演舞場

2017年7月18日 (火)

ハッピーエンドはやっぱりいいね「紺屋と高尾」

716日 七月名作喜劇公演(新橋演舞場)
迷った末にポイント稼ぎで取ったようなものだけど、ポイントは多分八月歌舞伎座を取った時点で達成したから、あまり気にしなくてよかったかも。
日曜日夜の部、3階は空席が目立って寂しかった。
「紺屋と高尾」
浅野ゆう子が演舞場初登場とは知らなかった。熱海五郎で出ていると思っていたが、BSの「コントの劇場」に出ていたから熱海五郎にも出ていると勘違いした。
高尾の役は藤山直美が予定されていたそうで、藤山さんがやっていたら、ところどころに笑いの要素をちりばめ、味わいはまったく違ったものになっていただろう。浅野さんの高尾はそのクールさが役に合っていたし、江戸一の太夫であっても8歳の時から苦界に身を沈め、年季が明けたら明けたで行くところのない悲しみ、寂しさが滲んでいて(だからこそ、金の絡まぬ久造の一途さに惹かれたのだ)、当時の遊女の置かれた状況やその気持ちに思いが至り、胸にしみた。コミカルな部分は緑郎さんに任せながら、どことなく可笑し味も漂う。
見初めは「籠釣瓶」と同じ。ポン引に騙されそうになるのも同じだが、ここでは紺屋職人久造はまだ出てこない。騙されかけるのは同じお店の先輩職人たちだ。久造は花魁道中にくっついて行っちゃって先輩とはぐれてしまったのだ。やがて久造が合流して帰ろうかという時、高尾の花魁道中に出くわす。「籠釣瓶」との違いは、久造はしがない職人で金がないこと、ハッピーエンドになることだ。
緑郎さんが喜劇もイケるのはこれまでの何作かでわかっていたが、今回も一筋に高尾を恋い慕う久造を真面目に可笑しく演じていた。久造は純朴という設定なんだけど、緑郎さん自身がかっこよくてイキなので純朴というよりは、ただただ一直線という感じか。恋煩いが可笑しくて可笑しくて。当人はいたって大真面目に恋煩っているのだから笑っては気の毒と思いつつも可笑しい。それから、やっとお金を貯めて医者の玄庵(文童)の案内で高尾に会いに行く時の可笑しさ。紺屋の職人では太夫に相手にされないからとお大尽に仕立てられるのだが、お大尽の立居振舞が久造にできるはずもなく、何を言われても「おう」と答えておけと玄庵に入れ知恵される可笑しさ(緑郎さんの色々な「おう」に笑った笑った)。「蘭平物狂」おりくの「はいはい、左様左様」を思い出した。ここでは股引騒動というドタバタ喜劇的な面白さも楽しんだ。緑郎さんは藤山寛美のDVDを見て久造が大好きになったそうだが、時々寛美さんに似ているなと思うところがあった。

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2017年6月28日 (水)

熱海五郎一座2017

627日 「消えた目撃者と悩ましい遺産」千穐楽(新橋演舞場)
年一のお楽しみ。ここのところ笑うのが躊躇われる気分だったけど、たくさん笑わせてもらい、立ち回りにショーと楽しんだ。今年はゲスト女優が藤原紀香さんということで、別の意味の興味も(我ながら下世話)。
ノリカ(親しみを込めてこう呼ばせていただきます)がステキだった。姿を現すだけで、ゴージャス。声がきれいで、滑舌がいいから、セリフが心地よく耳に入ってくる。歌もミュージカルをこなしているだけあって、うまい。おばあさん(気がつかなかったわ~)、ナンバーワンホステス、サブライズ歌謡の夫婦デュオ、スケバン。演技を見ていると、何よりこの人は真面目なんだなと思う。真面目に芝居に取り組んでいるのだ。
題材としては痴漢の冤罪と遺産を絡ませているのだが、痴漢の冤罪についてだけはあまり笑えない気分だった(真犯人にちょっと腹が立ったりしてね)。芸能人が痴漢容疑で逮捕され裁判にかけられたら、世の中大変な騒ぎになると思うけれど、その辺はスルーで、それが原因でデュオが解散したという程度。コメディだからいいんだけどね。
熱海五郎一座は14年目になるそうで、チームワークは当然見事。いつもいじられる昇太さんが今回もたっぷりいじられていた。笑点司会者とか、大河役者とか、結婚のこととか、噛むとか。2幕目では、蕎麦とうどんのすする音の違いをやってみろ、と無茶振りされて、「蕎麦食べます」「太い麺だな」でごまかす昇太さん。オグちゃんも毎度身長のことでいじられる。今回はノリカとコンビだからよけいね~。
ダブルキャストのTake2、千穐楽は最初の2回は東MAXだったけど、去年に続いて深沢邦之さん。悪徳検事役は深沢さんに合っていたと思う。この検事、名前が木曽賢治という。「木曽賢治検事」というわけ。熱海五郎は、登場人物の名前も一つの楽しみで、三宅裕司さん演じる弁護士が「橋上通」と名乗った瞬間、噴き出してしまった。ナベちゃんの医者「藪診誤」や昇太さんの弁護士になり損ねた僧侶「六法禅宗」よりも私としてはずっとウケた。あと、裁判長の「海山熱蔵」、刑事の「杉上左京」もちょいウケ。見ていない目撃者が「三田キヨ」、本当の目撃者が「南井実(みないまこと)」、夫婦デュオが「シャケ&京香」とか、作者(吉高寿男)遊ぶよね。
ラサールさんの大物弁護士「黒伊賀護(くろいがまもる)」に密着する番組「灼熱大陸」には大笑いした。葉加瀬太郎ならぬ弾加瀬次郎(ひかせじろう)、あの曲。そして黒伊賀の事務所は「整列のできる法律相談所」。いろいろなパロディが楽しい。
ハッピーエンドのラストはシャケ&京香(オグちゃんとノリカ)の歌のバックにキラキラのジャケットを着た三宅・渡辺・ラサール・昇太・深澤の5人が舞台上で宙づりになって盛り上げる。そこへ突然、アストライオス(星の神)のフライングが‼ びっくりしているうちに地上に戻ってしまったが、スピーディーできれいな弧を描いていた。

深沢さんの前説は、トランプ大統領。アメリカ国歌とともに登場し、「アタミファースト」とかわかりやすい英語で少し喋り、出演者の名前も英語で紹介し、カタコトの日本語で「メキシコとの間に壁はほしいが、お客様との間に壁は作りたくない」「顔だけ笑うのはやめて」(声を立てて笑ってほしい)「真剣に芝居見ないで」。いつもより前説短いような気がした。

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2016年9月17日 (土)

「婦系図」に鳴りやまぬ拍手

911 九月新派特別公演千穐楽夜の部(新橋演舞場)
160917kitamura チケットを取った時は、私も含めて1列の両端しか売れていなかったのが行ってみたら私の列はだいぶ埋まっていた。それでもやっぱり見える範囲は寂しい。
「口上」
初日とほぼ同じだが、違う部分を少し(初日と同じ方は省略)。
八重子:喜多村緑郎襲名は「おめでとう」ではなく「ありがとう」と言いたくなる。(緑郎さんが若くなって戻ってきた、のところで客席から笑いと拍手が起きた)
松也:昨年9月、月乃助最後の舞台で共演した自分が今回出演するのは何かの縁。(「あらしのよるに」でのアクシデントの話は出なかった)
春猿:竹馬の友と言うべき人の襲名は誇らしい。
猿弥:かわいい後輩が歌舞伎から新派に活躍の場を移し、ますますの活躍をするのは嬉しい。(ダンちゃんの話は出なかった)
久里子:先代は私の祖父六代目菊五郎と懇意で、「一本刀土俵入」の我孫子屋で共演し(菊五郎:茂兵衛、緑郎:おつた)、父との共演では「瞼の母」で母親役をやってくれた。大先生の名前を継いだことは嬉しい。(初日にもこの話をしていたような気もするが、私が書いていなかったので)
緑郎:初代は新派のみならず、日本の演劇界に大きな足跡を残した人。29年間師匠のもとで修業してきたことを糧に茨の道に真正面から挑む。
「婦系図」
8年前に仁左様の主税、久里子さんのお蔦、八重子さんの小芳で見ている。その時が初見で、それまでもっていた「婦系図」に対する認識ががらっと変わったものだった(それまで「婦系図」の世界をほとんど全然知らなかったことを認識したと言ったほうが正しい)。今回は初代喜多村緑郎本による上演で、前回とは少し違う箇所があるようだった。
前回、だいぶ理解が進んだその世界だが、やっぱり未だよくわからないのが真砂町の先生(柳田豊)と主税の心の関係。先生がどれほど主税を可愛がっていたのか(柳橋の柏家で主税についに「女を捨てます」と言わせた後、「涙を乾かしてから外へ出ろよ」と声をかけた先生の気持ちにはちょっと心打たれた)、主税がどれほど恩義を感じていたかはわかるのだが、お蔦と主税をどうしてそこまでして別れさせたいのか、前回と同じ疑問が残った。自分自身芸者に子を産ませてしまったことへの苦悩がそうさせたのかもしれない。でも、ラスト死の床にいるお蔦のもとに駆けつけて許しを乞うなら…って、そういう時代だったんだろうな。
久里子さんは可愛らしくいじらしい。一途で耐え忍ぶ哀しい女がよく似合う。久しぶりに主税と連れだって湯島の境内を歩く姿には日蔭の女の嬉しさ、愛らしさが全身からにじみ出ていた。体調がすぐれないお蔦も体型が変わるわけじゃないのに、病んだ感じがよく出ていたし、得難い役者さんだなあとつくづく思う。
緑郎さんもこういう世界がしっくりくる役者さんだ。芸者と一緒になる人だし、河野家に対する怒りが、この時代のもう一つの道徳観を表していると思った。お蔦に別れを告げるときの血を吐くような気持ち、セリフにはこちらも思わず力が入った。河野家の秘密を暴いていくテンポのよさはカッコよかったが、罵倒する場面はちょっと熱すぎるというかヒステリックな印象を受けた。もっとも、そこには元スリであるという経歴を感じさせる何かがあったような気もしないではない。ただ、前回も感じたことだが、ここはどうも後味がよくない。
由香さん初舞台の妙子は、声が可愛く、一生懸命にセリフを言っている感じが初々しくて、素直に愛情たっぷりに育ったお嬢様らしさが見て取れた。小芳(八重子)が、産んだのは自分だがあんなにいいお嬢さんに育てたのは奥様、とお蔦に言うセリフに感動した。
ラストは泣けた。
幕が閉まっても拍手は鳴りやまず、終演のアナウンス中に幕があいて、緑郎さんと由香さんが出てきた。緑郎さんは花道の中ほどまで行って手を振っていた。モニターは自動的にonになるのだろうか、その様子を映し出してくれた。悲劇のラストにカーテンコールがあっていいのかとも思わないじゃないけど、これだけ拍手が続いたのはよかったよね。
<上演時間>「口上」15分(16001615)、幕間20分、「婦系図」一幕・二幕45分(16351720)、幕間10分、三幕45分(17301815)、幕間35分、四幕・五幕70分(18502000

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2016年9月 8日 (木)

祝・喜多村緑郎襲名:九月新派公演

91日 九月新派特別公演初日昼の部(新橋演舞場)
やっと今月分。
市川月乃助改め二代目喜多村緑郎襲名披露公演の初日である。お祝いの意味も籠めて、また喜多村緑郎としての第一声を聞きたくて、昼の部を取った。とはいえ、席は3A席。1階、2階はいざ知らず、3階席はかなり空席が目立って驚いた。平日ではあるが、襲名公演としてはなんとも寂しい入りで、これでは緑郎さんも出演者もがっかりしているんじゃないだろうか。
「振袖纏」
物語として色々考えさせられた。老舗の質屋大黒屋の息子・芳次郎(松也)が家業を嫌って纏持ちに憧れ、家を飛び出して「ち組」にやっかいになっている。若旦那に戻ってきてほしい番頭・竹蔵(田口守)があの手この手で、とりあえず若旦那を連れ出すことに成功するが、途中で火消しの娘・お喜久(瀬戸摩純)が追いついてきて、芳次郎を取り戻す。と言っては言葉が悪いが、芳次郎とお喜久はお喜久の親も認める恋仲で、お喜久のおなかには芳次郎の子ができていたのだ。それを知らされた芳次郎は生涯実家には帰らない決意を固める。竹蔵は、子供が生まれたらその子を大黒屋でもらうという約束を取り付ける。そして1年後、生まれた男の子は芳次郎とお喜久の手で大黒屋の前に捨てられる。事前にそれを知らされていた竹蔵がすぐに赤ん坊を拾い、芳次郎の両親に事実を教えないで差し出す。でも、芳次郎の母親は赤ん坊の顔を見てすべてを察したのである。
と言うのが前半。そこだけで、親のエゴ、子供のエゴ、老舗を守らねばならない定め、等々考えさせられた。子供に家業を継がせたい親の気持ちはもっともだし、それに縛られたくない、自分の人生を歩みたい子供の気持ちもよくわかるし、それをエゴと言ってしまっていいのだろうか…。でも、生まれてきた赤ん坊が絡んでくると、どうなんだろう。そして後半、怪我で片目が見えなくなり纏をもてなくなった芳次郎には小頭への出世の道が開かれていたが、芳次郎はあくまで纏持ちに固執する。「纏に命を懸けている」と言う芳次郎だが、仕事に迷惑をかけることを考えないのか、なんか成長していないなあなんて思ってしまった。
一方、実家の親に顔ぐらい見せようとする芳次郎を何が何でも引き止めようとするお喜久は、おなかに赤ん坊がいるし、一度帰したらもう二度と自分のもとには戻ってこないかもしれないという不安はわかるけれど…。若さゆえのエゴか、いや一途と言うべきか。
竹蔵もお店を守りたい一心ではあるが、子供を質に取る(言葉は悪いが、そういうことでしょ)なんてやっぱりエゴじゃないか…。
でも、みんなエゴじゃないんだよね。それぞれがそれぞれの大事な人を守ろうとするあまりのことなんだよね。
親とお喜久の間で揺れ動き苦悩する芳次郎の松也さんは狸吉郎の時より好き。赤ん坊をおぶっている姿に、荒川の佐吉をやらせてみたいと思った。

瀬戸さんは芳次郎と一緒になりたい一心の女心と気の強さを好演。自分の産んだ子を手放す悲しみを乗り越える強さが切なかった。松也さんとのコンビもいい感じだった。
田口さんは、セリフの間がちょっと「あれ?」と思うようなところがあったが、そこは芸の年輪で押し切った感じ。
「ち組」の女房の春猿さんは、だいぶ新派に馴染んできた感じ。体の大きさが気にならなかったのは、火消しの男たちの中に混じっているせいか、あるいは頭が猿弥さんだったからか。それはともかく、鉄火肌な女がよく似合っていた。初孫を手放す心情は描かれていなかったけれど、義理を重んじる世界だろうから、何もかも呑みこんだのだろうか。
大事なラストにつながる火事のシーンは長かった。裏で火事場の騒ぎの声を聞かせながら幕が赤い炎を映しているだけで、ちょっと飽きた。初日ゆえ、中の準備に時間がかかっていたのかもしれない。
大人の思惑で、ほんとうの親ではなく祖父母を親として育つ子供が本当に幸せならいいんだけど(物語では愛情たっぷりにいい子に育てられていた)。子役が賢そうで可愛くて、ラストは泣けた。川口松太郎は、やっぱりどこかに泣ける場所を作るんだなあと思った。

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2016年9月 6日 (火)

8月分⑨:狸御殿

824日 「狸御殿」千穐楽(新橋演舞場)
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年前に見た藤山直美×澤瀉屋バージョンのインパクトが強すぎて、「狸御殿」には色々なバリエーションがあるってわかってはいても、ついついあの面白さを求めてしまう。そういう視点から見ると今回のはちょっと…ドタバタ喜劇なのかラブロマンスなのか、その両方か…、う~ん、私にはあまり合わなかったと言わざるを得ない。ただ、これはあくまで好みの問題なので…。
物語は前半シンデレラ、後半白雪姫だが、無国籍、時代不詳。それは全然かまわないし、その面白さもあった。しかし私が一番ひっかかったのは語り部(花緑)である。幕開けは上手山台で義太夫風に始めていたのを突然やめて立ち上がって客席へ向かってお喋り。山台うしろの幕には狸のシルエットが描かれていて、語り部の存在と相俟ってそれなりにメルヘン効果があったんだけどな。第1部で語り部がきぬたを狸御殿に向かわせるために時間を戻したり、泥右衛門たちを動かしたり、本人も言っていたが登場人物と喋ったりと、物語に介入するのはなんかご都合主義だなあと思ってしまった。また、幕内の場面転換の間の芝居でドタバタしすぎるのは興をそいだ。
2部は語り部がカッパになったこともあって(ついに物語の中のキャラになってしまった)、第1部のようなことは少なくなり面白みが増した。
登場キャラ(人物って言ってもいいんだけど、一応人間じゃないようだから)で私が一番いいと思ったのは悪役・十六夜姫。翠千賀さんはさすがにオペラ歌手だけあって、歌には聞き惚れた。嘲笑いの声に少し品が欠けるのが気になったけど、こういうお芝居の場合は姫の「実は」キャラを強調する上でいいのかもしれない(歌舞伎はそういう時でも品を落さないから、つい気になってしまった)。歌舞伎じゃないんだから、とはわかっていながら、松也、徳松、國矢と歌舞伎役者が3人出ているし、歌舞伎的な要素も時々見られるし…。
もう1人の歌姫、白木蓮の城南海さんも清らかで力強い歌声、凛とした姿がカッコよかった。
きららの方(狸吉郎の母)の渡辺えりさんは、この前演舞場で見た「有頂天旅館」よりもよかった。歌もうまい。三越劇場で「愛唱歌」をやったのも頷ける。ミュージカルナンバーはどれもよく、とくにえりさんの歌う「♪18歳の時は♪」(「思い出のデュエット」かな??)は好き。日本語のミュージカルをもっと見たいと思ったほど。
主演の松也さんは、役のニンにぴったり。歌もうまいし、狸の王子としての華もある。母親や強い女(十六夜姫)に逆らえない弱さや繊細さもよかった。
瀧本美織さん(きぬた)は芯の強さと可憐さに加え、時にはコミカルな演技もあって、なかなか頑張っていた。
徳松さん(泥右衛門の子分)が楽しそうでうれしかった。カールおじさんみたいに口のまわりが濃いヒゲで覆われた典型的な山賊顔。女優になりたかった徳松さんはこんな化粧どうだったんだろうと心配したけれど、思いがけないラストが待っていて、大ウケした。國矢さん(同じく泥右衛門の子分)は元女方の役者(だった?)で、やっぱり絵になる。2人とももうちょっとその個性を活かせる場面が多いとよかったのだけど…。
シンデレラ風の前半、意地悪だった継母(あめくみちこ)と義理の姉たち(大地洋輔、土屋祐壱)は後半いつの間にか意地悪がどこかへいってしまっていたけど、どうしたんだろう。

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2016年7月27日 (水)

6月分⑨:熱海五郎一座

626日 「ヒミツの仲居と曲者たち」千穐楽(新橋演舞場)
160727atamigoro 年に1度の楽しみ、熱海五郎一座。前日の「メルシーおもてなし」と2日続きのコメディで笑いに笑って幸せ。
今年の千穐楽はダブルキャストのTAKE2のうち初めて深沢邦之さんであった。
<開演5分前の記者会見>が行われ、深沢さんが舛添前都知事を皮肉るパロディで笑わせる。「私、先日辞職しました」「本当は東京五輪まで…」「精査したら千葉の旅館ではなくて熱海でした」等々。出演者の寸評でも、ささやき女将(未だにネタとして笑えるんだなあ)とか学歴詐称とか時事ネタがふんだんに盛り込まれていた。深沢さん(または東MAX)の役は週刊誌記者・馬場裸一(ばば らいち)で、当然文春を意識したものである(劇中での週刊誌名が「週刊文章」だって)。
そういえば、誰かに「白羽の矢が立った」というセリフがあり、つい前日、「メルシー」の外務省役人にも同じセリフがあったので、「おお‼」と内心ウケた。外務省のほうは悪い意味だと悲観していたが、こちらはいい意味で使われていた。

ストーリーは、女将(昇太)と番頭(三宅裕司)が切り盛りする箱根の老舗旅館ふじみ楼を隣接するホテルヨルトン箱根が乗っ取ろうとする騒動を中心に進行する。時事ネタが盛り込まれて、クスリとさせられる場面も多々あった。
ある日ふじみ楼へ住み込み仲居として働きたいという女性(松下由樹)が訪ねてきて採用される。この女性、一流旅館での仲居経験があるという触れ込みだったが、イマイチ「??」な感じ。ふじみ楼には人気歌手の桐山来亜(笹本玲奈)とマネージャー(丸山優子)、中国人実業家・超裕福(野添義弘)が宿泊している。いっぽうのヨルトンは、神奈川県知事(ラサール石井)の口添えで次のサミットの会場候補となっている。しかし、週刊誌記者(深沢)のリークで、ヨルトンのずさんさが明るみに出たり、知事のスキャンダルがあったりして…。
登場人物の名前が面白い。ふじみ楼の女将は保梨伊代(もてなし いよ)、番頭は室満(むろ みつる)、新しい仲居は小手向江(おで むかえ)、ヨルトンの支配人は五星蛍(いつつぼし ほたる:小倉久寛)、副支配人は心付弾(こころづけ はずむ:渡辺正行)、知事は天下団五郎(あまくだり だんごろう)。ほかの役名も面白いんだけど、一応中心となる人たちだけで。
役の中では笹本さんだけが喜劇的要素がほとんどなくて、複雑な心境をこういう登場人物たちの中で繊細に表現していた。もちろん歌と踊りの場面はとても素敵で楽しかった!!
松下さんがタップを披露したのには驚いたが(テレビのイメージからは想像できなかった)、カーテンコールでの話を聞くと驚くにはあたらなかったようだ。
深沢さんはこっちが東MAXほどコメディアン的感覚で見ないせいか、真面目な印象を受けた。いや、真面目だからって可笑しくないのではなく、にじみ出る可笑しさ、そして深沢さんの味が感じられた(深沢さんの芝居を見るのは初めてだと思う)。

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2016年4月 2日 (土)

昔の時代劇を思い出させた「乱鶯」

329日 「乱鶯」(新橋演舞場)
本当は千穐楽狙いだったのだけれど、希望の席が埋まっていて、まあいいやとこの日を取った。
開演前、おお、上條恒彦「出発の歌」が流れているではないか‼ 昔エレクトーンでこの曲が一番好きだった、なんてったって弾いていて徐々に徐々に一番盛り上がるんだから。と、懐かしく思い出していたら、次は杉良太郎「江戸の黒豹」とは、たまらんです。どうやら時代劇名曲集のようで、ほかにも懐かしい曲、知らない曲がいろいろ。これは幕間にもかかって、心中大いに盛り上がった。
さて、「乱鶯」は「三匹の侍」とか「木枯し紋次郎」(紋次郎は「出発の歌」を聞いたせいもあるかも)とか、昔見た時代劇を思い出させる芝居だった。だけど、1幕目は眠くて眠くて、1230開演だから朝割と楽だったにもかかわらず、なんでこう眠いんだろう(原因はわかっているけどね)。新感線の大音響でも平気で寝られちゃう。で、高いから買うつもりのなかったプログラムを買う羽目になった(1,800!! 割引券も使えないし)。
詳しくあらすじが出ていた1幕目は、それでもおおよその筋だけは芝居から摑んでいた。2幕目は持ち直してちゃんと見たよ。途中で先が見えたと思ったけれど、展開は予想よりずっとシビアで、丹下屋押し込みの間ずっと緊張を強いられた。そこがまた昔の時代劇っぽかったのだ。この結末も含めて「大人の時代劇」なのかな(金さんとか、新さんとかとはちょっと違う)。
激しい立ち回りがたっぷりで。1幕目なんて幕が開いてから10分以上古田 vs 大勢の立ち回り。多勢に無勢、これじゃあ、いくら腕の立つ十三郎(古田新太)でも死が目の前というもの。立ち回り、ほんと凄かった。
ほとんど出ずっぱりの古田新太さんをはじめとする新感線の面々、シブい大谷亮介、山本亨の2人が見事に芝居にはまっている。稲森いずみ、大東駿介、清水くるみの3人もそれぞれの人物の味を見せていた。中でもトリックスター的な粟根まことさんがすごくよかった。ある意味お得な役柄ではあるが、粟根さんのキャラにぴったりだったし。昔、テレビでたくさん放送されていた本格的な娯楽時代劇を久しぶりに見たような気がする。
<上演時間>1幕目70分(12301340)、幕間35分、2幕目115分(14151610

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2016年2月25日 (木)

喜劇で笑って笑って

225日 二月喜劇名作公演千穐楽(新橋演舞場)
松竹新喜劇は一昨年の7月公演でその面白さに大いに感動して以来、なかなか機会がなく、今回やっと千穐楽を見に行くことに決めたのもチケット発売からだいぶ経って後。今回は新喜劇+新派というところだろうか。それに中村梅雀、古手川祐子、山村紅葉といったテレビでおなじみの人たちが加わって面白さを盛り上げた。
だけど、空席が目立ちすぎる(3階。ほかの階はわからない)。少なくとも観客数に関してはさびしい限りだったが、その割に笑い声は大きく、なんと最後の演目の幕が下りた後にも拍手は鳴りやまず、カーテンコールが2回もあった。千穐楽を見るのは初めてだから常にカーテンコールがあるのかどうかわからないけれど、カテコに慣れていない感じが舞台にみられたのが初々しくてよかったな。
「名代 きつねずし」
きつねずしを看板商品とする場末のすし屋「伏見屋」の娘つね子(古手川祐子)と父親権三郎(渋谷天外)の確執を中心にした人情喜劇。融資やら不倫やら金目当ての女やら心中やら、昭和32年初演なのに今も昔も人の世は変わらないなあと思った。
伏見屋をめぐる人々の小さな(当人たちにとっては大きな)様々な出来事、そのてんやわんやが伏見屋の店内で展開される。トラブルの相談にむりやり引っ張り出される算盤塾の先生(曾我廼家文童)が気の毒やら可笑しいやら。塾やめて人生相談やろうかしら→家庭裁判所やろうかしら、って、なぜかそれくらい相談を受けるのである。しかもこの人自身、かつてトラブった経験がある。それが可笑しくて可笑しくて。
近所のホルモン亭の主人(曾我廼家寛太郎)の浮気が奥さん(山村紅葉)にバレ、大騒ぎ。もみちゃん、トラ柄のトップスにヒョウ柄のパンツと正統派(?)大阪おばちゃんの服装でウケた。コミカルな演技は「赤い霊柩車」の時とあまり変わらない印象だった。寛太郎さんはアホっぷりが藤山寛美に似ていると思ったら、寛美の薫陶を受けて喜劇を身につけたそうだ。
つね子に秘かに(じゃないな。アピールしているのにつね子に無視されてばかり)思いを寄せている調理人清太郎は藤山扇治郎さん。一昨年は松竹新喜劇に入団して1年も経たない時期に見て、まだ硬いところがありながらも大きな期待がもてると思っていたのだが、今年はすっかり芝居にも馴染んで、いい味が出てきた。セリフのところどころに祖父藤山寛美を思わせるものが感じられた。直美さんにもちょっと似てるところがあるなあとも。
渋谷天外さんには大きさがある。妻を亡くした後、娘を育て店を守ってきた男に愛人ができソワソワソワソワ、それを娘に言い出せずにやっぱりソワソワソワソワ(何とか娘を嫁に出して、愛人と一緒になろうと画策している)、愛人に子供ができたと告げられてオロオロオロオロ、ついに娘に知られてやっぱりオロオロオロオロ。そんな男の哀愁と可笑しさが全身から滲み出ていて、愛人にだまされているんじゃないかと心配しつつも応援したくなる。愛人役の石原舞子さんは地味で心やさしく芯の強い女性をしっとり演じて、さすがの新派だと思った(新喜劇と新派、合う‼)。古手川さんは勝気でしっかり者の娘、ちょっと情けない父親とぶつかりながらも父親への愛情が勝つという役どころにぴったりであった。最後はほろっとさせられた。
「単身赴任はチントンシャン」
梅雀さんと久里子さんが夫婦役で楽しみにしていたのに、珍しくお昼を軽く食べたらモーレツに眠くなって、55分の上演時間中、ちゃんと見ていたのは最初と最後の15分ずつくらい。

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2015年9月 8日 (火)

「有頂天旅館」

97日 「有頂天旅館」千穐楽(新橋演舞場)
先々週母が誤嚥で入院した。幸い1週間で退院できたので半分諦めていた観劇ができることになった。今すぐどうこうということはないのだけど、体調の波に一喜一憂しつつ気が重くて…。喜劇で笑って笑ってそれを吹き飛ばそうと思ったけど、こっちの気が重すぎたのだろう、期待ほど笑えなかった。
でも、キムラ緑子さん(女中頭・信代)がとてもよかったのでかなり満足。渡辺えりさんの女将に忠実なそぶりを見せながら実は…のラストはあっけらかんとした笑いの陰に女の哀しさが滲んでいて、うまい、面白いと思った。きれいだし。板前(島吉)として入ってきた新納慎也さんと夫婦とわかった時には(すぐにわかるんだけどね)びっくりした。
新納さんは素性を隠すため「歌舞伎の女方のような優男」として、この旅館に登場するのだが、歌舞伎の女方ってやっぱりこういうふうにデフォルメされるんだね。本当の島吉と表の島吉のギャップを見せるにはわかりやすく笑いを取れる形なんだろうけど…(新納さんは大熱演だったし、昭和な雰囲気もよかったし、「女方のような」っていう前提がなかったらもっと楽しめた)。うまく旅館に入り込んで、緑子さんときゃっきゃっじゃれるシーンは、な…な…なんなんだ、この二人…と面白かった。それと、かかってもきていない電話の場面も面白かった。ああいううまいタイミングでやられると、あれ、今電話鳴ったのかなと騙されてしまうもの。
渡辺さんの女将は根元教という怪しい宗教にはまっていて、何でも暦に次第で周囲を振り回している。私はそれがどうしても好きになれず、最後まで思い入れることができなかった。段田安則さんのしょうもないダンナにちょっと肩入れしたくなるくらい(ごめん、南座の村田雄浩さんを見たかった)。
関西の役者さんは自然ににじみ出る可笑しさがあって、最初に登場して狂言回し的な役どころの徳井優さん(巡査)なんか、出てきて一言喋っただけで笑えた。第一声が「滋賀県」、次のセリフまでの間が絶妙で、客席が大きく笑う。私も笑った。曾我廼家文童さん(番頭)もちょっと動くだけで可笑しい。テレビでちょくちょく見かける綾田俊樹さんがいい味を出していた。
高速道路ができるために立ち退かなくてはいけない旅館、その立ち退き料を巡る信代・島吉の思惑、隣家に泥棒が入ったことで明るみに出る旅館の人々の小さな罪、そういう面白さはあったんだけどね。結局…旅館は高速予定地からはずれることになった。北条秀司らしいラストかもね。
<上演時間>第一幕55分(11301225)、幕間35分、第二幕95分(13001435

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2015年8月24日 (月)

もとの黙阿弥

820日 「もとの黙阿弥」(新橋演舞場)
歌舞伎会に入って演舞場で2番目に見た歌舞伎以外の演劇が「もとの黙阿弥」だった。1番目は田村正和の「新・乾いて候」だったが、ほとんど記憶にないのに対し、「もとの黙阿弥」は割とよく覚えている。その公演とどうしても本公演を比べてしまうのだが、前回とても盛り上がって面白く見終わった後にぞわぞわ~ときた怖さは今回は感じなかったし、面白さも前回のほうが優っていたのは、2度目だからインパクトが弱まっているということばかりではないような気がした。
まず、さぞやと予想した久里子さんの坂東飛鶴だが意外と存在感が薄かった。前回の高畑淳子さんの印象はとても強くて今でも残っているが、久里子さんはその陰に見え隠れする感じ。
愛之助さんは河辺隆次にぴったりであると思う一方で、前回の筒井道隆さんのようにおっとりした世間知らずな風情が自然ににじみ出ている感じではなかった。さぞや難しかろうにという、歌舞伎役者が歌舞伎をわざと素人演技で下手に見せるのがうまかった。ちょっともったいないけどね。
貫地谷しほりさん(長崎屋お琴)はうまかった。映像の世界の人はとかく発声に難があるが、貫地谷さんはなかなかよかった。前回の田畑智子さんとはちょっとタイプが違うが、素直な感じが可愛い。おまんまの立ち回りも可愛かった。
私がう~んと思ったのは久松菊雄(早乙女太一)・船山お繁(真飛聖)のカップル。太一クンはとくに1幕目は騒々しいだけで早口の滑舌もイマイチな気がした。2幕目からはだんだんよくなっていったけれど、前回公演では花緑さんが好演していただけに、ちょっと…と思わざるをえなかった。真飛さんは女中タイプじゃないのにそこはうまさでカバーしていたが(意外な役がとってもうまい女優さんだと思う。「黒猫、ときどき花屋」なんか、ちょっとびっくりした)、元に戻れなくなった悲しい哀れさは前回の横山めぐみさんのほうが私は強く感じた(そんなお繁に対する周囲の人たちの心境も今回は伝わってこなかった)。でもオペレッタはさすがで生き生きとして、元宝塚の魅力を遺憾なく発揮して、とっても楽しかった。
河辺賀津子の床嶋佳子さんはテレビで見ていてもきれいで好きな女優さん。初めて舞台で見たが、やっぱりきれいで、上品で気位の高い男爵家のお嬢様(奥様?)でという役が合っていた。前回はピーターさんがやった役だが、ピーターさんよりソフトだし(ピーターさんは非常に個性的だった)、嫌味なく演じていて私には好もしかった。劇中劇がと~っても面白かったのは、貴婦人が貧しい女性の役を演じるという新劇かぶれぶりを床嶋さんが自然に表現していたからだと思う。
長崎屋新五郎の渡辺哲さんは、最初のほうのセリフまわしが亀治郎の会の「上州土産百両首」の時みたいで、あれは好きでないから又ずっとこの調子かとがっかりしたが、途中からそれが取れてよかった。
国事探偵の酒向芳さんがおかし味たっぷり存在感たっぷり。
あの愛一郎さん、白いコック帽をかぶって目立ち、また劇中劇の主役をはく奪されたりして、ここでも目立っていた。
芝居全体として、オーバーでがちゃがちゃ騒がしい印象をもった。客はドタバタ的なところには笑うが、とくに1幕目は反応に盛り上がりが欠けるような気がした。私自身、1幕目はやや退屈した。
でも、多分劇中劇の後だったと思うが「芝居は心をひとつにする」というセリフには感動した。「南の島に雪が降る」でそれを実感したばかりだったからかもね。
<上演時間>155分(11301225)、幕間35分、第255分(13001355)、幕間15分、第345分(14101455

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