演劇一般

2016年8月31日 (水)

8月分④:「頭痛肩こり樋口一葉」

817日 「頭痛肩こり樋口一葉」(シアタークリエ)
前回、芝居も面白かったけど、若村麻由美さんがとってもチャーミングだったから、ぜひ又見たくて、それが主で取ったチケット。
出演者は6人の女優のみ。樋口家の母親・三田和代、夏子・永作博美、妹邦子・深谷美歩、没落したお姫様お鑛・愛華みれ、恵まれた生活から転落していかざるをえない女・八重(熊谷真実)、そして女郎・花蛍の幽霊(若村麻由美)。キャストは夏子が前回の小泉今日子さんから永作さんに替わっただけで、あとの5人は同じ。
期待に違わず若村さんは今回もきれいで弾けていて、お人好しで、明るくて悲しくて、ほんとに若村花蛍は大好き。狂言回しのようでもあり、唯一死の世界から現世を見ている人物であり(終わりに近づくと死者は増えるが)、それでいて自分が何を恨んでいるかわからず(だから成仏できていない)、一葉との会話から自分の前世を知り、恨みの元を次々辿っていくという、なんとも能天気というかユーモラスな幽霊・花蛍。絶品だったという新橋耐子さんは見ていないから私のスタンダードは若村さん。
二幕目の大半を、彼女の物語、演技にもっていかれた。皇后にたどり着く一つ手前の恨みの相手のところに出陣する時は、歌舞伎風に何度もくるくる回って、出陣しそうになっては戻るを繰り返し、夏子に「早く行け‼」と命令される始末。すると、ついには六方風に下手へ消えて行く、客席から思わず拍手が湧いた。花蛍は実に魅力的な役だが、体力的には一番大変だっただろう。
さて、その花蛍の姿が見えるのは<死>を意識している一葉(夏子)だけ。その身に<死>がまとわりついているような夏子だが、永作さんからは生きていること、未来を生きることへの魂の叫びを感じた。声を張り上げてもキンキンしないのがいい。女たちをがんじがらめに縛っている因縁の糸に筆で戦いを挑んだという夏子の言葉には、腹の底から感動した。永作さんは、女たちの会話をじっと聞いている時も、その<戦い>を、どうやって戦いを挑もうかを、常に考えているように見えた。それでいて、幕開け、子供たちが盆の歌を歌いながら歩いているのだが、その子供たちももちろん6人の女優さん。客席からは笑いが起きていたが、永作さんだけは童顔で子どもとしての違和感が全然なかいのだ。

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2016年8月14日 (日)

7月分⑥:子供のための「オセロー」

719日 子供のためのシェイクスピア「オセロー」千穐楽(あうるすぽっと)
前回見たのが2013年の「ジュリアス・シーザー」で、去年の20周年記念公演もパスしてしまったから、3年ぶり(2年ぶり? 「ぶり」っていうのがよくわからない)。ということで、開演前にイエロー・ヘルメッツの歌があることをすっかり忘れていた。早めに着席してよかったぁ。
山崎清介さんの「小4のときに盆栽に興味を持った。地味な趣味だが、みうらじゅんさんの趣味の仏像も地味。そのみうらさんの作った『おはよう舞妓さん』を歌います」で歌が始まった。「勝手に観光協会」の歌は前にラジオで何曲か聞いたことがあるが、この歌は初めて。なかなか悪くない。
ところで、新幹線の座席のアームの先端の丸い部分が、後ろから見ると仏像の頭に見えるんだそうだ、みうらさんには。
「オセロー」
「オセロー」をこう料理するんだと、山崎さんの脚本・演出はやっぱり素晴らしいと感心する。人物の心のうちや独白を、黒ずくめの人たちが代言することで、彼らのたぎる思いが伝わってくる。旗持ちの人形にイアゴーの心を語らせることで、冷血に知恵をめぐらせて獲物を陥れるイアゴーの嫉妬が熱く熱く渦巻いていることもわかる(いつも、人形の存在感すごい)。全体にはところどころユーモラスな場面も差し込み、くすっと笑わされながら、嫉妬心の恐ろしさ、一度生じた疑念を払拭できない人間の業の深さを感じ取った。
イアゴーは山崎さん!! 油の抜けたようなところが案外ぴたっとはまって面白かった。
オセローは河内大和さん。写真を見たら強面すぎてどうなることかと懸念したが、声がきれいでデズデモーナへの一途な思いが可愛らしく見えた。イアゴーの罠に落ちていく愚かさは、勇猛な軍人であるが故の、駆け引きを知らぬ悲しさでもあると思った。キャシオーは二枚目で(このカンパニーの二枚目といえば若松力さん)女性にはモテてもやはり軍人であり、イアゴーの知恵には勝てないのだ。
デズデモーナの大井川皐月さんはちょっと金切声をあげすぎるような気もしたが、芯の通った強さ、清廉さが悲劇を強調した。意外と雄弁なので声が気になったのかもしれない。デズデモーナに対してこれまでもっていた印象とずいぶん違うが、そこが新鮮で人間味が感じられ、この女性が非業の死を迎えなくてはならないことが悲しかった。
伊沢磨紀さんが今回も男性である公爵と女性であるエミリアを演じていて達者である。
他の出演者(おなじみ戸谷昌弘さん、山口雅義さん、加藤記生さん)もそれぞれ独特の存在感があって、2時間とても面白かった。
子供のためのシェイクスピアシリーズは、セリフもわかりやすく、人間がよりむき出しになる感じがして、とくにオセローのような芝居には適しているのではないだろうか。それにしても、ハンカチの真実はなぜもっと早く明らかにならなかったのだろう。このタイミングで明らかになれば…、次のタイミングで明らかになれば…というハラハラ感も楽しめた。
<上演時間>120分(1401600

 

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2016年7月24日 (日)

6月分⑧:メルシーおもてなし

626日 「メルシーおもてなし」千穐楽(パルコ劇場)
千穐楽を取ったはいいが、日曜日の渋谷…人人人…最悪。
開演前に中井貴一さんのアナウンスが入った。パルコ劇場はあと2カ月で閉館ということで、43年の歴史がその幕を閉じる(閉館ではあるけれど、リニューアル閉館だから)。本公演はラストランである。志の輔さんが1人で築いてきた落語を12人が演じる。スタッフも合わせると総勢50人ということだった。

さて、確かに落語だった。とくに、2人でする会話は高座が目に浮かびつつ芝居を見ているという不思議な感覚。
けっこうショックだったのは中井貴一さん。オッサン感ばりばりなんだもの。最初、一瞬このおっさん誰だろうって思ったくらい。ズボンがそう見せる? 上方が? 眼鏡が? いや、そういう外観もだけど、言動すべても。おっさんの演技がうますぎる。
町内の抽選会は、笑った笑った。阿南健治さんの大熱演が可笑しくて可笑しくて。
FAX
の件は長くてダレかねないところを役者の力量で笑わせて、結局間違いFAXの受信が間違いFAXの送信に繋がるのがウケた。うちにも時々間違いFAXが来て、放置しておいたものか、知らせるべきか、迷うから、身につまされつつ、笑った。中井さん、勝村正信さん(うまいよね~)の早口せかせかの中で、YOUさんのあの独特の喋りが案外活きていた(通常は、あのべた~とした喋り苦手なんだ)。
外務省の役人音尾琢磨さんがまた可笑しかった。フランスの外交官夫人とその娘にひな人形工房と日本の生活感あふれる商店街を案内する、その役目として彼に「白羽の矢が立った」のである。それは名誉なことだと言う人たちに、彼は白羽の矢には2つの意味がある。1つはいい意味だが、もう1つはいけにえになるということ、自分の場合は後者だと、最初からネガティブ思考なんである。商店街の人たちとの噛み合わなさ――彼自身も語っていたが、役人の立場って実際こういうものなんだろう。だから彼自身はその立場がなければ、商店街寄りの感覚・考えを持っているに違いない。
通訳役としてサヘル・ローズさんが出ていたのが嬉しかった。好きなんだ、サヘルさん。きれいで知的で、過酷な経験をしているのに大らかな明るさがあって。舞台には登場しない外交官夫人と娘の存在を実感させる大事な役どころにぴったりだったと思う。
役人の立場とか、活気のない商店街の実情とか、笑えない問題を笑いの中で考えさせられた(とくに商店街の問題は、テレビでもよくやってるし)。笑いの場面は、千穐楽なのでところどころ普段に比べてハイテンション、ハイパワーだったらしい。


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2016年6月20日 (月)

尺には尺を

611日 「尺には尺を」千穐楽(さいたま芸術劇場)
シェイクスピアシリーズ第32弾(残り、あと5本)。先にカーテンコールのことを言うと、2回目に蜷川さんのパネルが下りてきて(「MUSASHI」の時の井上ひさしさんのパネルを思い出した)、思わず涙が出た。あらためて、ご冥福をお祈りします。

開演前、俳優が舞台で思い思いに準備体操したり発声練習したり、お喋りしたり。その中で白いドレスの女性、ひときわほっそりして顔が小さいからオペラグラスがなくてもすぐに多部(美華子)ちゃんだってわかった(多部ちゃん好きだから、オペラグラス忘れたの痛恨の極み)。やがて舞台に壁が立ち、衣裳がかけられたハンガーラックが運び込まれて、それぞれが自分の衣裳(マントとか上衣類)を身に着け、全員が並んでお辞儀をすると芝居が始まった。
最初の30分は眠かった。大まかには見ていたのだけど、時々瞼が落ちる。その後、やっと面白くなってきて第2幕はちゃんと見た。
真っ直ぐで才気煥発、よく喋るイザベラは多部ちゃんにぴったり。多部ちゃん自身のストレートさに重なって見える感じがとても可愛くて、私はけっこう思い入れができた。
藤木(直人)さんは2回ドラマで共感できない男の役をやったが(普段見ないドラマをたまたま見たら、たまたま両方ともそういう男だった)、アンジェロは<3回目>。二枚目なのにイヤな男(「ヴェローナの二紳士」のプローティアスよりはず~~っといい。だって、アンジェロには共感できなくても理解はできるもの。それにしても私、まだプローティアスに怒っているのか…)、藤木クンうまい。「海辺のカフカ」の大島さんよりずっといいと思った。
公爵の(辻)萬長さん、面白かった。どんどん話を進めていっちゃって、それはどこかで失敗しそうな期待(?)をもたせていたのに、結局まるく収めたってことなのかな。でもラストの一言には客席みんなびっくりだっただろう。もちろん私も唖然(さあ、イザベラ、どうする?)。周囲にとって、こういう困った善人が一番タチが悪いのかも、と最後に思ったのだった。 
「尺には尺を」のお話自体は全体としてはそんなに面白いと思わなかったが、ところどころ「ほぉ」という面白さがあり、また上の3人を含めた役者さんの個性と魅力が活きていて楽しめた。
<上演時間>190分(13301500)、休憩20分、第270分(15201630
与野本町から劇場まで真昼間の徒歩は暑くて汗だくになってきつい。並木で木陰作ってほしいのに、枝思い切り切ってあるんだものなあ。

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2016年2月12日 (金)

再見むなしい「ひょっこりひょうたん島」

210日 「ひょっこりひょうたん島」(シアターコクーン)
12
月に見たものの、相当時間寝ていたのでリピート。でも、後悔半分。というのは、まずこの凱旋公演のチケットを取ったのが12月はじめ。ということは初回観劇よりずっと前。本当は一度見て面白かったら2月の分を取りたかったところ。でも12月分のチケットも奇跡的に戻りが取れたことを考え(立ち見もあったからな。今回も立ち見が出ていた)、用心して申し込んでしまった。そうしたら最前列があいてるじゃない。最前列なら通路際でなくてもいいわねとそのゾーンの真ん中をゲット。ところが、ショック‼ 発券のときそこは2階最前列であることを初めて知ったのだ(愚かな私、1階最前列があいているわけないよね)。これは初回観劇でわかったことだが、2階なら最後列で十分。むしろ後ろを気にしないですむ分、見やすい。ということで、座席で失敗。そして、前回眠かったのは自分の体調ばかりでなく芝居が自分に合わなかったからだと今回あらためてわかった。前回観劇後、2度見る必要はあるのかしら、チケット取っちゃったから行くけど…とちょっと後悔していた。でも、寝なかったら本当は面白いんじゃないかという期待もあって…。芝居の評価は人それぞれだし、高く評価する人もたくさんいると思う。でも私には難解すぎたし、合わない。それがわかったから後悔半分というところなんだけど。
今回は頑張って目を開けていたけれど、それでもちょっと暗くなったときとか、エピソードが変わる合間とか、すっと眠気に襲われた。だから、あれ、どうしてさっきのエピソードからこうなったの?ということも。まあ結局、エピソードには大したつながりはなくて、犬の国、新宿へのタイムスリップ、宝探し等々、断片をぽんぽん投げ込んできた感じだった。やっぱり一番記憶に残っているのは前回と同じ椅子取りゲーム、って…。漂流劇ってこういうことなのか、ってイメージ的にぼんやりとわかったような気にはなったものの、う~ん…。オリジナルの「ひょっこりひょうたん島」はとても楽しみに見ていたのに…。登場人物のキャラクターもあまり活きていなかったような…。そもそも芝居のワークショップが舞台で展開されているようで、そこに観客がついていくのはかなり大変なような気がした。
それから、全体に何となく閉塞感が漂っていたのも、見る方にとってはつらかった。
ただ、音楽は悪くなかったな。井上芳雄クン、安蘭けいさんはじめ皆の歌はす~っと耳に馴染んだし。
結局、私には想像力がないし、こういう芝居に対する感性もないのよね。ただ、カーテンコールが1回しかなかったこと、拍手が比較的普通だったこと(前回もそうだったかも)を思うと、他の人もなんかとまどっていたのかな。
<上演時間>130分(13301540
実際には1550終演だった。

 

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2016年1月23日 (土)

言いた~い、言えない他人の秘密:「七つの秘密」

121日 「七つの秘密」(紀伊國屋ホール)
AGAPEStore復活第2作(1作目は201412月、中島らも作「君はフィクション」)。「七つの秘密」は松尾貴史さんに頼まれて細川徹さんが書いたのだそうだ。演出はG2
ある会社のある課。課長の溝口(大高洋夫)以下6人の社員が働いている(事務の市川:松尾貴史、事務の勅使河原:池田純矢、経理の鈴木:宮崎秋人、経理の川島・シルビア・グラブ、営業の黒木:東加奈子、営業の水野:坂田聡)。7人のうちの6人にそれぞれ重大な秘密がある。それが次々明らかになっていく可笑しさ。秘密があまりに意表を突いている。秘密は、ひょんなことからA社員の秘密をB社員が知り、Bの秘密をC社員が知り、というふうに知られていく。知った方は、とんでもないもの(こと)を見ちゃった、「言いた~い」、でも言えないと身をよじる。それが可笑しくて可笑しくて。知られた方は知られたことに気づいていないか、気づいて秘密を共有する場合もある。社員の1人・鈴木が自分の恋心を知ってもらおうとパワポを使ったプレゼンをするのが可笑しくて可笑しくて。もうとにかく可笑しくて可笑しくて、100分のほとんど笑い転げっぱなし。
ただ1人、秘密がない水野という男は6人の秘密も全然知らない。この男、社内一のお喋りなのだ。みんな、彼にだけは知られたくないと思っている。
さて、6人の秘密は守られるのか。ああ、彼らの秘密、私も「言いた~い」。でもこの芝居はネタバレ厳禁だわ。ただ、キッチュの手品が23つ見られるよとだけ言っておこう。
カーテンコールでは、日替わりで出演者に課題があるらしく、今日は好きな早口言葉。鈴木(以下、役名で)は定番の生麦生米生卵。これいつできたんでしょうね~という誰かの疑問にキッチュが「昭和22年」と答える。もちろん出鱈目。
水野は「新人シャンソン歌手新春シャンソンショー」。川島は英語でPeter Piper picked a~。解説もしてくれた。市川は「ブスバスガイドバスガス爆発」(だったかな)。川島が「私の方見て言わなくても」と突っ込む。課長は学生時代に作ったという「右耳右耳み右耳、合わせて右耳む右耳」(だったかな)。勅使河原は「竹やぶに竹立てかけたのは~」(とても見事な早口言葉で感心した)。黒木は「右耳耳毛出ぎぎみ」とか言って、みんなが理解できず、もう一度言わせたら、耳毛出ぎみなんじゃないのと突っ込まれていた。私は耳毛出気味耳かなと思った。
とにかく、何のメッセージもなく、ただただ笑うだけのコメディ。それでいて、ちょっと怖さも感じた。ああ、もう一度見たいなあ。みんなの秘密を知っても又見たら又笑いっぱなしになりそう(紀伊國屋ホールの椅子はやっぱり苦手だけど)。でも明日で終わりなの。見られな~~い。

<上演時間>100分(14001540

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2016年1月 6日 (水)

眠くて眠くての12月分②:ひょっこりひょうたん島

1217日「ひょっこりひょうたん島」(シアターコクーン)
こまつ座のハガキによる先行販売では日程が決まらず、抽選販売に申し込んだら、意外にもハズれ。きっと人気だろうなとは思っていたが、見通し甘かったか。ハガキの先行販売ならきっと買えたのに。
2月の公演まで待つかと決めたら、キャンセル販売が出て、思わず購入してしまった。12月半ば過ぎの金曜日夜の部、絶対にこんな日に渋谷なんて行きたくなかったけど…。
座席は
2階の一番後ろ。でも舞台はよく見えた。でも、開演直前に突然モーレツに眠くなって…。
ひょうたん島って、テレビでずっと見ていたし、歌は今でもけっこうすいすい口に出てくるのに、筋はまったく覚えていない。登場人物だって博士(山下リオ。テレビの中山千夏の声が賢そうな博士にぴったりだったな)とドン・ガバチョ(白石加代子。藤村有弘のあのキョーレツな記憶のドン・ガバチョを白石さんが‼ さすが、の白石さんだった)くらいしか記憶になくて、でも芝居を見ているうちに、そうかそうかマシンガン・ダンディ(井上芳雄)もサンデー先生(安蘭けい)もトラヒゲ(小松政夫)もプリン(山田真歩)もいたっけなあと思い出してきた。マシンガン・ダンディ、人形劇でもかっこよかったのに忘れているとは…。

お芝居にもとくにつながったストーリーはなく、色々なエピソードの断片が次々展開していっているように思ったけど、ちょこちょこ意識が遠のいていたので、全然違っているかも。そんなわけでよくわからないまま進行していった。椅子取りゲームだけはっきり覚えている。あとは、生演奏しながら演奏家たちも加わった芝居とか、井上芳雄クンと安蘭けいさんの歌とか…ほかには言われればそういう場面があったなって思い出しそうだけど、今は記憶がぼんやりしている。

というわけで、感想のレベルにも達しない。
2月にもう一度見るので、もう少しちゃんとした感想が書けるといいのだけど…(2月のチケット、座席を間違えちゃった。最前列だ、やった~と思って真ん中辺を取ったら、2階席だった。1階最前列で寝ちゃったら大変だから、かえってよかったかしら。なんてもう寝る心配してる)。
<上演時間>130分(18302040

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2015年11月30日 (月)

笑いにくるまれた深いテーマ「ベイビーさん」

1111日 「ベイビーさん~あるいは笑う曲馬団について~」(Zeppブルーシアター六本木)
中島らも作品だもの、見ないわけにいかないし、とっても楽しみにしていた。そして期待どおりめちゃめちゃ面白かったけれど、まずこの芝居に関係ない前置きから。
10月歌舞伎座夜の部、メモが見つかったのでけっこう追加しました。
②初めて行く劇場だから経路を調べたら、劇場最寄の出口は麻布十番7番出口。南北線1本で行ける、楽勝~って思ったら、7番出口から地上に顔を出すのに78分、そこから劇場まで同じくらい、計15分もかかってしまった。しかも、鳥居坂という、江戸時代の人の苦労が偲ばれる急坂を腰痛に堪えながらのぼって…。途中、国際文化会館という建物があった。行きは何とも思わなかったのに、帰り、ハッと記憶がよみがえった。10年以上も前のこと、亡くなった大学教授を偲ぶ会だったかをここでやったのだった。急な鳥居坂を下りながら正面に「鳥居坂下」の表示を目にしたことが記憶を甦らせた。あの時はまだこの劇場はできていなかったのね~。

さて、本題。
ベロベロに酔ったピエロ(松尾貴史)が適当にお喋りする。落語の枕みたい。らもさんのモノマネがとてもうまくて、らもさん、いつもこうやって酔っぱらっていたんだろうなあと懐かしく偲んだ。
ピエロが引っこむとそこは戦場。関東軍の兵士が飛び交う弾丸をよけ、あるいは撃たれる。同じような場面でも「南の島」の時にはそんな気持ちにならなかったのに、今回はなぜかとてもいや~な気持ちになった。それだけ戦争が切実に感じられるようになってきたのだろうか。
塹壕に逃げ込んだ兵士・矢代(小須田康人)と堂山中尉(久保酎吉)2人の会話はこんな深刻な状況なのに可笑しい。中尉は塹壕に矢代を残し逃げるが、爆弾に吹っ飛ぶ…。
それから何年か後。ここはサーカスのテント。団員が歌い踊り、芸を披露している中、少年(ボーズ:鈴木勝吾)が逃げ込んでくる。団員の食事であるイモを盗んだのだ。孤児で3日食べていない。飯炊きおババ(植本潤)に徹底的に追い詰められるが、力もちのチカラさん(坂元健児)が自分のおやつを上げたことにして救われる。サーカス団の食糧事情のきびしさ、チカラさんの優しさがわかる。チカラさんだけでなく団員はみんな優しい。行くところのないボーズは一輪車に乗れるようになったらサーカスに入れてやると言われ、練習を始める。団員はこの時代、ある意味社会の底辺にいる人たちなんだろうが、本当にみんな優しい。と言うか、戦争のさなかにあって人間性を失っていない。ピエロさんがボーズに一輪車を教える。キッチュは多才だが、一輪車もうまい。ボーズはおかげで一輪車に乗れるようになるわけだが、鈴木さんは当然乗れるのに乗れない演技をしているわけで、出来る人が出来ない演技をするのは難しいだろうなあと思った。
役者さんの芸がみんな見事‼ それぞれの担当を十二分にこなし、魅せる。チカラさんは「ミニ五郎丸」とか茶化されてウケていた。たしかにとっても力持ちなのだ。バランス芸もすごい。ママさん(林希)は高い所で葛の葉の書を見せる。曲書きを期待したが、そこまではいかず、チカラさんが支える障子の上で「恋しくば~」の歌を書き、障子の中へと消える。チカラさんの腕が途中からぶるぶる震えだして、ちょっとハラハラした。タズマさん(木下政治)のマジックはなかなかの腕前。
玉(入来茉里)は側転とか動きがとてもきれいだった。新体操を12年もやっていたという経歴に納得。ほかに象使いのゾウさん(井澤勇貴)はサーカスの司会が「らしく」てよかったし、飯炊きおババの植本さんはカタカタさんという綱渡り芸人の2役目で綱渡りも披露した。
誰だかよくわからなかったが(木下さん?井澤さん?)の中国剣法はすご~く迫力があった。

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2015年11月25日 (水)

10月分⑤:「ヴェローナの二紳士」

1027日 「ヴェローナの二紳士」(さいたま芸術劇場)
ホールに入ったとたん、ガラクタ市か骨董市か、舞台いっぱいに石造、石膏像、家具、絵画、花等が並べられている。大きな二面鏡(? 三面鏡?)が3つ。天井からはヴェローナの市章のペナントが下げられている。オペラグラス忘れた。前日の外出の際不要だったので出したまま。バッグは同じなのに…。
両通路から出演者が本物の犬と一緒に出てきた。犬を連れているのは狂言回し的存在のラーンス(正名僕蔵)。本物の犬がよくおとなしくしているなと感心した一方で、犬を引っ張りながらあるいは犬に引っ張られながらの演技はたいへんだろうとちょっと同情した。でもシニカルなラーンスに正名さんはぴったり合っていた。
さて、この物語、進行していくうちにどこかで見たような気がしてきたが、実際に見たのかどうなのかの記憶はない。決して好きな話ではない。「二紳士」とは言うけれど、嘘で人を陥れようとするプローティアスはどこが紳士なの? ジュリアに自分からアタックしておきながら、友人の恋人であるシルヴィアに一目惚れして、それを成就させるために友人を陥れる。こんな男をジュリアはなぜいつまでも思い続けるの? シェイクスピアの意図がどこにあるのか、私には結局わからなかった。
ジュリアの溝端淳平クンは、先に見た友人がミスキャストと言っていたが、私にはそうとも思えなかった。少なくとも遠目にはきれいだったし、純粋さもよく伝わってきた。シルヴィアを追うプローティアスをさらに追って階段を駆け上がるジュリアの姿はちゃんと女の子だったし。いじらしくて可愛そうになってしまったわ。
プローティアスの三浦涼介クンはこの役を上手に演じていたと思う。だからこそ、この男がイヤな男に見えたんだろう。
プローティアスの友人であるヴァレンタインの高橋光臣さんは、役にぴったり。トトリの年下の先輩役にちょっと通じるものを感じてしまった。
ヴァレンタインと恋仲になるシルヴィアの月川悠貴さんがさすがの存在感。優美で賢く、自分をしっかり持っている女性をやらせたら右に出るものはいないだろう。カーテンコールでのお辞儀も本当に優美だった。
最高に面白かったのがジュリアの侍女ルーセッタ役・岡田正さん。太った体型とジュリアを思う気持ちが絶品だった。
プローティアスの父アントーニオと、シルヴィアの父ミラノ大公の2役横田栄司さんは、コミカルな人間を楽しんで演じている感じだった。セリフの明晰さはさすがだ。
嫌な話とはいえ、それなりに面白かったものの、シェイクスピア、ちょっと飽きてきたかも…。
<上演時間>155分(14001455)、休憩15分、第270分(15101620

さて、1カ月遅れの10月分レポもこれで終わり。やっと終わって11月分に取り掛かれると思ったら、もうすぐ12月。体調次第だけど、また1カ月遅れになりそう…。

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2015年9月16日 (水)

「國語元年」

914日 「國語元年」(紀伊國屋サザンシアター)
かなり前にテレビドラマで一部分だけ見たことがある。その時は「國語元年」というタイトルとは知らず、細部は忘れたけれども、明治初期、日本に統一語を作ることを命じられた役人(?)が苦労をする話でとにかく面白かったことを覚えている。舞台は初めて見ることもあって、楽しみにしていた。そして期待は裏切られなかった。
原作(文庫)を買ったのだが、それはテレビ版の原作だった。芝居では、テレビ版に登場していた主人公・南郷清之輔と妻・光の子供がいない。また、キャラクターや出身地(つまり話す方言)がテレビと芝居では異なる登場人物もいた。
物語は明治7年、文部省学務局四等出仕小学唱歌取調掛である南郷清之輔(八嶋智人)が、文部少輔・田中不二麿閣下から全国統一話言葉の制定を命じられたことによる悲喜劇である。南郷家には、鹿児島弁を話す南郷重左衛門(清之輔の岳父:久保酎吉)、光(清之輔の妻:朝海ひかる)、江戸山の手言葉を話す女中頭・秋山加津(那須佐代子)、江戸下町方言の女中・高橋たね(田根楽子)、南部遠野弁の車夫・築館弥平(佐藤誓)、名古屋弁の書生・広沢修二郎(土屋裕一)、羽州米沢弁の女中・大竹ふみ(森川由樹)、小学唱歌編集のために迎えたアメリカ帰り、時々英語を話すが日本語が不自由で主として無口な江本太吉(ピアノを弾く:後藤浩明)が住んでいて、いろんなお国言葉が飛び交っている。そうそう、主の清之輔は主として長州言葉を話す。そういうややこしい家へ、河内弁をまくし立てる元女郎の御田ちよ(竹内都子)が怒鳴り込んでくるわ、なんかうさんくさい京言葉の自称公家・自称国学者・裏辻芝亭公民(たかお鷹)が図々しく押しかけてくるわ、会津弁の強盗・若林虎三郎(山本龍二)が押し込んでくるわで大騒ぎ。結局ちよは女中として、公民と虎三郎は居候として南郷家で暮らすことになるから南郷家ではますます色々な方言が飛び交うことになる。時に互いの言葉が通じなくなったりもするが、見ているこちらも方言をいわゆる標準語に直して聞き取るから理解にタイムラグが生じる。
彼らは清之輔を愛しており、その重要な仕事を成功させてやりたい、成功させてほしいと思っている。その一方でそれぞれの方言を統一話言葉として選んでほしい。それが清之輔を混乱させる。言葉の統一が一個人にできるわけもないのに(恐ろしい命令を受けたものである)、職務に忠実、真面目な清之輔はただひたすら奮闘努力、悩んで悩んで悩んだ末に世にも奇妙な新しい言葉――文明開化語を作り出す。だが、そんな言葉が認められるはずもなく、勤めていた学務局も廃止になってしまう。清之輔は精神を病み…(恐らく、文明開化語を考え出した時にはもう精神を病んでいたのであろう)。
登場人物それぞれの個性が強烈で面白い。時にぶつかり合うことがあっても、みんな心根はあたたかい。だから若林虎三郎が押し込んできても、会津藩士だった彼の事情を知ると南郷家に受け入れ、その消息を心配する、虎三郎は虎三郎で清之輔のために田中閣下のところに押し入って閣下を殴ったり、文明開化語で押し込み強盗ができるかどうかを試して逮捕されてしまったりする(薩長と会津は敵同士だったのに、だ)。かつて清之輔をスケコマシと誤解して怒鳴り込んできたちよもまた、清之輔のために体を張って田中閣下のところに掛け合いに行く。そういう優しさが可笑しさのあちこちに鏤められていて、胸を打つ。

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