演劇一般

2018年7月14日 (土)

Water by the spoonful

79日 「Water by the Spoonful」(紀伊國屋サザンホール)
なんかめんどくさいタイトル、というのがこのお芝居を知った時の第一印象。ウォーターなんとかとしか覚えられない。「スプーン一杯の水、それは一歩を踏み出すための人生のレシピ」という副題(?)もめんどくさくて全部読む気が起こらない。だったのだが、観劇当日、真剣にタイトルを読んだら、なんだ、見た目だけで覚えることを脳が拒否していただけだった(だから、もうちゃんと言えるよ)。
ただ、お芝居自体はそう簡単ではなかった。まったく予備知識なく見たから、最初の方の途中からよくわからなくなって、それがだんだんわかるようになってきて、でもところどころ戸惑ったりして…戸惑うと目を瞑りたくなって…いかんと目を開いて…。ところが、ラスト、急にわかったような気になって(気になっただけで、わかってない、きっと)、ひどく感動してしまった。
G2
さん演出の芝居は時々見ているが、バーチャルとリアルが交錯する世界は時間が交錯する「モジリ兄とヘミング」を思い出させた。それでな~んとなく交錯の整理ができたような…これもそんな気になっているだけ。
ドラッグ依存というのは自分には縁のない病気(敢えて病気といわせてもらう)ではあるが、有名人の逮捕などで身近に感じることも事実である。最初は単なる興味や苦しみからの逃げに走ったのかもしれないが、深みにはまりきっと彼らは彼らなりに苦しんでいるんだろうな、と人間の弱さをいつも思っていた。だから、セリフが翻訳モノであることを感じさせても、人種が多様であっても、イラク戦争で負傷した帰還兵がいても、外国の特殊な話という感じはあまりせず、むしろ普遍的な人間の痛みを感じた。っていうのは、全部ラストで感じたことね。
現代劇初挑戦の右近さん狙いで見たのだが、右近さんはイラク戦争の帰還兵という存在(重い存在だよね)を、時に激しながら瑞々しく演じていた。女方としては篠井さんの演技が参考になったかな、どうかな。
篠井さんの女方(あるいは篠井さん自身かも)を舞台で見るのは初めてで、その自然な存在感に圧倒された。すごくきれいだった。
もう一度見れば、もっとわかる、きっと。でももう一度は見られない…。
<上演時間>第一幕55分(14001455)、休憩15分、第二幕75分(15101625


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2018年3月 9日 (金)

2月積み残し:「モジリ兄とヘミング」

228日 「モジリ兄とヘミング」千穐楽(中野劇場MOMO
G2さん作・演出ということでチケットを申し込んだのはいいけど、MOMOってどこ? A4の紙いっぱいに地図を印刷していったのに中野駅前の交番で聞く羽目に。おまわりさんが地図を見ている間に私、目印の店舗を発見。地図の読めない私に微笑んでくれたおまわりさんにお礼を言って、劇場へ。
約90席のこぢんまりした劇場MOMO。ステージ(客席と同じ高さのフロアに三角形の机がいくつか置いてあって、その並び方の変化で色々な場所になる)を真ん中に、客席は向かい合う形に階段状に設えられていた。大劇場にしか慣れていない私は、役者さんとの距離が近い分、緊張する。
でも、お芝居が始まったら、ぐんぐん引き込まれて、そういう緊張はほぐれていった。逆に、茂尻安仁と辺見藤子、アカネ、そして安堂剛志との関係に緊張した。ヘミング(鹿野真央)の強い愛に感動し(すっごく可愛い女性なの)、若きモジリ兄(塚越学)のダメ男というかクズぶりにはいらっとし、アカネ(神田朝香)の狂気にはうっすら恐怖を覚え、安堂(小林大介)の役者としてのエネルギーにも一種の狂気のようなものを感じた。あるいはみんな、それぞれ何かしら、狂熱というかパッションというか、そういうものをどこかにもっているのかしら。
話はある会社の人事査定がAIによって行われ、勤続何十年かの中年サラリーマン茂尻安仁(林田一高)がクビになり、新入社員(岸天智)が常務になることから始まる。あながちフィクションとも思えないよな、と茂尻安仁に同情しながらも、使えない社員が切り捨てられるのは仕方ないのか、とため息も出る。そんな茂尻安仁のところへ、娘(神田朝香)が結婚すると言ってくる。相手は警備員で、なんと50いくつかの冴えないオッサン(有川マコト)。そこから、話は過去へと飛ぶ。1人の役者さんがここには書いていない役も含めて何役かやるし、過去の(つまり若い)モジリ兄とモジリ兄になりきる役者安堂がどっちが本物かというくらい絡み合い(ずっと前に見た「名探偵モンク」でモンクを描いた映画を作ろうとする話があったが、モンクを演じることになった俳優のことを思い出した)、虚なのか実なのか、単純なのか複雑なのか、そんな展開を見せるのでちょっと不安だったけれど、ストーリーにはちゃんとついていけた(と思う)。でもうまく説明できないから省略。

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2017年7月24日 (月)

子供のためのシェイクスピア「リア王」

718日 子供のためのシェイクスピア「リア王」(あうるすぽっと)
170724kinglear 華のん企画の先行販売時には予定が立てられず、当日券で観劇。この日、池袋は日中嵐のような天候で、昼の部だったら行かれないところだった。その残したものを見ると、昼間はリア王の荒野みたいだった?なんて。
開演前、イエローヘルメッツ登場でリア王役の福井貴一さんが「昼間雹が凄かった」と言っているのに、客席の反応は薄い。知らなかった人が多い感じだった。子供は元気、子供の元気には想像力がある、観劇は想像力を養うというような話の後の歌は福井さんのソロで「ピアノ」。
イエローヘルメッツが引っこんでから来る人も多く、ちょっともったいない。もっと宣伝すればいいのにと思った。

さてお芝居は、何と言っても伊沢磨紀さんの不在が大きい。寂しさだけでなく、存在感の大きい人がいないことによる穴のようなものも感じた。それはさておき。
物語には一貫して、人間の愚かさが流れていた。善玉と悪玉がはっきり分かれていて、みんなそれぞれが愚かである。リア王はそのどちらでもなく、ただ自分の愚かさに翻弄される。で、面白いのは、王に忠実な善玉よりも、悪玉側である。それぞれが悪知恵をめぐらすのも面白いし、ワル姉妹が1人の男(エドマンド)をめぐって諍いを起こすのも面白い。欲に狂う人間の醜さは面白い(恐らくそれを冷静に眺めているのは一番の悪玉エドマンドではないだろうか)。エドマンドが歌舞伎の「もどり」みたいに、ラストでコーディリアの処刑命令を告白するのも面白い。まるで存在感の薄かったオールバニが最終勝者になるのも面白い。だが悪玉だけでなく善玉側の人間も破滅に陥るのは、何とも救いがない。というか、そこがシェイクスピアの面白さなのかもしれない。
山崎さんの工夫はいつもながら見事(舞台は机と椅子だけとか、黒マント使いとか、人形の存在とか)で、物語を知っていてもどきどきはらはらするような展開であった。とくに、物語が進むにつれ、大きなうねりが舞台全体に感じられ、王がさまよう荒野、ドーヴァーの崖や戦争の様子が目に見えるようであった。もっとも、それは逆に物語を知っているからであって、独白や12役(リア王、グロスター、エドマンドを除いて2役)も含めて知らない人にはちょっと複雑なんじゃないかという気もしないではない。

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2017年5月 5日 (金)

4月分②:「化粧」

430日 「化粧」千穐楽(紀伊國屋劇場)
「化粧」といえば渡辺美佐子だったが、私は渡辺さんでは見ていない。実は、平淑恵さんの「化粧」は20143月(平さん2度目の公演)にも見ているのだけれど、あの時はなぜか感想を書けないほど爆睡してしまい(あんな熱演に対して申し訳ない。爆睡という割にある程度内容は覚えているし、あの上品でおとなしげな平さんが、と驚いた記憶はあるけど、自分の気持ちがついていかなかった。)、すっごく後悔していたから、再々演があれば絶対見ると決めていた。チケットは当日券も完売となっていた。
劇場には昭和歌謡・演歌が流れ、古びてさびれた楽屋と思しき舞台には五月洋子一座の幟が何本も立っている。それだけで、「化粧」の世界がぐっと迫ってくる。しかし正直、今回も自分の気持ちがこの芝居の、また五月洋子のすべてを受け止めきれてはいない。
現実なのか五月洋子の妄想なのか、しばらくの間は現実のものとして見ていられるのだけど、時々洋子が発する「どうしてこの芝居には1人しか出てこないんだ」(正確じゃないかも)というセリフから、これは<妄想>の世界だとわかる。洋子も現実ではないと一瞬気づきながら、すぐに自分の世界に戻っていく。でも、訪ねてきた息子はどうなんだろう。現実のようでもあり、妄想のようでもあり……私は現実と思いたい。感動の再会のはずがとんでもないオチとなり、洋子はついにこわれる。途中で時々揺れる楽屋は洋子とともにこわされる。
衰退した大衆演劇の女座長と母親――幼い頃に捨てざるを得なかった息子にかわり、大衆演劇は五月洋子にとって子供であったのではないか。1日たりとも忘れられない息子だったからこそ、自分の一座と芝居に打ち込んだのではないだろうか。そして洋子が演じるのは、自分の現実と重なる「伊三郎別れ旅」。

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2016年8月31日 (水)

8月分④:「頭痛肩こり樋口一葉」

817日 「頭痛肩こり樋口一葉」(シアタークリエ)
前回、芝居も面白かったけど、若村麻由美さんがとってもチャーミングだったから、ぜひ又見たくて、それが主で取ったチケット。
出演者は6人の女優のみ。樋口家の母親・三田和代、夏子・永作博美、妹邦子・深谷美歩、没落したお姫様お鑛・愛華みれ、恵まれた生活から転落していかざるをえない女・八重(熊谷真実)、そして女郎・花蛍の幽霊(若村麻由美)。キャストは夏子が前回の小泉今日子さんから永作さんに替わっただけで、あとの5人は同じ。
期待に違わず若村さんは今回もきれいで弾けていて、お人好しで、明るくて悲しくて、ほんとに若村花蛍は大好き。狂言回しのようでもあり、唯一死の世界から現世を見ている人物であり(終わりに近づくと死者は増えるが)、それでいて自分が何を恨んでいるかわからず(だから成仏できていない)、一葉との会話から自分の前世を知り、恨みの元を次々辿っていくという、なんとも能天気というかユーモラスな幽霊・花蛍。絶品だったという新橋耐子さんは見ていないから私のスタンダードは若村さん。
二幕目の大半を、彼女の物語、演技にもっていかれた。皇后にたどり着く一つ手前の恨みの相手のところに出陣する時は、歌舞伎風に何度もくるくる回って、出陣しそうになっては戻るを繰り返し、夏子に「早く行け‼」と命令される始末。すると、ついには六方風に下手へ消えて行く、客席から思わず拍手が湧いた。花蛍は実に魅力的な役だが、体力的には一番大変だっただろう。
さて、その花蛍の姿が見えるのは<死>を意識している一葉(夏子)だけ。その身に<死>がまとわりついているような夏子だが、永作さんからは生きていること、未来を生きることへの魂の叫びを感じた。声を張り上げてもキンキンしないのがいい。女たちをがんじがらめに縛っている因縁の糸に筆で戦いを挑んだという夏子の言葉には、腹の底から感動した。永作さんは、女たちの会話をじっと聞いている時も、その<戦い>を、どうやって戦いを挑もうかを、常に考えているように見えた。それでいて、幕開け、子供たちが盆の歌を歌いながら歩いているのだが、その子供たちももちろん6人の女優さん。客席からは笑いが起きていたが、永作さんだけは童顔で子どもとしての違和感が全然なかいのだ。

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2016年8月14日 (日)

7月分⑥:子供のための「オセロー」

719日 子供のためのシェイクスピア「オセロー」千穐楽(あうるすぽっと)
前回見たのが2013年の「ジュリアス・シーザー」で、去年の20周年記念公演もパスしてしまったから、3年ぶり(2年ぶり? 「ぶり」っていうのがよくわからない)。ということで、開演前にイエロー・ヘルメッツの歌があることをすっかり忘れていた。早めに着席してよかったぁ。
山崎清介さんの「小4のときに盆栽に興味を持った。地味な趣味だが、みうらじゅんさんの趣味の仏像も地味。そのみうらさんの作った『おはよう舞妓さん』を歌います」で歌が始まった。「勝手に観光協会」の歌は前にラジオで何曲か聞いたことがあるが、この歌は初めて。なかなか悪くない。
ところで、新幹線の座席のアームの先端の丸い部分が、後ろから見ると仏像の頭に見えるんだそうだ、みうらさんには。
「オセロー」
「オセロー」をこう料理するんだと、山崎さんの脚本・演出はやっぱり素晴らしいと感心する。人物の心のうちや独白を、黒ずくめの人たちが代言することで、彼らのたぎる思いが伝わってくる。旗持ちの人形にイアゴーの心を語らせることで、冷血に知恵をめぐらせて獲物を陥れるイアゴーの嫉妬が熱く熱く渦巻いていることもわかる(いつも、人形の存在感すごい)。全体にはところどころユーモラスな場面も差し込み、くすっと笑わされながら、嫉妬心の恐ろしさ、一度生じた疑念を払拭できない人間の業の深さを感じ取った。
イアゴーは山崎さん!! 油の抜けたようなところが案外ぴたっとはまって面白かった。
オセローは河内大和さん。写真を見たら強面すぎてどうなることかと懸念したが、声がきれいでデズデモーナへの一途な思いが可愛らしく見えた。イアゴーの罠に落ちていく愚かさは、勇猛な軍人であるが故の、駆け引きを知らぬ悲しさでもあると思った。キャシオーは二枚目で(このカンパニーの二枚目といえば若松力さん)女性にはモテてもやはり軍人であり、イアゴーの知恵には勝てないのだ。
デズデモーナの大井川皐月さんはちょっと金切声をあげすぎるような気もしたが、芯の通った強さ、清廉さが悲劇を強調した。意外と雄弁なので声が気になったのかもしれない。デズデモーナに対してこれまでもっていた印象とずいぶん違うが、そこが新鮮で人間味が感じられ、この女性が非業の死を迎えなくてはならないことが悲しかった。
伊沢磨紀さんが今回も男性である公爵と女性であるエミリアを演じていて達者である。
他の出演者(おなじみ戸谷昌弘さん、山口雅義さん、加藤記生さん)もそれぞれ独特の存在感があって、2時間とても面白かった。
子供のためのシェイクスピアシリーズは、セリフもわかりやすく、人間がよりむき出しになる感じがして、とくにオセローのような芝居には適しているのではないだろうか。それにしても、ハンカチの真実はなぜもっと早く明らかにならなかったのだろう。このタイミングで明らかになれば…、次のタイミングで明らかになれば…というハラハラ感も楽しめた。
<上演時間>120分(1401600

 

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2016年7月24日 (日)

6月分⑧:メルシーおもてなし

626日 「メルシーおもてなし」千穐楽(パルコ劇場)
千穐楽を取ったはいいが、日曜日の渋谷…人人人…最悪。
開演前に中井貴一さんのアナウンスが入った。パルコ劇場はあと2カ月で閉館ということで、43年の歴史がその幕を閉じる(閉館ではあるけれど、リニューアル閉館だから)。本公演はラストランである。志の輔さんが1人で築いてきた落語を12人が演じる。スタッフも合わせると総勢50人ということだった。

さて、確かに落語だった。とくに、2人でする会話は高座が目に浮かびつつ芝居を見ているという不思議な感覚。
けっこうショックだったのは中井貴一さん。オッサン感ばりばりなんだもの。最初、一瞬このおっさん誰だろうって思ったくらい。ズボンがそう見せる? 上方が? 眼鏡が? いや、そういう外観もだけど、言動すべても。おっさんの演技がうますぎる。
町内の抽選会は、笑った笑った。阿南健治さんの大熱演が可笑しくて可笑しくて。
FAX
の件は長くてダレかねないところを役者の力量で笑わせて、結局間違いFAXの受信が間違いFAXの送信に繋がるのがウケた。うちにも時々間違いFAXが来て、放置しておいたものか、知らせるべきか、迷うから、身につまされつつ、笑った。中井さん、勝村正信さん(うまいよね~)の早口せかせかの中で、YOUさんのあの独特の喋りが案外活きていた(通常は、あのべた~とした喋り苦手なんだ)。
外務省の役人音尾琢磨さんがまた可笑しかった。フランスの外交官夫人とその娘にひな人形工房と日本の生活感あふれる商店街を案内する、その役目として彼に「白羽の矢が立った」のである。それは名誉なことだと言う人たちに、彼は白羽の矢には2つの意味がある。1つはいい意味だが、もう1つはいけにえになるということ、自分の場合は後者だと、最初からネガティブ思考なんである。商店街の人たちとの噛み合わなさ――彼自身も語っていたが、役人の立場って実際こういうものなんだろう。だから彼自身はその立場がなければ、商店街寄りの感覚・考えを持っているに違いない。
通訳役としてサヘル・ローズさんが出ていたのが嬉しかった。好きなんだ、サヘルさん。きれいで知的で、過酷な経験をしているのに大らかな明るさがあって。舞台には登場しない外交官夫人と娘の存在を実感させる大事な役どころにぴったりだったと思う。
役人の立場とか、活気のない商店街の実情とか、笑えない問題を笑いの中で考えさせられた(とくに商店街の問題は、テレビでもよくやってるし)。笑いの場面は、千穐楽なのでところどころ普段に比べてハイテンション、ハイパワーだったらしい。


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2016年6月20日 (月)

尺には尺を

611日 「尺には尺を」千穐楽(さいたま芸術劇場)
シェイクスピアシリーズ第32弾(残り、あと5本)。先にカーテンコールのことを言うと、2回目に蜷川さんのパネルが下りてきて(「MUSASHI」の時の井上ひさしさんのパネルを思い出した)、思わず涙が出た。あらためて、ご冥福をお祈りします。

開演前、俳優が舞台で思い思いに準備体操したり発声練習したり、お喋りしたり。その中で白いドレスの女性、ひときわほっそりして顔が小さいからオペラグラスがなくてもすぐに多部(美華子)ちゃんだってわかった(多部ちゃん好きだから、オペラグラス忘れたの痛恨の極み)。やがて舞台に壁が立ち、衣裳がかけられたハンガーラックが運び込まれて、それぞれが自分の衣裳(マントとか上衣類)を身に着け、全員が並んでお辞儀をすると芝居が始まった。
最初の30分は眠かった。大まかには見ていたのだけど、時々瞼が落ちる。その後、やっと面白くなってきて第2幕はちゃんと見た。
真っ直ぐで才気煥発、よく喋るイザベラは多部ちゃんにぴったり。多部ちゃん自身のストレートさに重なって見える感じがとても可愛くて、私はけっこう思い入れができた。
藤木(直人)さんは2回ドラマで共感できない男の役をやったが(普段見ないドラマをたまたま見たら、たまたま両方ともそういう男だった)、アンジェロは<3回目>。二枚目なのにイヤな男(「ヴェローナの二紳士」のプローティアスよりはず~~っといい。だって、アンジェロには共感できなくても理解はできるもの。それにしても私、まだプローティアスに怒っているのか…)、藤木クンうまい。「海辺のカフカ」の大島さんよりずっといいと思った。
公爵の(辻)萬長さん、面白かった。どんどん話を進めていっちゃって、それはどこかで失敗しそうな期待(?)をもたせていたのに、結局まるく収めたってことなのかな。でもラストの一言には客席みんなびっくりだっただろう。もちろん私も唖然(さあ、イザベラ、どうする?)。周囲にとって、こういう困った善人が一番タチが悪いのかも、と最後に思ったのだった。 
「尺には尺を」のお話自体は全体としてはそんなに面白いと思わなかったが、ところどころ「ほぉ」という面白さがあり、また上の3人を含めた役者さんの個性と魅力が活きていて楽しめた。
<上演時間>190分(13301500)、休憩20分、第270分(15201630
与野本町から劇場まで真昼間の徒歩は暑くて汗だくになってきつい。並木で木陰作ってほしいのに、枝思い切り切ってあるんだものなあ。

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2016年2月12日 (金)

再見むなしい「ひょっこりひょうたん島」

210日 「ひょっこりひょうたん島」(シアターコクーン)
12
月に見たものの、相当時間寝ていたのでリピート。でも、後悔半分。というのは、まずこの凱旋公演のチケットを取ったのが12月はじめ。ということは初回観劇よりずっと前。本当は一度見て面白かったら2月の分を取りたかったところ。でも12月分のチケットも奇跡的に戻りが取れたことを考え(立ち見もあったからな。今回も立ち見が出ていた)、用心して申し込んでしまった。そうしたら最前列があいてるじゃない。最前列なら通路際でなくてもいいわねとそのゾーンの真ん中をゲット。ところが、ショック‼ 発券のときそこは2階最前列であることを初めて知ったのだ(愚かな私、1階最前列があいているわけないよね)。これは初回観劇でわかったことだが、2階なら最後列で十分。むしろ後ろを気にしないですむ分、見やすい。ということで、座席で失敗。そして、前回眠かったのは自分の体調ばかりでなく芝居が自分に合わなかったからだと今回あらためてわかった。前回観劇後、2度見る必要はあるのかしら、チケット取っちゃったから行くけど…とちょっと後悔していた。でも、寝なかったら本当は面白いんじゃないかという期待もあって…。芝居の評価は人それぞれだし、高く評価する人もたくさんいると思う。でも私には難解すぎたし、合わない。それがわかったから後悔半分というところなんだけど。
今回は頑張って目を開けていたけれど、それでもちょっと暗くなったときとか、エピソードが変わる合間とか、すっと眠気に襲われた。だから、あれ、どうしてさっきのエピソードからこうなったの?ということも。まあ結局、エピソードには大したつながりはなくて、犬の国、新宿へのタイムスリップ、宝探し等々、断片をぽんぽん投げ込んできた感じだった。やっぱり一番記憶に残っているのは前回と同じ椅子取りゲーム、って…。漂流劇ってこういうことなのか、ってイメージ的にぼんやりとわかったような気にはなったものの、う~ん…。オリジナルの「ひょっこりひょうたん島」はとても楽しみに見ていたのに…。登場人物のキャラクターもあまり活きていなかったような…。そもそも芝居のワークショップが舞台で展開されているようで、そこに観客がついていくのはかなり大変なような気がした。
それから、全体に何となく閉塞感が漂っていたのも、見る方にとってはつらかった。
ただ、音楽は悪くなかったな。井上芳雄クン、安蘭けいさんはじめ皆の歌はす~っと耳に馴染んだし。
結局、私には想像力がないし、こういう芝居に対する感性もないのよね。ただ、カーテンコールが1回しかなかったこと、拍手が比較的普通だったこと(前回もそうだったかも)を思うと、他の人もなんかとまどっていたのかな。
<上演時間>130分(13301540
実際には1550終演だった。

 

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2016年1月23日 (土)

言いた~い、言えない他人の秘密:「七つの秘密」

121日 「七つの秘密」(紀伊國屋ホール)
AGAPEStore復活第2作(1作目は201412月、中島らも作「君はフィクション」)。「七つの秘密」は松尾貴史さんに頼まれて細川徹さんが書いたのだそうだ。演出はG2
ある会社のある課。課長の溝口(大高洋夫)以下6人の社員が働いている(事務の市川:松尾貴史、事務の勅使河原:池田純矢、経理の鈴木:宮崎秋人、経理の川島・シルビア・グラブ、営業の黒木:東加奈子、営業の水野:坂田聡)。7人のうちの6人にそれぞれ重大な秘密がある。それが次々明らかになっていく可笑しさ。秘密があまりに意表を突いている。秘密は、ひょんなことからA社員の秘密をB社員が知り、Bの秘密をC社員が知り、というふうに知られていく。知った方は、とんでもないもの(こと)を見ちゃった、「言いた~い」、でも言えないと身をよじる。それが可笑しくて可笑しくて。知られた方は知られたことに気づいていないか、気づいて秘密を共有する場合もある。社員の1人・鈴木が自分の恋心を知ってもらおうとパワポを使ったプレゼンをするのが可笑しくて可笑しくて。もうとにかく可笑しくて可笑しくて、100分のほとんど笑い転げっぱなし。
ただ1人、秘密がない水野という男は6人の秘密も全然知らない。この男、社内一のお喋りなのだ。みんな、彼にだけは知られたくないと思っている。
さて、6人の秘密は守られるのか。ああ、彼らの秘密、私も「言いた~い」。でもこの芝居はネタバレ厳禁だわ。ただ、キッチュの手品が23つ見られるよとだけ言っておこう。
カーテンコールでは、日替わりで出演者に課題があるらしく、今日は好きな早口言葉。鈴木(以下、役名で)は定番の生麦生米生卵。これいつできたんでしょうね~という誰かの疑問にキッチュが「昭和22年」と答える。もちろん出鱈目。
水野は「新人シャンソン歌手新春シャンソンショー」。川島は英語でPeter Piper picked a~。解説もしてくれた。市川は「ブスバスガイドバスガス爆発」(だったかな)。川島が「私の方見て言わなくても」と突っ込む。課長は学生時代に作ったという「右耳右耳み右耳、合わせて右耳む右耳」(だったかな)。勅使河原は「竹やぶに竹立てかけたのは~」(とても見事な早口言葉で感心した)。黒木は「右耳耳毛出ぎぎみ」とか言って、みんなが理解できず、もう一度言わせたら、耳毛出ぎみなんじゃないのと突っ込まれていた。私は耳毛出気味耳かなと思った。
とにかく、何のメッセージもなく、ただただ笑うだけのコメディ。それでいて、ちょっと怖さも感じた。ああ、もう一度見たいなあ。みんなの秘密を知っても又見たら又笑いっぱなしになりそう(紀伊國屋ホールの椅子はやっぱり苦手だけど)。でも明日で終わりなの。見られな~~い。

<上演時間>100分(14001540

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