演舞場

2016年9月17日 (土)

「婦系図」に鳴りやまぬ拍手

911 九月新派特別公演千穐楽夜の部(新橋演舞場)
160917kitamura チケットを取った時は、私も含めて1列の両端しか売れていなかったのが行ってみたら私の列はだいぶ埋まっていた。それでもやっぱり見える範囲は寂しい。
「口上」
初日とほぼ同じだが、違う部分を少し(初日と同じ方は省略)。
八重子:喜多村緑郎襲名は「おめでとう」ではなく「ありがとう」と言いたくなる。(緑郎さんが若くなって戻ってきた、のところで客席から笑いと拍手が起きた)
松也:昨年9月、月乃助最後の舞台で共演した自分が今回出演するのは何かの縁。(「あらしのよるに」でのアクシデントの話は出なかった)
春猿:竹馬の友と言うべき人の襲名は誇らしい。
猿弥:かわいい後輩が歌舞伎から新派に活躍の場を移し、ますますの活躍をするのは嬉しい。(ダンちゃんの話は出なかった)
久里子:先代は私の祖父六代目菊五郎と懇意で、「一本刀土俵入」の我孫子屋で共演し(菊五郎:茂兵衛、緑郎:おつた)、父との共演では「瞼の母」で母親役をやってくれた。大先生の名前を継いだことは嬉しい。(初日にもこの話をしていたような気もするが、私が書いていなかったので)
緑郎:初代は新派のみならず、日本の演劇界に大きな足跡を残した人。29年間師匠のもとで修業してきたことを糧に茨の道に真正面から挑む。
「婦系図」
8年前に仁左様の主税、久里子さんのお蔦、八重子さんの小芳で見ている。その時が初見で、それまでもっていた「婦系図」に対する認識ががらっと変わったものだった(それまで「婦系図」の世界をほとんど全然知らなかったことを認識したと言ったほうが正しい)。今回は初代喜多村緑郎本による上演で、前回とは少し違う箇所があるようだった。
前回、だいぶ理解が進んだその世界だが、やっぱり未だよくわからないのが真砂町の先生(柳田豊)と主税の心の関係。先生がどれほど主税を可愛がっていたのか(柳橋の柏家で主税についに「女を捨てます」と言わせた後、「涙を乾かしてから外へ出ろよ」と声をかけた先生の気持ちにはちょっと心打たれた)、主税がどれほど恩義を感じていたかはわかるのだが、お蔦と主税をどうしてそこまでして別れさせたいのか、前回と同じ疑問が残った。自分自身芸者に子を産ませてしまったことへの苦悩がそうさせたのかもしれない。でも、ラスト死の床にいるお蔦のもとに駆けつけて許しを乞うなら…って、そういう時代だったんだろうな。
久里子さんは可愛らしくいじらしい。一途で耐え忍ぶ哀しい女がよく似合う。久しぶりに主税と連れだって湯島の境内を歩く姿には日蔭の女の嬉しさ、愛らしさが全身からにじみ出ていた。体調がすぐれないお蔦も体型が変わるわけじゃないのに、病んだ感じがよく出ていたし、得難い役者さんだなあとつくづく思う。
緑郎さんもこういう世界がしっくりくる役者さんだ。芸者と一緒になる人だし、河野家に対する怒りが、この時代のもう一つの道徳観を表していると思った。お蔦に別れを告げるときの血を吐くような気持ち、セリフにはこちらも思わず力が入った。河野家の秘密を暴いていくテンポのよさはカッコよかったが、罵倒する場面はちょっと熱すぎるというかヒステリックな印象を受けた。もっとも、そこには元スリであるという経歴を感じさせる何かがあったような気もしないではない。ただ、前回も感じたことだが、ここはどうも後味がよくない。
由香さん初舞台の妙子は、声が可愛く、一生懸命にセリフを言っている感じが初々しくて、素直に愛情たっぷりに育ったお嬢様らしさが見て取れた。小芳(八重子)が、産んだのは自分だがあんなにいいお嬢さんに育てたのは奥様、とお蔦に言うセリフに感動した。
ラストは泣けた。
幕が閉まっても拍手は鳴りやまず、終演のアナウンス中に幕があいて、緑郎さんと由香さんが出てきた。緑郎さんは花道の中ほどまで行って手を振っていた。モニターは自動的にonになるのだろうか、その様子を映し出してくれた。悲劇のラストにカーテンコールがあっていいのかとも思わないじゃないけど、これだけ拍手が続いたのはよかったよね。
<上演時間>「口上」15分(16001615)、幕間20分、「婦系図」一幕・二幕45分(16351720)、幕間10分、三幕45分(17301815)、幕間35分、四幕・五幕70分(18502000

| | コメント (6)
|

2016年9月 8日 (木)

祝・喜多村緑郎襲名:九月新派公演

91日 九月新派特別公演初日昼の部(新橋演舞場)
やっと今月分。
市川月乃助改め二代目喜多村緑郎襲名披露公演の初日である。お祝いの意味も籠めて、また喜多村緑郎としての第一声を聞きたくて、昼の部を取った。とはいえ、席は3A席。1階、2階はいざ知らず、3階席はかなり空席が目立って驚いた。平日ではあるが、襲名公演としてはなんとも寂しい入りで、これでは緑郎さんも出演者もがっかりしているんじゃないだろうか。
「振袖纏」
物語として色々考えさせられた。老舗の質屋大黒屋の息子・芳次郎(松也)が家業を嫌って纏持ちに憧れ、家を飛び出して「ち組」にやっかいになっている。若旦那に戻ってきてほしい番頭・竹蔵(田口守)があの手この手で、とりあえず若旦那を連れ出すことに成功するが、途中で火消しの娘・お喜久(瀬戸摩純)が追いついてきて、芳次郎を取り戻す。と言っては言葉が悪いが、芳次郎とお喜久はお喜久の親も認める恋仲で、お喜久のおなかには芳次郎の子ができていたのだ。それを知らされた芳次郎は生涯実家には帰らない決意を固める。竹蔵は、子供が生まれたらその子を大黒屋でもらうという約束を取り付ける。そして1年後、生まれた男の子は芳次郎とお喜久の手で大黒屋の前に捨てられる。事前にそれを知らされていた竹蔵がすぐに赤ん坊を拾い、芳次郎の両親に事実を教えないで差し出す。でも、芳次郎の母親は赤ん坊の顔を見てすべてを察したのである。
と言うのが前半。そこだけで、親のエゴ、子供のエゴ、老舗を守らねばならない定め、等々考えさせられた。子供に家業を継がせたい親の気持ちはもっともだし、それに縛られたくない、自分の人生を歩みたい子供の気持ちもよくわかるし、それをエゴと言ってしまっていいのだろうか…。でも、生まれてきた赤ん坊が絡んでくると、どうなんだろう。そして後半、怪我で片目が見えなくなり纏をもてなくなった芳次郎には小頭への出世の道が開かれていたが、芳次郎はあくまで纏持ちに固執する。「纏に命を懸けている」と言う芳次郎だが、仕事に迷惑をかけることを考えないのか、なんか成長していないなあなんて思ってしまった。
一方、実家の親に顔ぐらい見せようとする芳次郎を何が何でも引き止めようとするお喜久は、おなかに赤ん坊がいるし、一度帰したらもう二度と自分のもとには戻ってこないかもしれないという不安はわかるけれど…。若さゆえのエゴか、いや一途と言うべきか。
竹蔵もお店を守りたい一心ではあるが、子供を質に取る(言葉は悪いが、そういうことでしょ)なんてやっぱりエゴじゃないか…。
でも、みんなエゴじゃないんだよね。それぞれがそれぞれの大事な人を守ろうとするあまりのことなんだよね。
親とお喜久の間で揺れ動き苦悩する芳次郎の松也さんは狸吉郎の時より好き。赤ん坊をおぶっている姿に、荒川の佐吉をやらせてみたいと思った。

瀬戸さんは芳次郎と一緒になりたい一心の女心と気の強さを好演。自分の産んだ子を手放す悲しみを乗り越える強さが切なかった。松也さんとのコンビもいい感じだった。
田口さんは、セリフの間がちょっと「あれ?」と思うようなところがあったが、そこは芸の年輪で押し切った感じ。
「ち組」の女房の春猿さんは、だいぶ新派に馴染んできた感じ。体の大きさが気にならなかったのは、火消しの男たちの中に混じっているせいか、あるいは頭が猿弥さんだったからか。それはともかく、鉄火肌な女がよく似合っていた。初孫を手放す心情は描かれていなかったけれど、義理を重んじる世界だろうから、何もかも呑みこんだのだろうか。
大事なラストにつながる火事のシーンは長かった。裏で火事場の騒ぎの声を聞かせながら幕が赤い炎を映しているだけで、ちょっと飽きた。初日ゆえ、中の準備に時間がかかっていたのかもしれない。
大人の思惑で、ほんとうの親ではなく祖父母を親として育つ子供が本当に幸せならいいんだけど(物語では愛情たっぷりにいい子に育てられていた)。子役が賢そうで可愛くて、ラストは泣けた。川口松太郎は、やっぱりどこかに泣ける場所を作るんだなあと思った。

続きを読む "祝・喜多村緑郎襲名:九月新派公演"

| | コメント (5)
|

2016年9月 6日 (火)

8月分⑨:狸御殿

824日 「狸御殿」千穐楽(新橋演舞場)
11
年前に見た藤山直美×澤瀉屋バージョンのインパクトが強すぎて、「狸御殿」には色々なバリエーションがあるってわかってはいても、ついついあの面白さを求めてしまう。そういう視点から見ると今回のはちょっと…ドタバタ喜劇なのかラブロマンスなのか、その両方か…、う~ん、私にはあまり合わなかったと言わざるを得ない。ただ、これはあくまで好みの問題なので…。
物語は前半シンデレラ、後半白雪姫だが、無国籍、時代不詳。それは全然かまわないし、その面白さもあった。しかし私が一番ひっかかったのは語り部(花緑)である。幕開けは上手山台で義太夫風に始めていたのを突然やめて立ち上がって客席へ向かってお喋り。山台うしろの幕には狸のシルエットが描かれていて、語り部の存在と相俟ってそれなりにメルヘン効果があったんだけどな。第1部で語り部がきぬたを狸御殿に向かわせるために時間を戻したり、泥右衛門たちを動かしたり、本人も言っていたが登場人物と喋ったりと、物語に介入するのはなんかご都合主義だなあと思ってしまった。また、幕内の場面転換の間の芝居でドタバタしすぎるのは興をそいだ。
2部は語り部がカッパになったこともあって(ついに物語の中のキャラになってしまった)、第1部のようなことは少なくなり面白みが増した。
登場キャラ(人物って言ってもいいんだけど、一応人間じゃないようだから)で私が一番いいと思ったのは悪役・十六夜姫。翠千賀さんはさすがにオペラ歌手だけあって、歌には聞き惚れた。嘲笑いの声に少し品が欠けるのが気になったけど、こういうお芝居の場合は姫の「実は」キャラを強調する上でいいのかもしれない(歌舞伎はそういう時でも品を落さないから、つい気になってしまった)。歌舞伎じゃないんだから、とはわかっていながら、松也、徳松、國矢と歌舞伎役者が3人出ているし、歌舞伎的な要素も時々見られるし…。
もう1人の歌姫、白木蓮の城南海さんも清らかで力強い歌声、凛とした姿がカッコよかった。
きららの方(狸吉郎の母)の渡辺えりさんは、この前演舞場で見た「有頂天旅館」よりもよかった。歌もうまい。三越劇場で「愛唱歌」をやったのも頷ける。ミュージカルナンバーはどれもよく、とくにえりさんの歌う「♪18歳の時は♪」(「思い出のデュエット」かな??)は好き。日本語のミュージカルをもっと見たいと思ったほど。
主演の松也さんは、役のニンにぴったり。歌もうまいし、狸の王子としての華もある。母親や強い女(十六夜姫)に逆らえない弱さや繊細さもよかった。
瀧本美織さん(きぬた)は芯の強さと可憐さに加え、時にはコミカルな演技もあって、なかなか頑張っていた。
徳松さん(泥右衛門の子分)が楽しそうでうれしかった。カールおじさんみたいに口のまわりが濃いヒゲで覆われた典型的な山賊顔。女優になりたかった徳松さんはこんな化粧どうだったんだろうと心配したけれど、思いがけないラストが待っていて、大ウケした。國矢さん(同じく泥右衛門の子分)は元女方の役者(だった?)で、やっぱり絵になる。2人とももうちょっとその個性を活かせる場面が多いとよかったのだけど…。
シンデレラ風の前半、意地悪だった継母(あめくみちこ)と義理の姉たち(大地洋輔、土屋祐壱)は後半いつの間にか意地悪がどこかへいってしまっていたけど、どうしたんだろう。

続きを読む "8月分⑨:狸御殿"

| | コメント (0)
|

2016年7月27日 (水)

6月分⑨:熱海五郎一座

626日 「ヒミツの仲居と曲者たち」千穐楽(新橋演舞場)
160727atamigoro 年に1度の楽しみ、熱海五郎一座。前日の「メルシーおもてなし」と2日続きのコメディで笑いに笑って幸せ。
今年の千穐楽はダブルキャストのTAKE2のうち初めて深沢邦之さんであった。
<開演5分前の記者会見>が行われ、深沢さんが舛添前都知事を皮肉るパロディで笑わせる。「私、先日辞職しました」「本当は東京五輪まで…」「精査したら千葉の旅館ではなくて熱海でした」等々。出演者の寸評でも、ささやき女将(未だにネタとして笑えるんだなあ)とか学歴詐称とか時事ネタがふんだんに盛り込まれていた。深沢さん(または東MAX)の役は週刊誌記者・馬場裸一(ばば らいち)で、当然文春を意識したものである(劇中での週刊誌名が「週刊文章」だって)。
そういえば、誰かに「白羽の矢が立った」というセリフがあり、つい前日、「メルシー」の外務省役人にも同じセリフがあったので、「おお‼」と内心ウケた。外務省のほうは悪い意味だと悲観していたが、こちらはいい意味で使われていた。

ストーリーは、女将(昇太)と番頭(三宅裕司)が切り盛りする箱根の老舗旅館ふじみ楼を隣接するホテルヨルトン箱根が乗っ取ろうとする騒動を中心に進行する。時事ネタが盛り込まれて、クスリとさせられる場面も多々あった。
ある日ふじみ楼へ住み込み仲居として働きたいという女性(松下由樹)が訪ねてきて採用される。この女性、一流旅館での仲居経験があるという触れ込みだったが、イマイチ「??」な感じ。ふじみ楼には人気歌手の桐山来亜(笹本玲奈)とマネージャー(丸山優子)、中国人実業家・超裕福(野添義弘)が宿泊している。いっぽうのヨルトンは、神奈川県知事(ラサール石井)の口添えで次のサミットの会場候補となっている。しかし、週刊誌記者(深沢)のリークで、ヨルトンのずさんさが明るみに出たり、知事のスキャンダルがあったりして…。
登場人物の名前が面白い。ふじみ楼の女将は保梨伊代(もてなし いよ)、番頭は室満(むろ みつる)、新しい仲居は小手向江(おで むかえ)、ヨルトンの支配人は五星蛍(いつつぼし ほたる:小倉久寛)、副支配人は心付弾(こころづけ はずむ:渡辺正行)、知事は天下団五郎(あまくだり だんごろう)。ほかの役名も面白いんだけど、一応中心となる人たちだけで。
役の中では笹本さんだけが喜劇的要素がほとんどなくて、複雑な心境をこういう登場人物たちの中で繊細に表現していた。もちろん歌と踊りの場面はとても素敵で楽しかった!!
松下さんがタップを披露したのには驚いたが(テレビのイメージからは想像できなかった)、カーテンコールでの話を聞くと驚くにはあたらなかったようだ。
深沢さんはこっちが東MAXほどコメディアン的感覚で見ないせいか、真面目な印象を受けた。いや、真面目だからって可笑しくないのではなく、にじみ出る可笑しさ、そして深沢さんの味が感じられた(深沢さんの芝居を見るのは初めてだと思う)。

続きを読む "6月分⑨:熱海五郎一座"

| | コメント (0)
|

2016年4月 2日 (土)

昔の時代劇を思い出させた「乱鶯」

329日 「乱鶯」(新橋演舞場)
本当は千穐楽狙いだったのだけれど、希望の席が埋まっていて、まあいいやとこの日を取った。
開演前、おお、上條恒彦「出発の歌」が流れているではないか‼ 昔エレクトーンでこの曲が一番好きだった、なんてったって弾いていて徐々に徐々に一番盛り上がるんだから。と、懐かしく思い出していたら、次は杉良太郎「江戸の黒豹」とは、たまらんです。どうやら時代劇名曲集のようで、ほかにも懐かしい曲、知らない曲がいろいろ。これは幕間にもかかって、心中大いに盛り上がった。
さて、「乱鶯」は「三匹の侍」とか「木枯し紋次郎」(紋次郎は「出発の歌」を聞いたせいもあるかも)とか、昔見た時代劇を思い出させる芝居だった。だけど、1幕目は眠くて眠くて、1230開演だから朝割と楽だったにもかかわらず、なんでこう眠いんだろう(原因はわかっているけどね)。新感線の大音響でも平気で寝られちゃう。で、高いから買うつもりのなかったプログラムを買う羽目になった(1,800!! 割引券も使えないし)。
詳しくあらすじが出ていた1幕目は、それでもおおよその筋だけは芝居から摑んでいた。2幕目は持ち直してちゃんと見たよ。途中で先が見えたと思ったけれど、展開は予想よりずっとシビアで、丹下屋押し込みの間ずっと緊張を強いられた。そこがまた昔の時代劇っぽかったのだ。この結末も含めて「大人の時代劇」なのかな(金さんとか、新さんとかとはちょっと違う)。
激しい立ち回りがたっぷりで。1幕目なんて幕が開いてから10分以上古田 vs 大勢の立ち回り。多勢に無勢、これじゃあ、いくら腕の立つ十三郎(古田新太)でも死が目の前というもの。立ち回り、ほんと凄かった。
ほとんど出ずっぱりの古田新太さんをはじめとする新感線の面々、シブい大谷亮介、山本亨の2人が見事に芝居にはまっている。稲森いずみ、大東駿介、清水くるみの3人もそれぞれの人物の味を見せていた。中でもトリックスター的な粟根まことさんがすごくよかった。ある意味お得な役柄ではあるが、粟根さんのキャラにぴったりだったし。昔、テレビでたくさん放送されていた本格的な娯楽時代劇を久しぶりに見たような気がする。
<上演時間>1幕目70分(12301340)、幕間35分、2幕目115分(14151610

| | コメント (0)
|

2016年2月25日 (木)

喜劇で笑って笑って

225日 二月喜劇名作公演千穐楽(新橋演舞場)
松竹新喜劇は一昨年の7月公演でその面白さに大いに感動して以来、なかなか機会がなく、今回やっと千穐楽を見に行くことに決めたのもチケット発売からだいぶ経って後。今回は新喜劇+新派というところだろうか。それに中村梅雀、古手川祐子、山村紅葉といったテレビでおなじみの人たちが加わって面白さを盛り上げた。
だけど、空席が目立ちすぎる(3階。ほかの階はわからない)。少なくとも観客数に関してはさびしい限りだったが、その割に笑い声は大きく、なんと最後の演目の幕が下りた後にも拍手は鳴りやまず、カーテンコールが2回もあった。千穐楽を見るのは初めてだから常にカーテンコールがあるのかどうかわからないけれど、カテコに慣れていない感じが舞台にみられたのが初々しくてよかったな。
「名代 きつねずし」
きつねずしを看板商品とする場末のすし屋「伏見屋」の娘つね子(古手川祐子)と父親権三郎(渋谷天外)の確執を中心にした人情喜劇。融資やら不倫やら金目当ての女やら心中やら、昭和32年初演なのに今も昔も人の世は変わらないなあと思った。
伏見屋をめぐる人々の小さな(当人たちにとっては大きな)様々な出来事、そのてんやわんやが伏見屋の店内で展開される。トラブルの相談にむりやり引っ張り出される算盤塾の先生(曾我廼家文童)が気の毒やら可笑しいやら。塾やめて人生相談やろうかしら→家庭裁判所やろうかしら、って、なぜかそれくらい相談を受けるのである。しかもこの人自身、かつてトラブった経験がある。それが可笑しくて可笑しくて。
近所のホルモン亭の主人(曾我廼家寛太郎)の浮気が奥さん(山村紅葉)にバレ、大騒ぎ。もみちゃん、トラ柄のトップスにヒョウ柄のパンツと正統派(?)大阪おばちゃんの服装でウケた。コミカルな演技は「赤い霊柩車」の時とあまり変わらない印象だった。寛太郎さんはアホっぷりが藤山寛美に似ていると思ったら、寛美の薫陶を受けて喜劇を身につけたそうだ。
つね子に秘かに(じゃないな。アピールしているのにつね子に無視されてばかり)思いを寄せている調理人清太郎は藤山扇治郎さん。一昨年は松竹新喜劇に入団して1年も経たない時期に見て、まだ硬いところがありながらも大きな期待がもてると思っていたのだが、今年はすっかり芝居にも馴染んで、いい味が出てきた。セリフのところどころに祖父藤山寛美を思わせるものが感じられた。直美さんにもちょっと似てるところがあるなあとも。
渋谷天外さんには大きさがある。妻を亡くした後、娘を育て店を守ってきた男に愛人ができソワソワソワソワ、それを娘に言い出せずにやっぱりソワソワソワソワ(何とか娘を嫁に出して、愛人と一緒になろうと画策している)、愛人に子供ができたと告げられてオロオロオロオロ、ついに娘に知られてやっぱりオロオロオロオロ。そんな男の哀愁と可笑しさが全身から滲み出ていて、愛人にだまされているんじゃないかと心配しつつも応援したくなる。愛人役の石原舞子さんは地味で心やさしく芯の強い女性をしっとり演じて、さすがの新派だと思った(新喜劇と新派、合う‼)。古手川さんは勝気でしっかり者の娘、ちょっと情けない父親とぶつかりながらも父親への愛情が勝つという役どころにぴったりであった。最後はほろっとさせられた。
「単身赴任はチントンシャン」
梅雀さんと久里子さんが夫婦役で楽しみにしていたのに、珍しくお昼を軽く食べたらモーレツに眠くなって、55分の上演時間中、ちゃんと見ていたのは最初と最後の15分ずつくらい。

続きを読む "喜劇で笑って笑って"

| | コメント (2)
|

2015年9月 8日 (火)

「有頂天旅館」

97日 「有頂天旅館」千穐楽(新橋演舞場)
先々週母が誤嚥で入院した。幸い1週間で退院できたので半分諦めていた観劇ができることになった。今すぐどうこうということはないのだけど、体調の波に一喜一憂しつつ気が重くて…。喜劇で笑って笑ってそれを吹き飛ばそうと思ったけど、こっちの気が重すぎたのだろう、期待ほど笑えなかった。
でも、キムラ緑子さん(女中頭・信代)がとてもよかったのでかなり満足。渡辺えりさんの女将に忠実なそぶりを見せながら実は…のラストはあっけらかんとした笑いの陰に女の哀しさが滲んでいて、うまい、面白いと思った。きれいだし。板前(島吉)として入ってきた新納慎也さんと夫婦とわかった時には(すぐにわかるんだけどね)びっくりした。
新納さんは素性を隠すため「歌舞伎の女方のような優男」として、この旅館に登場するのだが、歌舞伎の女方ってやっぱりこういうふうにデフォルメされるんだね。本当の島吉と表の島吉のギャップを見せるにはわかりやすく笑いを取れる形なんだろうけど…(新納さんは大熱演だったし、昭和な雰囲気もよかったし、「女方のような」っていう前提がなかったらもっと楽しめた)。うまく旅館に入り込んで、緑子さんときゃっきゃっじゃれるシーンは、な…な…なんなんだ、この二人…と面白かった。それと、かかってもきていない電話の場面も面白かった。ああいううまいタイミングでやられると、あれ、今電話鳴ったのかなと騙されてしまうもの。
渡辺さんの女将は根元教という怪しい宗教にはまっていて、何でも暦に次第で周囲を振り回している。私はそれがどうしても好きになれず、最後まで思い入れることができなかった。段田安則さんのしょうもないダンナにちょっと肩入れしたくなるくらい(ごめん、南座の村田雄浩さんを見たかった)。
関西の役者さんは自然ににじみ出る可笑しさがあって、最初に登場して狂言回し的な役どころの徳井優さん(巡査)なんか、出てきて一言喋っただけで笑えた。第一声が「滋賀県」、次のセリフまでの間が絶妙で、客席が大きく笑う。私も笑った。曾我廼家文童さん(番頭)もちょっと動くだけで可笑しい。テレビでちょくちょく見かける綾田俊樹さんがいい味を出していた。
高速道路ができるために立ち退かなくてはいけない旅館、その立ち退き料を巡る信代・島吉の思惑、隣家に泥棒が入ったことで明るみに出る旅館の人々の小さな罪、そういう面白さはあったんだけどね。結局…旅館は高速予定地からはずれることになった。北条秀司らしいラストかもね。
<上演時間>第一幕55分(11301225)、幕間35分、第二幕95分(13001435

| | コメント (0)
|

2015年8月24日 (月)

もとの黙阿弥

820日 「もとの黙阿弥」(新橋演舞場)
歌舞伎会に入って演舞場で2番目に見た歌舞伎以外の演劇が「もとの黙阿弥」だった。1番目は田村正和の「新・乾いて候」だったが、ほとんど記憶にないのに対し、「もとの黙阿弥」は割とよく覚えている。その公演とどうしても本公演を比べてしまうのだが、前回とても盛り上がって面白く見終わった後にぞわぞわ~ときた怖さは今回は感じなかったし、面白さも前回のほうが優っていたのは、2度目だからインパクトが弱まっているということばかりではないような気がした。
まず、さぞやと予想した久里子さんの坂東飛鶴だが意外と存在感が薄かった。前回の高畑淳子さんの印象はとても強くて今でも残っているが、久里子さんはその陰に見え隠れする感じ。
愛之助さんは河辺隆次にぴったりであると思う一方で、前回の筒井道隆さんのようにおっとりした世間知らずな風情が自然ににじみ出ている感じではなかった。さぞや難しかろうにという、歌舞伎役者が歌舞伎をわざと素人演技で下手に見せるのがうまかった。ちょっともったいないけどね。
貫地谷しほりさん(長崎屋お琴)はうまかった。映像の世界の人はとかく発声に難があるが、貫地谷さんはなかなかよかった。前回の田畑智子さんとはちょっとタイプが違うが、素直な感じが可愛い。おまんまの立ち回りも可愛かった。
私がう~んと思ったのは久松菊雄(早乙女太一)・船山お繁(真飛聖)のカップル。太一クンはとくに1幕目は騒々しいだけで早口の滑舌もイマイチな気がした。2幕目からはだんだんよくなっていったけれど、前回公演では花緑さんが好演していただけに、ちょっと…と思わざるをえなかった。真飛さんは女中タイプじゃないのにそこはうまさでカバーしていたが(意外な役がとってもうまい女優さんだと思う。「黒猫、ときどき花屋」なんか、ちょっとびっくりした)、元に戻れなくなった悲しい哀れさは前回の横山めぐみさんのほうが私は強く感じた(そんなお繁に対する周囲の人たちの心境も今回は伝わってこなかった)。でもオペレッタはさすがで生き生きとして、元宝塚の魅力を遺憾なく発揮して、とっても楽しかった。
河辺賀津子の床嶋佳子さんはテレビで見ていてもきれいで好きな女優さん。初めて舞台で見たが、やっぱりきれいで、上品で気位の高い男爵家のお嬢様(奥様?)でという役が合っていた。前回はピーターさんがやった役だが、ピーターさんよりソフトだし(ピーターさんは非常に個性的だった)、嫌味なく演じていて私には好もしかった。劇中劇がと~っても面白かったのは、貴婦人が貧しい女性の役を演じるという新劇かぶれぶりを床嶋さんが自然に表現していたからだと思う。
長崎屋新五郎の渡辺哲さんは、最初のほうのセリフまわしが亀治郎の会の「上州土産百両首」の時みたいで、あれは好きでないから又ずっとこの調子かとがっかりしたが、途中からそれが取れてよかった。
国事探偵の酒向芳さんがおかし味たっぷり存在感たっぷり。
あの愛一郎さん、白いコック帽をかぶって目立ち、また劇中劇の主役をはく奪されたりして、ここでも目立っていた。
芝居全体として、オーバーでがちゃがちゃ騒がしい印象をもった。客はドタバタ的なところには笑うが、とくに1幕目は反応に盛り上がりが欠けるような気がした。私自身、1幕目はやや退屈した。
でも、多分劇中劇の後だったと思うが「芝居は心をひとつにする」というセリフには感動した。「南の島に雪が降る」でそれを実感したばかりだったからかもね。
<上演時間>155分(11301225)、幕間35分、第255分(13001355)、幕間15分、第345分(14101455

| | コメント (0)
|

2015年7月 2日 (木)

熱海五郎一座千穐楽

626日 「プリティウーマンの勝手にボディガード」千穐楽(新橋演舞場)
昨年新橋演舞場初進出を果たし、そのおかげで私も初めてこの一座を見て、早くも「来年が楽しみ」だった熱海五郎一座。1年待っていたのに、面白くてどこで寝るの?なのに、やっぱり6月は眠い眠い。我ながら情けない。
開演5分前、アズマックス(やっぱり今年も深沢さんじゃなくてアズマックスを見た。今日7/2のスタパ、面白かった。最初は人前に出るのが苦手だったとはね~)と西海健二郎(以下、おおむね敬称略)が登場して、ああ去年も前説面白かったなと思い出した。今年は「ラッスンゴレライ」のリズムで、熱海五郎の名前の由来(「知らないで来ている人が多いから」って)、出演者の一言紹介:リーダーは提案したギャグが全部ボツ、昇太はセリフかむのでついたあだ名が「かみさま」、ラサールは嫁が若いので白髪を茶髪に、三宅は座長と呼ばれているが陰ではマーボー(聞こえに自信はないがCM出てるからそうかなと)。小倉さんのはよく聞き取れなかったが、多分虫が毛の中で動けなくなる、とかなんとか…。
さて、お芝居は。
なんと、大地真央が髪にリボン、セーラー服姿で現れた‼ 16歳という設定。ぜ~んぜん違和感ない、というか、セーラー服着こなしているという感じですごい。大地さんのリボンは前日まではついていなかったらしい。千穐楽特別バージョンか。去年の沢口靖子もそうだったけど、今年の大地真央も役のキャラクターにぴったり。いや、当て書きか。大地真央のオーラ、空気を読まぬ可愛らしさが芝居全体を支配している。そういえば、NHK BS「コントの劇場」に出ていた時の雰囲気もあった(コントの劇場の脚本も吉高寿男さん?)。で、大地さんの役名は小砂恵澄、ボディガードだから「こすな→コスナー」ね(えすみは何?)。「プリティウーマンの勝手にボディガード」とはうまいタイトルだ。どっちの映画も好きだし。
役名ついでに、それぞれの役名が面白い。三宅裕司:身辺圭吾(みなべけいご→しんぺんけいご。警備会社代表)、渡辺正行:古谷三郎(ふるたにさぶろう→古畑任三郎。刑事)、ラサール石井:喜屋場
 零(きやば れい→キャバレー「ルーラン・ムージュ」の支配人)、小倉久寛:内藤黒平(ないとうくろべい→ナイトクラブらしい。苦しい)、春風亭昇太:ニコラス啓二(言わずもがな)。東貴博・深沢邦之:赤島優作(この名前は何のもじりだろう?)。
小砂恵澄16歳の初恋の人ニコラス啓二が日本にやってきて、しかしニコラスはただの人ではなくて実は…ということで身辺警護が必要。それをめぐって起こる喜劇である。
ラサールさんの中途半端な宙乗りがあった(中途半端っていうのは、距離が花道半分くらいまでだったから)のはウケた。吊られて痛がっていたから同情したけど、中途半端なわけも痛いことについてもカーテンコールで事情がわかる。
今回はリーダーのコーラ一気飲みはなくて、三宅さんのギター演奏、小倉さんのギター弾き語りがあった(やっぱりギター弾けるってカッコいいわ。よく女の子にモテたいからギター始めたって聞くけど、わかるわ~と思った)。オグちゃん、いい声していてびっくりした。
大地さんがアイドルになって歌ったり(セーラー服と同様、まったく違和感ない。バックコーラスがスクールメイツ風)、大階段(演舞場じゃ「大」ってわけにもいかないけど、演舞場として目いっぱいな階段。そこに立つ大地さんはまさしくスターそのものだ)で歌ったり、サービスも満点で、本当に楽しかった。
まだ
2回しか見ていないけれど、この一座は女優の活かし方がとてもうまくて、自然と見事なコメディエンヌに仕立て上げていると思う。来年は誰が参加するのか今から楽しみだ。

続きを読む "熱海五郎一座千穐楽"

| | コメント (6)
|

2014年12月20日 (土)

波乱万丈吉本せいの半生記:「笑う門には福来たる」

12月17日 「笑う門には福来たる」(新橋演舞場)
見る前から面白いと思っていたこと:松竹の劇場で吉本の創業物語か。
筋書き買って面白いと思ったこと:今月見た芝居、1つは2人芝居、もう1つは出演者6人。ところがこの芝居の筋書きの配役には1つの幕の出演者が2ページ以上に亘って並べられている。数えてみたらダブルキャストの子役8人を含めて61人。1人で複数役を演じる人もいるし、吉本の芸人役が多いようだ。

幕が開く前に、幕に吉本の芸人たちの顔が次々と映し出されていく。今では大御所、ベテランと呼ばれる芸人、第1次漫才ブームで一世を風靡した芸人たち、けっこうお宝画像もあったりした。時代は遡り、エンタツ・アチャコ、ミスワカナ・玉松一郎、吉本創業時の人気絶頂だった落語家(ということは芝居の中で知った)桂春団次の画像とともにその声が流れる。そして今の吉本の中心にいるのは仁鶴師匠。吉本における仁鶴さんは別格と聞いていたが、やっぱり中心なんだ、と心の中で頷いた。
話は吉本せいさんを中心とした吉本興業の創業から発展への物語で、「大阪だなあ」というのは当たり前か。
老舗の荒物問屋でありながら芸人・寄席に夢中な道楽夫、それをけなげに支える妻という図式は珍しいものではない。道楽夫は親族たちの間でも大問題で、店をつぶさないよう、伯父が大枚を融通してくれた。「お前のためやない、せいさんのためや」。
それでも道楽をやめようとしない夫に、せいは覚悟を決め、一番好きなことで商いを始めるように言うのだった。「やってみなはれ!」 鴨居の大将の決め台詞がここでも聞けるとは。
興行を始めた2人だが、寄席に詳しくても興行師としての才覚があったのはせいのほう。芸人を大事にして小屋を増やしていく。しかし新顔の吉本は未だ三流小屋で、今をときめく春団治なんか出てくれはしない。春団治さえ出てくれたら…。せいの努力やら人柄やら運やらあった末に、当時一流の寄席だった金竜亭をせいは譲り受けることになり、春団治の出演を取り付け、吉本は一流寄席への一歩を踏み出した。でも、やがて時代は落語より漫才を求めるようになり、春団治を除いて寄席への落語家出演も減っていく。落語家たちは不満たらたら。この時代に、松竹へ移った落語家も多かったようだ(ということが誰だかのセリフで一言入れられていた)。春団治の人気って当時、凄まじかったんだねえ。
春団治といえば、ずっと前にやっぱり演舞場でジュリー主演で見たことがあったっけ。あの時も赤い人力車(トレードマークだったんだね)と車夫が印象的だった。そして亡くなった後、赤い人力車は白い人力車にかわっていたけれど、この芝居では亡くなった後も赤い人力車だった。死後の世界で、この赤い人力車にせいさんが乗るんだよ~。
興行が軌道に乗っても夫の浮気、急逝、芸人どうしの色々とかあって、せいさんの心も体もなかなか休まらない。そんなせいさんの心の支えは金竜亭の息子、冬木信一(川崎麻世)。冬木は市会議員になるが、それを応援したせいとの仲が噂されたり、選挙違反があったりで、取り調べの間に冬木は自殺してしまう。ほんと、せいさんは男運がない。
事業でせいを支えていたのが、かの有名な林正之助(月乃助)。せいの弟である。金儲け第一(のように見えた)の正之助と客を喜ばせること第一のせいは、考え方の違いからやり合うことも多々あったが、吉本はどんどん大きくなっていく。戦中戦後の苦しみも乗り越えて、吉本は復活する。せいさんが芸人を大事にしていたことが復活の原動力となったのだ。しかしやがて変化した時代とせいの間に乖離が生じたことをせいは知る。

続きを読む "波乱万丈吉本せいの半生記:「笑う門には福来たる」"

| | コメント (0)
|