのない印象を受けたものの、面白くてずっと笑いっぱなし。
いきなり、喜多さんの葬式かよ!!(喜多さんの遺影、いい写真だ) この場面は私的には一番ウケた。なにしろ、獅童・七之助・中車の3人が揃って、地獄の使者やら将軍様ご一行やら、喜多さんの家族やら、5役早替りで次々登場してくるんだもの。その5役がそれぞれ笑えて、つぎはどんな役で出てくるのだろうとわくわくした。
中車さんの釜桐座衛門、七之助さんの女医羽笠。前作とつながっているのがうれしいね。つながっていると言えば、第1作のラスヴェガス編で大活躍の出飛人も写真付き花環で。大家(錦吾)の後妻(‼ 宗之助)の胸に抱えられているのは先妻(竹三郎)の写真。茶屋娘お稲(新悟)は白髭一味のお新の更生した姿だった(2年前の筋書を見たら、もうお稲が登場していた。贔屓の新悟さんなのに忘れちゃってたわ)。箱根の旅籠五日月屋も2年前に弥次喜多が泊まって散々な目にあったところだ。大勢のだんまりが面白い。
それから、最後の場(第九場)で基督(門之助)が立つ金色の像、あれって、2年前に天照大神の笑也さんが立っていた像? ちょっと顔が違うか。その額には「ただいま出張中」の貼り紙が。神無月で天照大神は出雲へ、笑也さんは演舞場へ出張中だもんね。門さまの基督、サイコー。宙乗りと基督、両方に目をやるには上手側の座席で正解だったかも。
話を元へ戻すと、獅童・七之助・中車の3人はこの後も太鼓持、新造、遣手で現れるから全部で6役。中でも中車さんの女方が大真面目にやっているからこそ可笑しい(豆腐買のおむらを思い出す。いや、おむらは別に可笑しくなかったのだけど)。

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2018年8月18日 (土)

八月歌舞伎座第一部:「花魁草」「龍虎」「心中月夜星野屋」

814日 八月納涼歌舞伎第一部(歌舞伎座)

8月は初日が遅いこともあって、久しぶりの歌舞伎座。朝あわてて出たので、カーディガンを忘れてしまい、電車の中が寒かった。歌舞伎座も先月わりと寒かったので用心のためにひざ掛けを借りた。正解。でも、それでも少し涼しかったおかげで、客席が暗かったにもかかわらずほとんど寝ないですんだ。つまり眠くなるのは暗いよりも暖かいせいか…とすると、冬は危ない…。
「花魁草」
場内真っ暗になり、幕が開くと下手側の奥の方が赤い。土手の上を時折人がよろけながら歩く。影絵のようだ。やがて少しずつ闇が薄くなり、コケコッコーの声がして夜明けだとわかる(このコケコッコーはかなりリアルなコケコッコーだった)。土手に気を取られていたら、川原にも人がいてびっくり(松之助さんと梅花さんだった? 豪華でもったいない)。しかもその人たちが土手に上がって去っていったらまだ人がいた。それが獅童さん。ふらふらと起き上がり、倒れている女性に躓く。運命の出会いだ。互いに自己紹介したとたん、思い出した!!
この芝居、初見だとばかり思っていた。獅童さんの中村幸太郎が「自分は役者だ」と言ったのを聞いて、記憶が甦った。前回のお蝶は福助さんだった。今回は扇雀さん。
下手の赤いもやもやは安政の大地震に襲われた江戸の町の炎だったのだ。そして土手をふらふらと歩く人たちは命からがら逃げてきた人たちだったのだ。前回見たのはまさに東日本大震災の年の8月、あれから7年経った今も身につまされる。
これも偶然出会った小舟の人、米之助。誰かと思ったら幸四郎さんだった。幸四郎さんはこういう役をとても楽しそうに演じる。幸四郎・梅枝のあたたかい好人物夫婦、悪くない。別のお芝居でもこのコンビを見てみたい。
米之助がお蝶に祝言をあげるよう勧める場面。案外きわどい話をしているなと面白かった。いや、面白いのは最初のうちだけで、実はお蝶には他人には言えない深刻な過去があった。それを知っても米之助のやさしさは揺るがない。他人の痛みをわかる人なんだと思った。

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